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暴走:(前半:ライ視点)

ここ最近のシグラさんは、音が届かない遠距離での憑依が出来ないことを悩んでいた。でも、こうしてリパームが勝手に動いているということは、その悩みも解消したということだろう。

まあ今回はシグラさんが寝ている間の出来事であって、彼の意志で行っているわけではないので、力の暴走ということになるんだろうけど。それでも出来るという証明にはなる。


『死者の魂だけど、ブネルラのエルフで探知したり出来ないの?』

『うーん。多分無理かな。私達はこの鈴がないと殆ど力を発揮できないから』

ネイトが腕を上げると、そこに紐で巻き付けてあった鈴がちりりん、と鳴った。鈴の音が無いと死者の魂に働きかけることが出来ないので、操りたい対象の魂が防音の結界の内部にいると手が出せないらしい。

『シグラさんは一部分だけじゃなくて全身に防音の結界を張っていたの?」

『ウララ様の為に張っていた防音の結界だから、最初はリパームの口元だけに張ってあったの。でも最近ではリパームの全身に張られるようになったわ。それは音の影響を受けずに憑依が出来るかどうか実験されていたんだと思う』

『ああ、なるほど』


「ライ兄ちゃーん」


黒いビニール袋を持ったレンが走り寄ってきた。

「どうした?」

レンは「ええっとね」と言って少し緊張したような様子でネイトの方を見た。なんだ、ネイトに用事だったのか。

『おといれの、すらいむ、やきたいんだけど、どうしたらいい?』

まだ若干ぎこちないフィルマ語でネイトに話しかけた。ああ、その手に持っている黒いビニール袋はスライムが入っているのか。

ネイトはきょとんとした。

『魔法が使えない信徒用に焼却炉はあるけど、炎系の魔法が使える人は何処ででも適当に燃やしてるよ?』

どうしてそんなことを気にするの?という感じだ。


『僕らの住んでいる国では焚き火とかは許可された場所でなきゃしちゃダメなんだよ。だからこの世界でも野宿中ならまだしも、ここは人が多く住むブネルラだから先輩が気にしたんじゃないかな』

ネイトは『へえー』と目をぱちくりさせた。


『焚き火とかもそうだけど、ブネルラではシグラ様やウララ様が何をされても誰も咎めないよ。何の気兼ねもなくお過ごしくださいってお伝えして欲しいんだけど』

『わかった。後で伝えておくよ』

とは言っても、僕らの母さんは親しき仲にも礼儀ありだとか、店の店員にもきちんとお礼を言えと教育してくる人だから、同一人物の先輩に言ってもあまり意味はないと思うけど。


『じゃあ、ここでやいていいの?』

『トイレのスライムだから、車から離れた場所で焼いたほうが良いと思うぞ』

レンと僕がそう話していると、ネイトが『私に任せて』とレンから黒いビニール袋を引っ手繰るようにして受け取った。

『私が適当なところで燃やしてくるね』

『そんな雑用をさせるの、申し訳ないんだけど』

『全然申し訳なくないよ。シグラ様達のお世話が出来るのって凄く嬉しい事だから』

ネイトはにっこり笑うと、教会の方へ走って行ってしまった。



■■■



―――ウララは何処だろう、ウララの傍にいて、ウララを守りたいのに、ウララは何処だろう、ウララの傍にいて、ウララを……


自分は何者なのか、そして今は寝ているのか起きているのかもわからない。霧の中にいるようで視界もはっきりとしない。音も何も聞こえない。

そんな私の頭に浮かぶのは“ウララ”という女性のことだけ。


“ウララ”とは誰だろう。とても良く知っているような気がするけど、よくわからない。


よくわからないけど、とても恋しい気持ちが流れ込んでくる。守りたいのにその姿を見つけられなくて、とても悲しい。


ドン、と肩に何かがぶつかった。

そちらに目を向けると、大柄の男がいた。男は何かを言っているのか口をパクパクさせているが、私にその声は届かない。

今度は誰かに肩を掴まれて引っ張られた。

そちらに目を向けると、茶髪の女がいた。彼女も私に向かって何かを言っている様子だが、やはり何も聞こえない。


「……うらら……」


ウララは何処だろう。寂しい。




「……うらら……」


「はいっ!」

針仕事で集中していたところに名を呼ばれ、思わず大きな声で返事をしてしまった。

きょろきょろと辺りを見回してもダイネットには私一人だけ。窓の外を見れば、湖の畔で釣りをして遊んでいるライ、レン、ククルアの姿があったが、子供達が私を呼んでいる様子は無い。


作業に集中していたので誰の声かまではわからなかったけど、誰かが私を呼んだのは間違いない。


―――誰だろう、もしかしてシグラ?


私は椅子とテーブルに縫っていた婚礼衣装を置き、寝室の方へと向かった。

「シグラ起きたの?……ちょっと開けるね?」

寝室を区切るカーテンを開くと、そこにはやっぱり眠っているシグラがいた。ただ、眉が八の字になって困っているような、もしくは悲しそうな顔になっている。

魘されてはいないが、嫌な夢でも見ているのだろうか?


じっと彼の顔を見ていると、唇がむにゃむにゃと動いて「……うらら……」と私の名を呼んだ。

やっぱり先程私を呼んだのは、シグラだったようだ。


寝言に返事をするのはいけないと聞いたことがあるので、返事の代わりに彼の手を握った。握り返してくれる事はなかったが、次第に表情は柔らかいものになってくれた。

シグラは眠っていても私の気配を感じ取っているらしいので、私が傍にいなかったの事が寂しかったのかもしれない。


「大丈夫だよ、私は傍にいるからね」


ぽつりとそんな独り言が思わずもれてしまう。“傍に”という言葉を私が口走れば、普段のシグラならテンションが上がったと言って私を抱きしめて空に舞い上がるのだが、流石に今回はね……。そんなことを思っていると、ズガガガン!!と何かの爆発音が外から聞こえてきた。


「え?な、何事!?」

「赤髪のエルフが暴れておるようじゃ」

耳元でアガレスの声が聞こえた。声だけで姿はないので、彼の能力で話しかけてきたのだ。

「赤髪のエルフって、ブネルラの巫女ですか?」

「さあのう。儂はブネルラの民が口々にそう言っておるのを聞いておるだけじゃからな」

アガレスの能力での偵察は、現場の物音や会話を聞いて状況を把握するだけで、現場を見ることは出来ない。

「まあ恐らくリパームではないかと儂は思う。脱走したらしいからのう」

「だ、脱走!?」

初耳だと言うと、先程ネイトがそのことを教えに来ていたとアガレスに聞かされた。

ネイトが居たのは見たけど、そのことを教えに来てくれてたのか……。


「暴れておるエルフは物凄く嬉しそうな顔をしておるそうじゃ」

「こ、怖い」

笑いながら暴れるという状況がまず怖い。リパームは危険なエルフだが、その危険さに磨きがかかっているような気がする。

でもシグラが起きない今、私が彼やライとレンを守らないと!


「あ、そう言えばキララは大丈夫ですか?あの子、今日も街の方に行っているみたいなんですが」

「んー……、今のところ現場の近くにはおらんが、何故か現場に向かって走っておるようじゃな」

う、うわああああ!ジャーナリストの血を騒がせるのは止めて!

「すみませんが、キララに危ないから現場に行くのを止めなさいと言ってくれませんか?!」

「ええよ」


私が慌てている傍で、シグラはとても嬉しそうな顔をしていた。



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