準備
救援要請を受けるにしても、すぐに動けるわけではない。
色々準備をしていかないと、ミイラ取りがミイラになってしまう。
「というわけで、行動を開始するのはお昼からで。キララ、買い出しお願いね」
「りょ」
「アウロさん、キララをよろしくお願いします」
「はい。ロナのこと頼みます、ウララさん」
朝食に甘くないパンケーキを焼いて、それを腹に収めた後に私達は準備を始めた。
まずはロナにバスコンの天井に簡易的な架台を付けてくれと頼んだ。架台の資材は村の外でシグラが木を引っこ抜いてきたので、それを。夜や休憩する時にここにテントを張ってレオナに使ってもらおうと思ったからだ。イメージとしてはルーフテントのようなものだ。
シグラはそのままロナの手伝いを。
件のレオナにはアウトドアチェアと毛布を提供し、今はバスコンの傍で眠って貰っている。最初は遠慮していたが、色々と限界だったようで気絶するように眠ってしまった。
それから買い出し。
買い出しにはアウロは必須だ。調理担当の私が行った方がいいだろうけど私が行くなら、必然とシグラが付いてくる。そうなれば拠点にレオナとキララとロナを置くことになる。それは流石に却下。危ない。だったら、と私の代わりにキララを行かせることにした。キララもそれなりに料理の知識はあるだろうし。
私はと言うと、何があるかわからないので、簡単につまめれる腹持ちの良いクッキーをキッチンカウンターのオーブンレンジで大量に焼いていた。
洗濯をしても良いんだけど、午前中に乾ききるか分らないし…。
クッキーをレンジに突っ込んだ後は暫く暇だったので、バスコンに備えていたリネン類や食料の確認と整理をする。
昨日布を買い足したので、リネン類は豊富だ。
レオナの仲間がどれだけの怪我をしているかわからないが、シーツもタオルも彼らに提供できるだけの余裕はある。
「食料は…」
米はもう無い。パスタがあと5人前くらい。小麦粉は2袋。
非常食用のインスタント袋麺が10食分、カップ麺が6個。
お菓子はチョコレート菓子が冷蔵庫に1袋。
アイスが冷凍庫に3つ。
果物の缶詰が7つ。サバ缶が3つ。
1.5ℓのペットボトルのジュースが2本。
瓶のジュースが冷蔵庫に3本。
やけに可愛らしいラッピングがされた瓶を見つけ「あ、これシグラの血だ」と気付いてそっと仕舞った。
―――――シグラ…あの時も平然と手首の肉を噛み千切っていたなあ……
ふう、と溜息を吐く。
ドラゴンだからすぐに怪我は治るにしろ、怪我をしたら痛いだろうに。
常時張っている結界だってそうだ。パルやアウロ曰く、私だけではなく私の大事なモノ――妹のキララ、同行者のアウロとロナ父子、バスコン――にも結界を張っている。まあ、異性を弾く結界は私だけのようだけど。でもどれだけの負担がシグラに掛かっているのかわからない。
少しは自分を大事にして欲しいと思う。
「……嫁不足だって言ってたし、もしかしたらドラゴンの旦那さんは奥さんの為なら自己犠牲が当たり前なのかも」
地球でも番のために自己犠牲する種の動物がいるのは聞いたことがあるけど、もしかしたら竜族もそうなのかもしれない。
私はそういうのはあまり好きじゃない。勿論優しくされるのは嬉しいけど、そのせいで相手の負担になっているなら悲しい。……大事な人なら尚更。
でも習性的なものだったら、止めさせるとかえってストレスになるだろう。
クッキーが焼き上がったので、天板からお皿に移して粗熱を飛ばす。
その間にまた天板にクッキーの生地をクッキーの形にして置いていく。
地味な作業をしながらパルを呼ぶ。
「パルちゃんは、雄のドラゴンがされたら嬉しい事とか知ってる?」
『私は心の中まではわかりませんが、彼らは戦う事と寝る事を娯楽としています。番がいる個体なら、ずっと番に侍っています』
「だったら、ドラゴンのお嫁さんは旦那さんにどんなふうに接しているの?どうやって労ってるのかな」
『服従させていますね。あの求婚ゆえに妻になる個体は夫よりも強者とみなされます。ドラゴンは実力主義なので格下の夫を労う事はしません』
そう言えば『竜族の雄は妻には限りなく従順』ということを聞いたのを思い出す。上下関係がはっきりとしているということか。
「私達人間とは事情が違うなあ……」
『ドラゴンの本能行動ですから。交尾も妻が夫に命じ…「そういうのはまだ良いです!!」
赤い顔をしたまま、粗熱を飛ばしたクッキーをザラザラと瓶の中にいれていく。
「ドラゴンの本能か…」
■■■
「姉、見てみろこれ!凄いぞ!」
買い出しから戻って来たキララは、リュックサックから石ころのようなものを取り出して、私に見せてくる。
「何それ?魔石?」
「違う、人工スライムってやつらしい!最初は固いけど、食べる物によって形が変わっていくらしいぞ」
えー…モンスターなんか買ってきちゃったの、この子。
私が渋い表情になったからか、キララは慌てて話す。
「これな、トイレに使うらしいぞ」
「??」
「例えばこれをトイレの中に入れて置いたら排泄物とか全部食ってくれるらしい」
「何それ、凄い」
このバスコンのトイレはカセット式なので、定期的に処理していたんだけど、その手間が無くなるのはありがたい。
「それ以外にも珍しい物買ってきたんだ。これ、人工魔種って言って…」
「雑貨屋さんにも行ったんだ?」
「いや、市場にそういう露店があってな。便利そうだったから色々買ってみた」
つまりこの人工スライムは一般的なものなんだろうね。
「一応訊いとくけど、危険じゃないの?大きくならない?そもそもトイレ溶かさない?」
「硬いモノは溶かさないって言ってた。人間の皮膚とかも大丈夫らしい。でも一か月で寿命だから、定期的に替えないと駄目だってさ」
ドサドサとエントランスドアの傍に荷物を降ろされる。
「はは、キララさんは変な物に目を輝かせるんですよ~」
「全然変じゃないぞ、親父!これは画期的だぞ!」
「お疲れ様です、アウロさん」
「お肉はその都度狩りをすればいいかと思って、買ってませんよ」
荷物は大きな箱が3つ。1つ目の箱には大量のパスタとお米に似た穀物の入った袋が10袋。1袋に一升くらいは入ってそうだ。
2つ目の箱には玉ねぎ、人参、ジャガイモ、カブ、葉物などの野菜。3つ目の箱には卵と小麦粉10袋、バターや調味料類とお茶っぱが入っていた。
大喰らいのシグラとロナがいるけど、5日~1週間はこれで大丈夫そう。
「重かったでしょう、大丈夫でしたか?」
「そこはまあ精霊魔法の風でちょちょいと」
「アウロさんも病み上がりなのに、無理をさせてしまって…」
「大丈夫ですよ、このくらい。それに少しは力を見せておかないと面倒な事になりそうだったんで」
面倒?と訊き返すと、キララが興奮した風に「そうだぞ、凄かったぞ」と話し出した。
「変な覆面の奴らに後を付けられたんだぞ」
「だ、大丈夫だったの?」
もしかしなくても例の盗賊団の関係者だろう。
「我らにはシグラさんの結界が施されていますから、襲われた所でかすり傷も負わないでしょう。でも実際襲われたら怖いですからね。なのでまあ私エルフですよアピールをしておきました」
エルフは精霊魔法が使える。それだけでかなりのアドバンテージがある。
まあ、私の魔法はそこまで強くないんですがねとアウロさんは苦笑した。




