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同行:(後半:シグラ視点)

ブエルの結界の中でククルアが悲鳴をあげながら泣いている。つい先ほどまでは結界の中に入れて少しだけ辛さは緩和されていたみたいだけど、齎される負の感情が強まったのか、結界の中でも耐えきれなくなっているようだ。

可哀そうで何とかしてあげたいのに、どう対処していいのかわからなくて、オロオロするしか出来ない。


「……お姉ちゃん」

おずおずとした様子でレンが話しかけてきた。

「どうしたの、レン君」

「ん、あのね……」

ドラゴンが間近まで来ていることで恐慌状態になっているブエルをレンはちらりと見た後、口を開いた。


「お姉ちゃんが怪我をしたら、シグラお兄ちゃんが起きるみたいだよ?」

「……え?」

「ブエルさんがそういう事を言ってるが聞こえちゃった」

(多分アガレスと話しているのであろう)ブエルが先程フィルマ語で何か話していたのだが、あまりにも彼女が取り乱しているし、加えてネイティブすぎて私には殆ど理解できなかった。しかしレンにはそれが理解できたようだ。

「そんな簡単なことで良いのなら、早く教えてくれれば良いのに」

私が思わずそう口にすると、レンは「うーん」と眉を八の字にした。

「それをお姉ちゃんに教えたら、教えた人がシグラお兄ちゃんに怒られるから、ブエルさんとアガレスさんでどちらが教えるかで揉めてるみたいだったよ」

「ああ……」

確かに私に怪我をしろと言えば、シグラが怒るだろうなあ。

レンはしゅんっとして「僕が教えちゃったから、僕、怒られるかな?」と呟くように言うので、私は「大丈夫だよ」と苦笑した。

「もしシグラが怒っても私が絶対にレン君を守るから。教えてくれてありがとうね、レン君」


それにしても怪我かあ。この寝室には刃物になるようなものは無いし……。

きょろきょろと辺りを見回し、ふと目に留まったのは枕元に置いている小物入れだった。

小物入れの中には懐中電灯やスマホの充電器、あとは手鏡とティッシュがいれてある。それに加えてキララが持ち込んだカメラマン御用達の雑誌も捻じ込まれていた。

「これなら……」

私は雑誌を手に取る。

鏡を割っても良かったのだが、硬いモノが無いこの場で小さな鏡を割るのは案外難しいので、雑誌のページを留めているホチキスの芯を使おうと思ったのだ。


爪を使って芯を起こし、左の手の甲に当て……勢いよく引っ搔いた。


「痛……」

引っ掻き傷からぷつぷつと血が浮かんでくる。

これで良いのかな?もっと大きな傷じゃないと駄目かな?

私はもう一度傷をつけようと雑誌を掴む。


そんな私の手を大きな手が掴んだ。

“え?”と思う間もなく


「うらら!けが、したの?!」


顔を真っ青にしたシグラは私の顔をのぞき込んできた。


「シグラ!」

何をしても起きなかったシグラがこんなにいとも簡単に起きるとは思わなかったので、ちょっと茫然としてしまったが、ブエルの「しゃおおおしゃおおお!!!」という声で“はっ”と我に戻る。ちなみにブエルはシグラに結界を張るようにと言っているんだけど……シグラはそんなブエルの声を、まるっと無視。

「うらら、けがはどこ?みせて!」

「だ、大丈夫だよシグラ。雑誌に引っかけちゃってちょっと手が切れただけだから」

左の手の甲を見せると、彼は両手で私の左手を包み、そこをちろりと舐めた。それだけで傷は塞がる。相変わらずドラゴンは凄いなあ。

私の癒すと、シグラは私の周りをきょろきょろと見回した。

「どのざっしでけがしたの?」

雑誌を消失させそうな勢いの彼に思わず苦笑する。キララ所有の雑誌なので消失させられたら困るので、私は手に持っていた雑誌をそっと自分の後ろに隠した。

「これはただの私の不注意だから気にしないで。それより起きてすぐで申し訳ないんだけど、シグラにお願いがあってね……」

私のお願いという言葉で雑誌への興味がすぐに無くなったのか、シグラはこてんと首を傾げて「なんでもいって」と言ってくれた。


「取り合えず、私達だけを閉じ込めてるこの結界をといてくれる?」

「……でもうらら、ちかくに、どらごんのおすのけはいがするよ。2ひきいる」


気持ちが落ち着いたことで周りの気配を気にする余裕が出来たようで、シグラは警戒するような表情をした。

「ぶれすとか、たくさんはいてる。けっかいをといたら、あぶないよ」

「でもライ君やキララが外にいるから、迎えに行きたいの。それにドラゴンが暴れててブネルラの人たちも危険な目に遭ってるから、何とかしてあげないと。ククルア君も……」

シグラはククルアを一瞥し、「わかった」と頷いた。


「まずは、そとであばれてる、どらごんを、しぐらがたおしてくるから……」

そこまで言ってシグラははっと顔を上げた。

「このけはい、きんりゅうだ」

「金竜?」

「しぐらとうららを、はなればなれにした、どらごんとおなじ、けはい」

彼は不安そうな顔になる。シグラにとって私と離れ離れになった事はトラウマになっているからだ。かくいう私も似たようなものだが。

ライやキララの事があるのでここで留まっているわけにはいかないけど、不安そうなシグラを無理やり外に出すわけにはいかない。

私は少し逡巡した後、シグラの顔を見た。

「私を連れて行って、シグラ」

「うらら……」

「……やぱり邪魔になる?」

「じゃまじゃない!でもあぶないよ」

「結界を張ってくれるでしょ?貴方の結界の中なら危なくないよ」

少し前にシグラが戦う時に私を同行させるという話はした事があるけど、こんなにも早く機会が来るとは思わなかった。邪魔ではないのなら、一緒にいることで私もシグラも安心できるし選択肢としてアリだと思う。

「こわいものを、みちゃうかもしれないよ?」

「大丈夫。あ、状況を把握するためにも防視の結界も張らなくていいからね」

4Dも顔負けの、ドラゴン同士の戦いを間近で見ることになるので、怖いかもしれないが尻込みしている場合ではない。


「僕も一緒に行く!」


レンが私とシグラの間に入ってきた。

「レン君、危ないからレン君はここにお留守番をしてて」

「ドラゴンとしてじゃなくて、お姉ちゃんと一緒に檻の結界に入っていくの。だから危なくないよ」

「う……」

シグラの結界の中だから危なくないと言ったのは私なので、否定できない。

「僕が一緒だったら、お姉ちゃんもそんなに怖いと思わなくて済むでしょ?それに何かあっても、僕ならお姉ちゃんを守れるから!」

「レン君……」

気を使ってくれたみたいだ。


シグラはふうと息を吐くと、「わかった」と頷いた。


私は念のためにファーストエイドキッドを入れたリュックを背負い、シグラと共にレンの手を引いて外に出た。



■■■



金竜同士が戦っている。しかもこの二頭は例の同じ魂を持つ金竜達だ。


攻勢状態の金竜は私とウララを離れ離れにした憎き金竜。こいつは以前リパームの記憶で見た、未来の世界から来たヤハルに違いない。

対して守勢状態の金竜は日本でウララの母親を賢者として攫おうとした年若い金竜。此方もリパームの記憶から推測するに、恐らくこの時代のヤハルだろう。


―――しかし何故同一人物にも関わらずこいつらは争っているのだ?


……取り合えずこの辺りの被害をこれ以上広げさせないためにも金竜と我々を除いてブネルラ全体に結界を張っておこうか。……これでウララも安心してくれるだろう。


ウララが傍にいるからか、やけに身体の調子がいい。結界もいつもより早く展開出来た気がする。

つい先程まで寝ていた際、見ていた夢では満足に身体が動かなかったので、余計にそう感じてしまうのかもしれない。

あれはやけにリアルな夢だった。

夢の中の私はブレスは吐けないし、結界も中途半端にしか張れないし、他人が張った檻の結界を壊す事も出来ないほど非力だった。そして何よりウララの傍に行きたかったのにそれを反対する者がいて本当にろくでもない夢だったな。

ただ、人間の形での白兵戦は参考に出来るかもしれない。

今までは力任せな戦い方しかしてこなかったが、人間に擬態するのが常になれば、武器を使っての効率的な戦いは知っておいて損にはならないだろう。


さて、余計なことを考えるのは止めよう。ウララが傍にいるのだから、気を引き締めなければ。


取り合えず、若い方のヤハルが死にそうになっているので、一応助けておこうか。


「うらら。いまからぶれすをはくから、めがいたくならないように、すこしだけぼうしのけっかい、はるね」

防視の結界はいらないと言われていたので、ウララに確認を取る。

「わかった。防視の結界はずっと張らないで欲しいだけだから、シグラが必要だと思った時には私に確認を取らなくても適宜張ってくれて良いからね」

それは助かる。結界は必要だと思ったらすぐに張ってしまうので、張らないようにしようと気を付けるのは案外骨が折れるから。

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