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第三話:時空の概念【キララ視点】

「おーい、姉ー、大丈夫かー?」


 ぺちぺちと肩を叩いたが、事態が飲み込めずに気を失ってしまった姉は目を覚まさない。

 我が姉ながら結構繊細なところがある。

 でも仕方ないか。ドラゴンに襲われるし、良くわからない場所に連れてこられるし、だもんな。

 しかしどうしたらいいものか。


 目の前でふよふよと浮かんでいる『概念』を睨む。


「姉はこの通り今は使い物にならない。私に事情を聞かせてくれないか」

『わかりました。何を訊きたいですか?』


 お、と思った。私はまだ子供だから、相手にされないと思ったのに。

 まあいい、好都合だ。

 私はダイネットのシートに座って『概念』から聞いた話を宿題用に持っていたノートにまとめることにした。


「さっきの続きだ。つまり、私と姉はさっきのドラゴンのせいで異世界に来たってことでいいか」

『はい』

「私達は元の世界に帰ることは出来るのか?」

『はい』

 あっさりしてるな。

「じゃあ帰してくれ」

『今は無理です』


―――まあ、まだ異世界にいる時点でそうだろうなとは思ったけど……


 詳しく聞いたところ、私達を特異点(ドラゴン)共々この異世界に連れてきたのは目の前のこの『概念』らしい。

 だから概念には私達を元の世界に返す力もあるのだそうだ。


 しかし世界と世界を繋げる為には膨大な力が必要となるらしい。

 現在はその力が不足している為に、すぐに私達を元の世界に戻す事が出来ない、ということだ。


 概念の力をここまで不足させたのは“特異点”が原因なんだそうだ。


 特異点もまた自力で時空を歪ませ、あらゆる世界に行く力をもっているらしい。奴は私達の世界に来る前にも色々な世界に入り込んだのだそうだ。その都度概念は奴を追いかけて捕捉しては世界と世界を繋げて奴を送り返していたため、概念は力をほぼ使い切ったのだという。


 はあ、とため息をついたところで、運転席に座ったままだった姉が身動ぎした。


「気がついたか、姉」

「ん……?きらら?」

「悪いが、寝惚けている暇はないぞ」


 ぼんやりしている姉をダイネットに呼び、概念から聞いた話を共有する。


「……うそでしょ……というか異世界って……夢じゃなかったの……」

「頼むから気は失うなよ」

 私がそう言うと、姉は顔に力を入れて頷いた。

「でも……だったら、早く人里に行かないと。給油できなきゃこの車は使えなくなる」


 御尤もな話だ。ガス欠してもロードサービスは来てくれないだろう。

 このバスコンはディーゼルエンジンなので軽油で動く。だがこの異世界で簡単に給油場所が見つかるか、そもそも給油出来るのかすら不明なんだが。


『燃料でしたらお気になさらず。私の力で何とでもなります』

「え?不思議パワーで軽油無しで動く、とかですか?」

『いいえ。私は時空を操ることができます。貴女方の世界に干渉するのは今は無理ですが、この異世界の中にある場所であれば、燃料供給程度の小さな空間くらいならどことでも繋げることが出来ます。製油所の軽油貯蔵庫とこの車の燃料タンクを繋げましょう』

 おお、それは便利だ。早速繋げてくれと言おうとしたが、姉は何とも言えない顔をしていた。


「それは窃盗です。緊急事態だとはいえ、まだこの車は動くし、給油所を探すだけ探してみようと思います。自分たちで解決できるならそれに越したことは無いでしょう。綺麗ごとかもしれないけど、これは大事な事ですので」


 私の姉はぽやっとしているが実はかなり真面目な人間だ。

 しかしそんな姉の決意は概念の一言でぶっ壊される。


『この星に給油所はありませんよ』


「え……っと、無い……?」

『ありません。この星にも重油自体はありますが製油所は存在しません。この星から3千光年先にある星に製油所があります』


 姉がぽかんとしている。私だって言葉がでない。


≪この異世界の中にある場所なら≫って、宇宙空間も含まれていたのか。まあ、私達の知る太陽とか火星とかがある宇宙じゃなくて、【異】宇宙なんだろうが。


『気にされるのでしたら対価を払えば良いではないですか。何か箱を置いて用意していただければ、その箱と製油所の金庫を繋げましょう。さすれば相応の対価が支払えます』


「……あ……ええと……はい。じゃあそれでお願いできる……かな?……キララ、何か適当な箱ある?」

 深く考えるのを止めたらしい姉は概念の言葉をさらりと聞き流し、私を見た。

「あ、ああ。ならばこのポスト型の貯金箱を提供しよう。お土産を買う為に貯金箱ごと持ってきてたんだ」

 さっさと中身を取りだし、赤いポスト型の貯金箱をテーブルに置く。


 概念はスルっとその中に溶け込んでいき、貯金箱がカッと輝いた。

 そして貯金箱の頭からにゅっと概念が現れる。


『タンクとも金庫とも空間を繋ぎました』

「あ……はい。あ、ありがとう。え……ええっと……それで、繋いだ先の物価とかわからないんだけど」

 もう何が何だかわからない現象が次から次へと。姉も正常なのか混乱しているのか分らない問いかけを概念にしている。

『貴女方のいた星……地球と同じような進化をし、車がある世界。アメリカと物価がほぼ同じです。しかし通貨までは『ドル』ではありません。なのであちらでも価値のある金塊を送ればいいでしょう』

「あ、はい。」


 しばしの沈黙。

 それから漸く理解が追い付いた姉は概念の方を向いた。


「物は相談ですが、その地球に酷似した星に私達を送ってくれることは……」

『今は無理です。先程も言いましたが、燃料供給程度の小さな空間くらいが限界です。金塊も砂金程度に砕いて下さらなければ穴詰まりしますので注意して下さい』

「そうなんですか」

「凄い技術なのに穴詰まりというワードで台無しだな」

 はあ、という私と姉のため息が重なる。


「それにしても概念ちゃんはどうして私達を助けてくれるの?」


 姉が概念に対して敬語を使うのを止めた。穴詰まりというワードに気が抜けたのだろう。


「さっきの『気にするなら対価を払えば良い』ということは、気にしなければ窃盗をしても構わないってことだよね。……その、気を悪くしたら申し訳ないんだけど、アナタは人間社会の倫理も道徳も気にしてないみたいだし、同情心や巻き込んでしまったという後ろめたさで動かない気がしたの。まあ、助けてくれる事はありがたいんだけど」


『私は時空を司る概念。……ここの異世界の存在とは違う貴女方のことも、叶うならすぐにでも元の世界に戻し、時空の安定を保ちたいのです。しかし今はそれが不可能な状態なので、次善策として貴女方の命を保ったまま向こうへ返せるその時まで私は貴女方を監視、あるいは保護します』


 おそらく特異点の炎から私達を守ってくれたのも『時空を超えて来た違う世界の特異点の悪さを止める』というだけで、私達を助けたという意識はないんだろう。まあ、これ以上は概念の行動理由を訊いたりしないでおこう。


「異世界かあ……」

 しみじみと呟く姉。

「それで、どれくらいの時間で、元の世界に戻してもらえる力は溜まりそうなの?」

『ここまで枯渇するのは初めてなので、正確にはわかりません。…そうですね、目安としては10年はかかるかと』


「「…………」」


 10年!?


 姉は「え?」「は?」とまともな言葉が出てこないようだ。かく言う私も同じ状態だ。

 暫くして10年という言葉の意味を理解した私達は“ほー……”と溜息を吐いた。


「元の世界に戻る頃には、花の20代が終わってる…」

 姉がテーブルに突っ伏す。

「私なんか中学も高校も行けないんだが」

「確かに!それはかなり大変だよキララ!」

 突っ伏した上体を起こし、姉は語気を荒げた。

 まあな。最終学歴が小学校中退とかちょっと洒落にならない。

『大丈夫です。貴女方を送る時には貴女方が特異点に襲われて消えた時点に送りますから』

「あ、そうなん……」

一瞬ホッとしたが、よくよく考えれば、ちょっと待ってくれ。

「……もしかして私達は10歳年を取った状態で戻るのか?」

『そうですね、そればかりはどうにも……』


「待って待って!私はまだ婚約破棄のショックで一気に老けたとか言えばいいけど、キララが20歳で10歳のフリなんか無理に決まってる!」


 うっかり20歳の体格でランドセルを背負う自分を想像して咳き込んだ。20代後半で高校生役をして話題になる俳優なんてかわいいレベルだな!


『では、老化を止める薬を服用すればどうでしょう』

「そんなものあるの?」

 私達の世界にはなかったけど、ドラゴンのいるような異世界だし、無きにしも非ずってやつかな。


『ドラゴンの血にそういった作用があると、高名な錬金術師が言っていたのを確認しています。ドラゴンの素材は非常に高価なために、ご自身で採取することをお勧めします』


「「……」」


 きっと今、姉妹揃ってチベットスナギツネのような顔してるんだろうな。


『特異点以外のドラゴンも存在していますよ』

 私達の様子を見て、一応概念がフォローを入れてくる。

 この世界にはあれ以外のドラゴンも普通にいるんだな。物騒な世界に来てしまったものだ。


 姉はげんなりしながら「地球に生息している小さなトカゲ並みに弱いドラゴンはいるの?」と訊ねた。


『一番小型の種類になりますと、湖竜となります。ワニのようなドラゴンですが、幼少期なら2メートル程です』

 姉と顔を見合わす。

 傷を負わせることが出来るか、出来ないか。


 普通に無理だろ。


『成体なら攻撃方法として雨を呼び段波のようなものを使ってきますが、子供は噛みついたり尻尾を振り回すくらいですよ』

「気軽に言うなって。私らはただのバスガイドと小学生だぞ」

 格闘家の選手でも無理だろうけど。

 姉も「そんな巨体のワニと戦えるわけないじゃん……」と呟いた。

 噛みつかれてそのままお陀仏だな。


「なあ、概念の力でドラゴンの血管とこのコップを繋げる事はできないのか?」

「おお!流石我が妹よ!考える事がえげつない!」


 じろりと姉を睨む。私を何だと思っているんだ。


『残念ですが出来ません。ドラゴンはどの種類も魔法が有効ではありません。貴女方の世界から此方の世界に特異点を戻す際も、特異点そのものではなく特異点の周りの空間ごと此方に移動させました』


 ああ、だから私たちごと異世界に来てしまったわけだ。


 でもまあ、ドラゴンに概念の力が有効なら、特異点と何度も鬼ごっこをしなくても、さくっと特異点を亡き者にすればいいだけだからな。

 そう考えれば、この概念は魔法が効かないドラゴン以外なら簡単に殺せる、凶悪な存在だな。

 何かヘマをして問答無用に殺されないように予防線を張っておいた方が良いかもしれない。


「あのさ、何か気に障った事があったら、すぐに言えよ。お前が力を使って何かしなくても私達は改善するからさ」

『私は時空の概念。時空を管理する存在です。時空を力で捻じ曲げる様な存在以外に力を行使することはしません』


「……私達の軽油の件は貴方的にOKなの?時空を繋げちゃってますけど……」

 姉が恐々と訊く。こう言う事はちゃんと聞いておかないと、恐ろしい事になりかねないからな。

『貴女方ご自身の力で時空を歪めるのであれば許しません。しかし軽油の件は私が許可し私が管理し私が繋げているのですから、問題ありません』


 要は、こいつが管理できているのなら構わないらしい。


―――というか


 今、サラッと魔法を受け入れたけど、ここって魔法がある世界なのか?


「それにしても10年……雑貨だけなら数週間分は準備してるけどさあ……。そもそも軽油代の金塊なんて手持ちにあるわけがないし、何処かにお勤めしないといけないね」

 はあ、と姉が溜息を吐く。


 現在バスコンが停まっている場所は森に囲まれた湖の前だ。

 見た限りでは民家や人影はない。

「今更だけど、この世界…この星にも人って住んでるよね?」

『はい。魔法で発展した文明があります』


 魔法!やっぱり魔法がある世界なんだ!


 炎とか水とか出せるアレだよな?おおおお…見たい!見たい!!というか私は魔法を使えないのか?使えるんじゃないか??

 よし、自分の手に力を集めて―――

『魔法はこの星の生き物特有の能力なので、貴女方には使えません』

 

 恥ずかしいから口に出さなかったのに、こいつ、思考を読んでいるのか…!



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