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ニアミス:(前半:アイファ視点)

朝食を食べるために食堂に降りようと、着替えをしていた時のこと。扉がノックされ、慌てて上着のボタンを留めた。


『どうしました?』

扉を開けると、廊下には護衛騎士1人とこの宿屋の女将さんが立っていた。


『お客さんはお医者様だったよね?』

『え、ええ。そうですが、どうかなさったんですか?』

『いや、それがねえ。今、教会の聖騎士様がいらっしゃってるんだけど、お医者様や薬師を探しているらしいのよ』

教会の聖騎士ときいて一瞬背筋が凍ったが、私の正体がバレたわけではなさそうだ。医者や薬師を探しているのなら、急病人でも出たのだろうか?

一応フードのついたコートを羽織ると、聖騎士が待つ階下へと向かった。


ブネルラの聖騎士は平均年齢が高く、医者を探しに来た彼らも熟年の域に達した方達ばかりだった。

年を重ねて性格に角が無く、更に死者に深く関わり合いのあるブネの信徒という事もあってか、他の教会のプライドが高い聖騎士に比べると人当たり良く感じる。


『気付け薬ですか?』

『はい。連日の疲れが出たのか、ベッドに入ったまま2日が経っても起きない者がおりまして』

『2日もですか?相当なお疲れだったのか、もしくは何らかの病気の疑いがありますね。息が浅いとか発熱などの症状はありますか?』

私の問いかけに聖騎士は頭を横に振った。

『とても安らかな様子だと聞いています。自然に起きるまで待ってはどうかという意見もありますが、今は緊急事態ですし、ご本人も早く目を覚ましたいと思っているのではと、目覚めの薬を探しているのです』

彼の言う緊急事態とは、ウララが害されるという話の事だろう。元凶の身としてはその話題にはあまり触れたくないので、話を膨らませないようにしよう。


『生憎と気付け薬は今手元にはありませんが、調合のレシピはわかっているので、素材さえあれば作れますよ。しかし……素材が独特でして……』

私の知る気付け薬は強烈な刺激臭と、暫くは味覚が麻痺する程の刺激的な味を喰らわせることで眠りを覚まさせるというものだ。この癖の強い薬の素材もやはり刺激臭を発したり、食べたら味覚が壊れるような植物ばかりなので、人々からは忌諱されていて滅多に市場には並ばない。その為、どうしても必要な時は自分で採取しにいったり、ギルドで依頼を出したりしている。

そういった事情を聖騎士に伝えると、彼は困惑したような表情になった。

『素材については此方で揃えさせていただきますが、それらはこの辺りでも採れるものでしょうか?』

『そう……ですね。どの山にでもあるようなものや、温泉の近くで採れるものが多いので揃うと思います。ただ……』

『ただ?』

『此処はブネルラですから、ブネ…様の力に影響を受けて変異をしている可能性があります』

『あー……』

名のある精霊の郷の植物は大抵が変異してしまう。ブネルラの場合は雪が積もっても枯れない花が有名だが、それ以外の植物ももちろんブネの影響を受けている。


『一応揃えてみましょう。どのような素材か教えてもらってよろしいですか?』

『ええっと……あ』

ふとある考えが頭に浮かんだ。


―――これって堂々と教会に入れるチャンスなんじゃないの?


ブネルラ山脈へ行く正規ルートは教会の中を通らなければならない。山へ採取に行くとなれば、もちろん先ずは教会に行くことになる。

私は唇が震えそうになるのを耐えながら、にこりと聖騎士に笑いかけた。

『特殊な素材なので、口頭での説明だけではわかりにくいと思います。採取については私も同行します』



部屋に戻ると急いで支度をし、そしてまた一階へと降りて聖騎士と合流した。


『じゃあ、行ってきますね』

『はい。我々は宿屋で待機しています』

教会―――というよりウララの周辺は厳戒態勢のため、私の護衛騎士達は残念ながら教会に行く許可が下りなかった。なので彼らとは此処で一旦お別れだ。まあ、彼らはキャリオーザの息がかかっているので、離れられて良かったのかもしれない。


聖騎士と宿屋を出て、教会へ続く道を行く。

遂に教会へ行くことが出来る。それも怪しまれずにだ。


『うわあ……』

教会が建つ丘に上がると、圧倒された。

ブネの教会をこんなに間近に見るのは未来も含めて初めてだけど、本当に大きい。しかも建材はフィルマ王城と同じものを使っているようだ。この時代はまだ竜帝国ではないが、既にその片鱗はあるようだ。


『規則ですので、ご了承ください』

教会前で別の聖騎士にボディーチェックと荷物検査をされ、特に不審なものはない事を確認されると、漸く私は教会へ足を踏み入れることが出来た。

でも教会に潜入しただけでは意味がない。ブネの正確な情報を手に入れナノチップにインプットして、あとはウララの居場所を特定して……と、そんなことを考えていると不意に目の端に見覚えのある紅いモノが入った気がした。


『え……?』


一瞬リパームかと思ってそちらを見たが、大きな柱が並んでいるだけで、目の端に映った紅い存在を確認することは出来なかった。

柱の陰に隠れたのかもしれないと暫く注視していたが、聖騎士に呼ばれてしまったので、視線を外した。


―――まあ、此処にリパームがいるはずがないもんね


ブネルラのエルフ達は赤系の髪をしている。きっとそれを見間違えたのだろう。

そう思いながら、私は聖騎士の元へ急いだ。



■■■



「え?スライムの調子が悪いの?」


ダイネットで針仕事をしていた私に、レンが馬車の二階部分に置いてあるトイレの異変を知らせてくれた。あそこのトイレは最近設置したばかりなので、まだスライムの寿命ではないとは思うけど……。

「何かね、苦いような変な臭いがするなあって思って確認したら、スライムが真っ赤になってぷるぷる震えてたの」

「真っ赤?それに震えてたって……。そんな状態のスライムは初めて聞いたけど、不良品だったのかな?」

色に関しては、人口スライムは食べたものの色が自身の身体の色に反映される性質があるので、あまり気にしなくても良いと思う。……まあ、(使用者の殆どが男性の)トイレのスライムが真っ赤って……誰か痔になった?と別の心配が生まれるわけだけど。

震えに関してはよくわからないけど、不良品として片付けても良いんじゃないかな。でも一応後でアガレスやブエルに尋ねておこうかな。


「トイレ、どうしたら良いかなあ?」

「スライムは替えがあるから大丈夫だよ。それで使用済みのスライムは燃やせば良いんだけど、適当なところで火を焚いたら迷惑かもしれないから、ブネルラの人に訊かないとね」

かまどや焚き火台なら火をつけても良いけど、流石に汚物を吸収したスライムを炊事用に用意した場所で燃やすのは遠慮したいし。


「ぶ、ブネルラの人に訊くの?」


ちょっとレンの表情が強張った。この子は人見知りなので、初対面の人に一人で話しかける事を想像して緊張したのだろう。

「その辺りはアガレスさんとかブエルさんに頼むから大丈夫だよ。レン君はククルア君のところに戻って良いよ、トイレの事教えてくれてありがとうね」

本当は私が訊ねに行けば良いんだけど、私はシグラとの約束でバスコンの外に出られないので、誰かに頼むしかない。しかしアガレス達に頼りすぎている気がしてかなり申し訳ないなあと思っていると、レンがぶんぶんと頭を横に振った。


「僕が一人で行ってくる!」


「おお……?!」

レンが勇気を出した!

何だか“初めてのおつかい”を見ている気分になった。でも……

「レン君には、私の目の届くところにいて欲しいんだけどなあ」

賢者に託された迷子防止用のキーホルダーをレンに見せる。ライとレンは賢者とブネが私とシグラを信頼して預けてくれた大事な子達なのだ。キナ臭い予言や、シグラとビメの助けが無い今、味方の陣営であるブネルラでも油断はしたくない。


ふと窓の外にネイトの姿が見えた。湖の側でライと何か話しているようだ。


「あれ、ネイトちゃん来てるの?だったらあの子に訊けば良いよ」

ネイトも子供とはいえブネルラのエルフの一員なので、詳しいだろう。

私の言葉に、ちょっと安心したような残念なような、そんな微妙な表情でレンは「わかった」と頷いた。


人見知り克服という成長の機会を潰しちゃったかな。でもこればかりは譲れないからなあ。


レンはバスコンから出ると、とととっとネイトとライの所へ小走りで向かった。

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