監禁ですか?
ノルン辺境伯爵の屋敷がある街は、山麓の村とも昼に寄った集落ともまるで違っていた。そもそも辺境伯爵家の屋敷自体、あれは屋敷ではなく、城だろうと心の中でツッコミを入れてしまう。ヴェルサイユ宮殿に尖塔が3つくっ付いている感じだと言えばわかりやすいだろうか。
その城の周りをぐるりと広い湖で囲み、入り口は橋一本のみ。その橋とこの城下町が結ばれている。
後でルランに聞いたのだが、辺境伯爵とは、他国と国境を接している為に大掛かりな軍隊を持つことを許されている家なのだそうだ。城壁にやけに物々しい大砲が設置されてあったが、その為なのだろう。
さて、辺境伯の城下町に来た私は、念話で飛ばされてくるレオナの指示に従いバスコンを走らせている。ちなみにあの襲撃者達を乗せた荷車は門のところで引き渡したので、今は身軽なものだ。
やがて通されたのは、お城の橋近くにある大きな屋敷だった。
【ノルン伯はルラン様の遠縁の方です。この屋敷は自由に使って良いと貸して下さっているものなので、お寛ぎ下さい】
この人達本当に貴族だったんだなあ…。
運転席から降りる時にルランがエスコートをしようと待ち構えてくれていたけど、丁重にお断りする。
生粋の日本人なので、そう言う事は慣れていないし、恋人でもない男性とべたべたするのも嫌だ。そもそもシグラの結界があるし。
屋敷に入ると、執事らしき男性と5人のメイドに出迎えられた。
ルランが何かを告げると、一番年嵩のメイドが私たちの前に来て、一礼した。
「部屋に案内しますと仰っています」
「部屋?」
女性に導かれるまま付いていくと、一室に通される。アンティーク調の家具が一通り揃い、天蓋のついた大きなベッドもある。
「??」
私が不思議そうにしていると、他の面々もそれぞれ個室に案内されていくので、慌ててキララの腕を引いた。
「これ、どういうこと?」
「し、知らん。何か泊まる事になってないか?」
レオナに身分証や錬金術師への伝手を貰えないか交渉する為の、数時間の滞在だけだと思ったのに。
流されるまま来てしまったけど、これって異世界から来たとバレての拉致監禁パターンじゃないよね?
咄嗟にシグラの腕を掴む。キスの事が頭を過って顔が赤くなってしまうが、今は気にしないでおく。
「あ、あの!私達は夫婦ですので、離れたくないんです。妹も幼いので同室で…!」
私の言葉をアウロが通訳すると、メイドは恭しく頭を下げた。
同室が許されて、ホッと胸をなで下ろす。シグラとキララと離されたら、不安で落ち着かなかったことだろう。
「ロナとは離れたな」
「ロナちゃんにはアウロさんが居るんだから大丈夫だよ。それより…座ろうか」
私達は見るからに豪華なソファセットに行き、恐る恐る腰を下ろした。見た目通りとんでもなく質の良いものらしく、程よい弾力で私達を癒そうとしてくるが、こっちは緊張してそれどころではない。
腰を落ち着けたのを見計らったように扉がノックされ、返事を返すとメイドがワゴンを押して入って来た。
静かに紅茶の用意をすると一礼し「しゃうわしゃ」と何か言葉を残して下がっていった。
ごゆっくりどうぞとか、そんな感じだったのかな?
キララは出されたお菓子をぱくつきながら、きょろきょろと部屋を見回す。
「それにしても、スマホ持ってくればよかったな。写真とりたい」
「そうだね。どういうつもりかわからないけど、泊りになるんだったら着替えとか全部バスコンの中だし、一度戻りたいなあ」
バスコン大丈夫かなあ。扉には鍵をしっかり閉めてきたし、シグラの結界もあるから、大丈夫だと思うけど。
それから時間が過ぎ、窓の外はとっぷりと暮れてしまっていた。
流石のキララも室内の探検に飽きて、窓の外をぼーっと見ている。
「暇、ひま、暇ー。パインクラフトやりたいー、梨太郎電鉄やりたいー」
高級な部屋なのに、俗物的な遊びが詰まったバスコンの中が恋しいようだ。現代っ子の悲しいサガか…。
私も暇すぎて紅茶を飲み過ぎて、お腹がちゃぽちゃぽしている。
この部屋にも本はあるんだけど、字読めないもんなあ。もしかしてシグラは読めるのかな?
シグラと言えば、私の隣に座ってただただ機嫌良さそうにしている。
「しりとりしよー」
「その遊びが出るのって暇の極みの時だよね」
「しりとり」
「りす」
「シグラ、すから始まる単語言ってみろ」
キララに促され、彼は少し悩んだ後に「すてき」と答える。形容動詞だなあとは思ったけど、シグラだからまあいいかと指摘はしなかった。
「き、き…きんさく」
「クジラ。シグラ、次はらだよ」
「らびりんす」
シグラが女の子向けのDVDに洗脳されてる気がしてならないです。
やがてしりとりにも飽きたキララは、ソファにごろんと横になって、私の膝に頭を乗せた。
「行儀悪いよ」
「つまらん」
「全く……じゃあ髪の毛可愛く結ってあげるから、きちんと座って」
部屋の中に鏡台があるので、櫛は無いかとその引き出しを開けてみると、櫛や香水のようなもの、そして綺麗な髪飾りがどっさり入っていた。
「……これ使っても良いのかな?」
「髪飾りは放置して、櫛だけ借りようよ。それくらいならケチケチしないだろ」
その櫛も宝石が散りばめられた一品で、触るのが恐いんだけどなあ…。
触るのに躊躇していると、扉がノックされた。
【お待たせして申し訳ありませんでした】
白いブラウスにワインレッドのスカート姿のレオナと、襟元と袖に金色の装飾がされた黒のロングコートを着たルランが室内に入ってくる。
【ノルン伯と教会との連絡に少々手間取ってしまいまして】
二人はソファセットの傍まで来ると、ルランは胸元からビロードのケースを取り出してテーブルに置いた。
何だろう、とそのケースを見ているとレオナに【開けて見て下さい】と念話で促される。
ぱこん、と音を立てて開いたそれには、半分にされたような半円の水晶の石がついたイヤリングが一つだけ鎮座していた。
【魔道具です。それを身に付ければ、そのイヤリングについた石の片割れを持つ相手とだけですが念話ができるんです】
キララが「魔道具!?」と興奮し始める。自分が使いたいと目で訴えてくるが、まあ後でね。
【この片割れはルラン様が持っています】
ルランは自身の左耳を指さす。そこには片割れのイヤリングがついてた。
恐る恐る右耳にイヤリングを付ける。
【その石を指で弾いてみて下さい】
言われた通り弾く。するとキンっとイヤリングの石が鳴り始めた。
【何か念じてみて下さい】
「え…っと」
――聞こえますか
そう念じると、
【聞こえますよ、奥様】
と、ルランから返事が返ってきた。
パッと顔を上げて彼を見ると、にこりと笑いかけられる。
【それが念話の魔道具の使い方です。会話を終わらすのは石を摘まんで震えを止めれば良いです】
凄い…!
【これ、これでシグラと会話できま…】
そこまで言って「あ、」と思い出した。シグラは魔法が一切通じず、念話もできないんだった。ちょっと残念だな…。
【でも、どうしてこの魔道具を私に?】
【奥様は俺の主となられたブネ様の配偶者。どうぞ、何なりとお申し付けください】
その返事と共に、ルランは私の傍らで跪いた。そして私の手を取ろうとしたが、それはシグラが妨害する。結界があるんだから放っておいても男性であるルランの手を弾くのに、シグラはムキになっているみたいだ。
それよりもルランに変なことを言われた。
……ルランの主?ブネ?私の夫はし、シグラですけど。




