聖騎士:アウロ視点
『私の番に命令をしたな。許さぬ』
ウララさんを背中に隠し、苛々した表情のシグラさんが鎧を着た女性を地面に転がしていた。
私の記憶が正しければ、あの白い鎧は教会の聖騎士が纏う鎧だ。
あの女性騎士も運が悪い。まさか目の前の男がドラゴンだとは思ってもいないだろう。
『き、貴殿らは何処の宗派の信徒ですか!私は精霊オリアスを祀る教会の聖騎士、レオナ・カリャ・ピグムと言い…』
聖騎士、レオナさんは鎧の肩部分にあるエンブレムを指す。確かにあれは精霊オリアスのエンブレムだ。
『知った事か。八つ裂きにしてやりたいところだが、私の番は血を見るのが嫌いなのだ。さっさと立ち去れ』
『教会の下命を無下にすると?罰せられますよ!』
『去らぬなら消す』
シグラさんがウララさんを抱き上げ、バスコンの方に歩き出す。きっとバスコンにウララさんを閉じ込め、彼女にあの聖騎士を『消す』光景を見させないためだろう。
「どうしたの、シグラ?」
言葉のわからないウララさんは二人の剣幕に戸惑っているようだ。
「あの騎士が失礼な態度だったので、シグラさんが怒っているようです、ウララさん」
「あ、アウロさん。あの女性は何を仰っていたんです?」
「詳しい事情は知りませんが彼女は聖騎士で、ウララさんに何かの指示をしたようですね」
ウララさんは「指示?」と首を傾げる。そうか、彼女の世界では教会の聖騎士は高慢な存在ではないのだろう。というか私の足元でキララさんが「聖騎士!?」と目をキラキラさせているし、もしかしたら尊敬される立場なのかもしれない。
この世界の聖騎士とは人族特有のもので、精霊付きの騎士しか就くことができない職業だ。
希少ゆえか、教会にいる名のある精霊に仕える身ゆえか…聖騎士は選民意識の塊で、かなり高慢だ。一般人どころか貴族までを顎で使う有様だと聞いたことがある。その聖騎士をまとめる教会だなんて言わずもがなだろう。
しかし精霊オリアスといえば無欲の精霊といわれている。その精霊に仕えている聖騎士も高慢さはないと聞いていたが…。
ふとシグラさんを見る。―――もしやシグラさんが誇大してるだけでは。
彼のウララさんに対する態度や彼女に張ってある結界の種類や分厚さからして、シグラさんはかなり過保護だからな。
まあ、私としてもどこの教会の聖騎士だろうとお知り合いになるのは出来れば避けたい。嫌な予感しかしない。
しかしウララさんはシグラさんが無闇に誰かの命を散らすのは嫌がるだろうし、ここは一応話し合った方がいいだろう。
「ウララさん、シグラさんを止めておいて下さい。彼女に事情を聞いてきます」
「わかりました。シグラ、止まって」
「……わかった」
シグラさんは番であるウララさんの言葉なら、すんなり聞き入れる。全ての生き物の頂点に君臨する竜族が人間の言葉を聞くなんて、本当に信じられない光景だ。
「リボンタイ、解けてるから結んであげるね」
「うらら、ありがとう」
ウララさんに世話をされてすっかりご機嫌になっている。よし、今の隙に彼女から事情を聞こう。
絶望したような顔でしゃがんでいるレオナさんの元へ駆け寄った。
『聖騎士様とお見受け致します』
『!』
彼女は弾かれたように私を見た。
『その容貌…貴殿はエルフですか?お願いします、話を聞いて下さいませんか!』
やはり高慢な所は見受けられない。
『……その前に、貴女はあの女性に向かって何を仰いましたか?』
『私は聖騎士です、我が主の下命に協力して下さい、と。その瞬間、あの男性が烈火の如く怒りだし…』
きっと下命という単語にシグラさんは引っかかったのだろう。
『それで、下命とはなんでしょう?』
『聞いて下さるんですか?』
レオナさんは表情を歪めて涙を零しだした。装備している鎧の損傷具合からして切羽詰まっているのだろう。
『数か月前、精霊オリアスより御託宣が下りたのです。この国の辺境の地にて希望の種が死に瀕していると』
『希望の種?それは何でしょうか』
『具体的にはわかりません。ですので、我が教会はあらゆる可能性を考え、他の教会とも協力体制を敷き、この国にある全ての辺境の地に聖騎士を派遣し、懸念事項の監視もしくは取り除く事にしたのです。私が拝命した下命は…とあるものの監視です。申し訳ありません、軽々しくは言えない内容でして…』
『内容も聞かず力を貸せと?……まあ、話が先に進みませんな。それでその下命はどこまで遂行されたのですか?』
レオナさんは首を振る。
『まだ、何もできておりません。我ら…3人で行動していたのですが、この地域に入った途端に何者かに襲撃され、散り散りとなり…』
救援を呼ぼうにもこの地を治める辺境伯の城は襲撃された場所から遠く、森を彷徨いながら辿り着いた場所がこの村だったそうだ。
『しかし、この村には貴族の屋敷どころかギルドさえありませんでした。これでは連絡の仕様がないと困っている所に、襲撃者の追手が現れ…』
命からがら辿り着いた安全地帯がこのバスコンの下だったという。
地面を見ると数本の矢が散らばっている。これが襲撃の痕なのだろう。
『この優れた結界、そしてこの見た事もない輝く荷馬車。名のある貴族家とお見受け致します!』
ああ、また貴族と間違えられてますよ、ウララさん…。
ふう、と溜息をつく。
私の溜息をどう受け取ったのか、彼女は何度も頭を下げだした。
『お願い致します。協力者の方への褒賞は精霊オリアスの教会が出して下さります。仮に出して下さらずとも、私が…ピグム子爵家三女、レオナ・カリャ・ピグムが責任を持ってお礼をさせていただきます…!』
『あの、頭をお上げ下さい。私は冒険者くずれのしがないエルフで…』
『お願いします、どうか下命の件を…それが無理ならば我が同朋の2人の救助をお願いしたく…!』
「その方…どうかされたんですか、アウロさん」
レオナさんの様子を心配したのか、ウララさんが声をかけてくる。
その隣にいるシグラさんはレオナさんに冷たい視線を向けていた。
「あのですね。この女性、レオナさんと仰るのですが、任務中に何者かに襲撃されたそうでして。困っておられるようです」
「何者かに?」
「えー…そうですね、まだわからないのですが盗賊団のようなものだと思います。それでお仲間と逸れてしまい、任務も果たせそうになく、ウララさんに助力を乞われたのです。ですが、どうやらシグラさんがそれを『命令』だと受け取ってしまったらしく、怒ったようです」
ウララさんは隣のシグラさんを見上げ、苦笑した。
「シグラは私の為に怒ってくれたんだね。シグラ、ありがとう」
彼女の言葉が理解できたのか、シグラさんは嬉しそうにしている。
「でもアウロさんが事情を聞いたところ、命令とかそういうのじゃないみたいだから、怒らないであげてね、とシグラに伝えてもらえますか?」
「わかりました」
ウララさんの言葉をそのままシグラさんに伝えると納得したのか、レオナさんに向ける視線を氷点下から常温に戻した。
「それでどうされますか?」
私の問いかけに、ウララさんは「え?」と不思議そうな顔をされた。
「害意が無いのは分かっていますから取り敢えずバスコンに入ってもらいましょう。服とかボロボロだし、私の服をお貸ししますねとレオナさんに伝えてもらっていいですか?」
やはり彼女を助けるつもりなんだな…。
私の時もそうだったが、ウララさんはお人よしすぎる。
まあ、過保護なドラゴンが傍にいるゆえの余裕なのかもしれないが…しかしいつか詐欺にあいそうだ。身体はシグラさんの結界が守るだろうが、心までは守れない。
優しい人が騙されて泣くのは可哀想だから、私がしっかりしないといけないな。
レオナさんを助ける…というより、教会と縁を作るのは断固拒否と伝えなければ。




