金竜VS金竜:アガレス視点
正気を失っている金竜はあまりにも無防備で、いとも簡単にリパームが操る魂に貫かれた。
シグラ相手でも相当なダメージを負わせた攻撃だ、金竜もこれで大人しくなるだろう。
……そう思い安堵したのは一瞬だった。
「ガアアアアアア!!!」
魂に貫かれた金竜は一層狂ったような雄叫びを上げ、暴れ始めた。
「そうか!魂を使った攻撃は精神攻撃……既に狂っている者にとっては燃料を投下されただけに過ぎんのだ!」
「グあッ!!」
暴れる金竜の尻尾を避けきれず、体重の軽いリパームの身体は玩具の人形のように吹っ飛んだ。アレにはシグラの意識が入っているのだ、死んでいなければ良いが。
まあ、他人の心配をしている場合ではないか。
「ガアアア!!ガアアア!!」
金竜は暴れに暴れ、ブレスを吐き散らしだした。
そのうちの一発が此方に向かってきた。が、辛うじて我々のいる位置から逸れ湖に被弾した。高く水飛沫が上がり、バチバチと儂にも降りかかった。
『やだあああ!!止めて!止めて!!』
車から少年の悲鳴が聞こえてくる。ククルアだ。金竜の狂い度合いが増したために奴から齎される負の感情も増したのだろう。
『あああああ……!!やだああ!!やだああ!!』
ククルアの声は悲鳴を上げすぎて嗄れてしまっている。あまりにも哀れで、助けてやりたいが……。
『うわああああん!シグラー!早く結界張ってー!!』
ついでにブエルの悲鳴も聞こえてきた。こ奴は単に金竜が怖くて泣いているだけだな。
と、その時。
「む?」
何かの気配がして上空を見上げる。
「なんじゃ……あれは」
そこには不自然に浮雲のような靄が現れていた。
靄は徐々に増えていき……―――閃光が走り、辺り一面を眩い光が覆ったと思えば靄から勢いよく巨大な爬虫類の腕が出てきた。
―――な、なんじゃと!?
腕にとどまらず、一気にその巨体を現したのはドラゴンだった。ドラゴンには立派な逆鱗があり、雄の成竜だとわかる。色は靄で分かりにくいが、金のように見えるような……?
まさか今暴れている金竜の仲間だろうか?
次から次へと厄介なことだ。
成竜は僅かに目を細めて嫁御達が乗る車に目を向けた。しかしすぐに暴れる金竜の方に顔を向け―――
≪ ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!! ≫
威嚇した!
金竜に威嚇をしたという事は、この成竜は金竜の仲間ではないのだろう。
ビリビリと周囲を震わせる程の威嚇。かなり怒っているようだ。
しかしそんな威嚇も金竜には効かなかったのか、暴れることを止めていない。
成竜は金竜に向かって一足飛びで距離を詰め、勢いのまま金竜の顎を殴り飛ばした。金竜はブレスを吐いている途中だった為、ブレスが自身の口の中で暴発を起こし、顎が外れた様にだらんと落ちた。
ここまでされて金竜は漸く目の前の成竜に焦点を合わせ、
≪ ア゛カ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!! ≫
威嚇し返してきた。威嚇というよりは怒号に近い。
そんな怒号交じりの威嚇を受けた成竜は身体を硬直させた。こちらは威嚇が効いたのだ。
「金竜の方が上手のようじゃな」
身体を硬直させた成竜はそのまま落下していく。まずい、このままだと儂らは成竜の下敷きになる!
そう思ったが、それは杞憂だった。
「ガア!!」
成竜は顔や身体に青筋を立てて力み、無理やり硬直を解いた。そしてすぐに体勢を整えてまた金竜に向かって突進した。
「アアアアアッ!!」
金竜の悲鳴が上がった。成竜が金竜の喉元に咬みついたのだ。
成竜が顎にギリギリと力を込めると、金竜はその攻撃から逃れようと首を無茶苦茶に振って暴れまわり、それに伴って鮮血が散った。
それにしてもこの成竜は何者だ?何故いきなり現れたのだ?
金竜を留める方向で動いているので、儂らにとってはありがたいが、ドラゴンは知能が高い為にむやみに喧嘩などしないし、ましてやこんな命がけのものなど……。
「するとすれば番の雌に命じられたかだが……」
一方、金竜はこのまま暴れても成竜を振り落とせないと理解したのか、成竜の上顎と下顎に手をかけ、力任せに口を開かせてその牙から逃げ出した。
成竜は再度咬みつこうと金竜を追う姿勢を見せ―――
「いかん、勝ちを焦るな!!」
金竜に向かって前進した成竜に、至近距離で金竜のブレスが直撃した。その後も金竜は溜め無しのブレスを連発し、そのどれもが成竜に直撃してしまった。
幸い、溜め無しの軽めのブレスなので致命傷にはなっていないが、ブレスを喰らい続けた顔が焼け爛れてしまっている。ドラゴンなので自己治癒力で治るだろうが、怪我を負った場所が悪い。あれでは目が治るまで身動きがとれないだろう。
普通ならば視力が戻るまで一旦この場から逃げ出すべきだ。しかし成竜はそれをしなかった。
成竜は自身と儂らを守るように檻の結界を張ったのだ。
ブレスに対応した結界なのか、金竜が連発するブレスを防いでいる。
結界まで張るなんて、この成竜は意図的に儂らを守っている。
「何故じゃ?何故あのドラゴンは儂らを守ろうとする?」
訊ねてみたいが、まだ能力を使えそうにない。歯がゆいな。
「―――!いかん!」
金竜が力を溜めているのが見えた。
まずいぞ、金竜は全力のブレスを吐くつもりだ。この結界はそれを防ぐことが出来るのだろうか?
視力が戻っていない成竜だが、高エネルギーの気配を察知したのか、金竜の方を見上げた。
そして強大なブレスが来ると分かったのだろう、儂らを守るように両手を広げた。
それと同時に金竜はブレスを吐いた。
結界は数秒耐えたが、すぐに壊れ、遮るものが無くなったブレスが此方に向かってきた。
「アガアアアアアア!!」
ブレスが直撃した成竜が断続的な悲鳴を上げる。凄まじい閃光と、ビリビリと震える空気、そして熱波。金竜が放つブレスの凄まじさが伝わってくる。
成竜はブレスを受け止めて踏ん張っているが、その体は徐々に押されてきた。体の端が徐々に抉れ、ドラゴンの硬い鱗が飛び散っている。このままだと成竜の身体が粉々に砕けてしまうのではないだろうか?
それでも成竜は逃げずに踏ん張っている。そこまでして守りたいものとは何なのだ……―――!?
「ほえ?」
それは急な変化だった。
大きなプレッシャーに晒されていた辺り一帯が急に平穏さを取り戻した。
「な、なんじゃ?」
儂は目をぱりくりさせた。
確かに目の前ではまだ成竜が金竜のブレスを受け止めている姿がある。それなのに、何故か儂の周りの空気は穏やかに凪いでいるのだ。
「まるで別の空間にいるような……?」
一瞬何が起こったのか分からなかったが、しかしすぐに理解した。
儂らを守るように檻の結界が張られていたのだ。
これを張ったのは―――
「アガレスさん、ちょっと行ってきますね!」
儂にそう呼びかけたのは嫁御だった。
嫁御はいつの間にか車の外に出ていた。しかも彼女は儂らに張られた檻の結界の外にいる。
だが嫁御も単独で檻の結界に入れられていて……その結界を大事そうに握っているのは―――紅竜。
シグラが起きたのだ。




