暴走:(ヤハル → ウララ → パーム視点)
りいいい……ん
リパームの腕に絡まる鈴が鳴る。それは長閑なこの一帯に響き渡った。
しかし次の瞬間、長閑とは程遠い、存在感のある眩い光が次々とリパームの傍に集結してきた。
ブネの能力は死者の魂を操ることだ。ブネの加護を持つリパームもまた死者の魂を操ることが出来る。
ブネルラのエルフの能力をこの目で見るのは初めてだが、集結したあの光はきっと死者の魂なのだろう。
リパームは私とモーリーを見据えると、リン!と短く鈴を鳴らした。それを合図に魂は私達の方へと襲い掛かってきた。
初見の攻撃は被弾しない方がいい。それに数も多いから結界で弾こう。
しかしどの結界が有効だろう?
物理ではないし、魔法でもない。害意の類も少し違う。
取り合えず迷ったら檻の結界だな。
結界を張り、光を待ち構える。
だが―――間近に迫った光に、感じたこともない恐怖が襲ってきた。
『駄目だ!!』
私が慌てて檻の結界から出たのと入れ違いで、魂が檻の結界を透過してきた。
『なんだと!?』
驚いた。檻の結界を透過してくる攻撃があるなんて!
慌ててモーリーを包む結界を拾い、襲い掛かってくる光を躱していく。
人間に擬態したままでは本来の力は出せないが、光の弾幕を躱すにはこの身体の大きさの方が有利だ。しかし光は躱せど躱せど、追尾してくる。しつこい。
『お、おい。あの光はなんだ?魔法なら逃げる必要はないだろう』
モーリーが弱弱しい声を出す。
『あれは魔法ではなく魂だ。魂に触れると感覚を共有すると聞いたことがあるが、それがどれほどのものかわからないんだ。様子見で逃げているんだが……』
心臓がドクドクと忙しない。先程の光を目前にして感じた恐怖が抜けていないんだ。
とにかく逃げた方が良い。アレは危険だと私の第六感が告げている。
モーリーが口元を抑えて“うぷっ”とえずいた。
『――ー!どうしたんだ?』
私の問いかけにモーリーは『どうしたもこうしたも……』と蹲る。
『お前のめちゃくちゃな動きのせいで、目が回って……、』
『檻の結界の中は揺れないだろう?』
『視界がぐるぐるしすぎだ!VR酔いみてえなことになってんだよ!!』
『こ、この程度でか?』
『人間にはきちィんだよ!!檻の結界の中は安全だろ?!俺の事は降ろしてくれ!』
『駄目なんだ、少し我慢してくれ。魂は檻の結界の中にも軽々と入り込んでくるんだ』
私もだがモーリーも攻撃対象に入っている。此処でモーリーを降ろすと容赦なくリパームが操る魂の餌食になるだろう。
まさかドラゴンであるこの私が逃げる立場になるとは。
しかもブネの能力の片鱗に恐れをなして、だ。
悔しい。
『おい、ヤハル!ブレスを吐けば良いだろ!』
『あの量の魂を全て撃ち落とすことは出来ない』
『そうじゃない、リパームに吐けって言ってるんだよ』
何を言っているんだ!
『そんなことをしたらリパームが死んでしまうだろう!』
彼女は私の仲間だ。今は様子がおかしいが、傷つけるわけにはいかない。
それなのにモーリーは『バカか!』と怒鳴り声をあげた。
『やらなきゃ、俺らが殺されるんだ!四の五の言ってねえで、リパームにブレスを吐け!!』
『ちょっと黙っていてくれモーリー!時空に逃げ込めば、流石に魂も追ってはこない筈だ!』
問題は、時空を開く余裕が無いということだ。やはり人間の姿のままだと不便だ。
―――擬態を解いてドラゴンに戻るか?
……そうだな、恐らくいくつかは魂が被弾するだろうが、流石に死にはしないだろう。
私は覚悟を決め、擬態を解いた。
■■■
「!」
少し遠くで爆発音がした。先程リパームが起こしたと思われる爆発音よりも大きな音だ。
[まだリパームが暴れまわっているんでしょうか?]
キララはまだ戻っていないけど、大丈夫なのかな。心配しつつ結界越しにいるブエルを見る。すると彼女は険しい顔をしていた。
[……この力はエルフじゃなくてドラゴンだよ]
[ドラゴンですか?]
ブネルラを訪れるドラゴンということは……
[ビメさんが戻ってきたんでしょうか]
ビメがじゃれついてくるミクを相手に喧嘩しているのかな、という少々失礼な考えがよぎったが、ブエルは首を振る。
[違う。これはビメの力じゃない。ビメよりも強い雄のドラゴンだよ]
[ビメさんよりも強いドラゴン?……わッ!]
今度は立て続けに爆発音がし、音の大きさからして徐々に此方に近づいてきているようだ。
「嫁御!シグラはまだ起きんのか?!」
「あ、アガレスさん!」
キララの事を任せてから途絶えていたアガレスの声が聞こえてきた。
「アガレスさん、キララは無事ですか?」
「キララなら今こちらに向かってきておる。それより、大変な事になった」
「大変な事?」
「ドラゴンじゃよ!会話からしてリパームの仲間のドラゴンだと思うが……そ奴が今ブネルラで暴れておるんじゃ!」
「え!?そ、それってリパームを取り戻すために攻めてきたんですか!?」
「わからん。じゃが、今リパームの中にはシグラの意識と亡き巫女の魂が入っておる。それゆえリパームはドラゴンと敵対し、」
「はあ!?」
今、“シグラの意識が”というフレーズが聞こえてこなかった?
話の途中で申し訳なかったが、そのことを問うと、アガレスは「ああ、そうじゃ」と肯定した。
「どういうメカニズムでそうなっておるのかはわからんが、間違いなくリパームの中にシグラの意識が入り込んでおる。しかしそれも不完全なもので、自身が何者かもわからず、ただただ嫁御の名前を呼びながら嫁御を探しておったがな」
私の傍で眠っているシグラに目を向ける。
彼は先程まで私の名前を呼びながら泣いていた。悲しい夢でもみているのかと思ったけど、ここで眠っている彼とリパームの中にいる彼の意識が繋がっているとしたら……私を探して寂しい思いをしていたことになる。どうにかして助けてあげないと……!
「話を戻すが、ドラゴンの他にもう一人仲間の男がおってのう。そ奴が嫁御とブネの悪口を言いおったんじゃ。それを聞いたシグラと亡き巫女の意識が激昂し、リパームの身体を動かしてドラゴンとその男に攻撃したんじゃよ。その際ブネルラの巫女としての能力を使い、死者の魂をドラゴンにぶつけたんじゃ」
シグラですら死者の魂に当たるとかなりのダメージがあった。
「そ……そのドラゴンはどうなったんですか?」
「先ほども言ったが、そのドラゴンはパニックになって暴れておる」
また爆発音が聞こえてきた。
「聖騎士やパームとビスタを始めとしたエルフ達も出陣したようじゃが、相手は理性を失ったドラゴンじゃ、食い止める事すら難しいじゃろうな」
■■■
理性を失った金竜が空中をうねっている。そして時折四方八方にブレスを吐き散らす。
結界が張れる者は総動員でブネルラに檻の結界を展開しているが、私達ではドラゴンのブレスを防ぐ結界は張れない。精々、ドラゴンが暴れてまき散らされる瓦礫から街を守る程度だ。
金竜が口を開けた!
『西の方向!ブレスが来ます、避けて!!』
声を張り上げると、該当地にいた聖騎士が慌てて退避する。その直後、檻の結界が割れ、ブレスが地面を抉った。ブレスが当たった場所は溶岩のように真っ赤に爛れている。
まだ民家が多くある地帯ではないのが救いだけど、金竜はうねりつつも着実に教会の方へと向かってきている。
教会の近くになるにつれて民家は増えるし、何より眠りについたシグラ様がいらっしゃる。どうにかしてこれ以上教会に近づかせないようにしないと!でもどうすればいい?
ちりん、と腕に巻いた鈴が鳴る。
死者の魂なら、ドラゴンにも通じる……?
でも、ヘタに痛めつければ更にドラゴンを暴れさせる事態になるかもしれない。
『パーム!!ブレスが来ます!!』
考えに没頭しすぎていたようだ。
ビスタの声に我に返り、私は慌ててその場から退避した。




