車の下から…
―――――早朝
「キララ、背中お願い」
「わかった。ちょっとしゃがめ」
今日から私達は村に溶け込めるように昨日用意したワンピースを着る事になった。
この世界のワンピースは背中にファスナーがあるものばかりで、体の固い私には難易度の高い仕様だ。
「ん、できたぞ」
「ありがと」
身支度を終えてシャワールームから出ると、アウロが「おや」という顔になった。
「ウララさんは年齢的にもう少し丈が短い物でも良かったんじゃないですか?」
私が着ているワンピースはスカートの丈が踝まであるものだ。布地は青色に白いストライプ、胸元にリボンが付いている。使いどころのわからないリボンが一本余ったので、髪を束ねて括ってみた。
「き…既婚者はこれが普通と聞きましたから」
「それはそれは。では、シグラさんも奥さまの服と同じ色のリボンタイをつけなくてはなりませんね」
「え?そういう習慣があるんですか?どうしよう…黒色のタイしか買ってない…」
昨日の服屋では基本的な―――例えば女性はワンピース、男性はシャツとリボンタイにズボン―――といった情報しか聞かなかった。
選んでいる時に店員に一応既婚者であるという旨を言うと、ではこの丈の物がよろしいでしょう、とおススメされたのを買ったまでだった。
「強制ではありませんよ。仲の良い夫婦がすることなので」
「そ、そうなんですね」
まだ私の中ではシグラとはきちんとした夫婦ではないのだし、そこまで彼を縛るわけには…と思いつつ、リボンが無い事に少し寂しさを覚える。
「姉、この髪を括っているリボンが旦那用なんじゃないか?」
キララに指摘されたリボンは確かに余分のものだったけど…。
「既婚者用の服なんだから、そういう習慣があるなら店側も旦那のリボンをセットで売るだろ、普通」
「確かに…あっ」
アウロから事情を聞いたシグラは何の躊躇いも無く私の髪のリボンを解き、自分の首に掛けた。
「これでいい?」
「う、うん…「いや、その前にちゃんと服着ろ」
私の言葉を遮りキララのツッコみが飛ぶ。
そう、まだシグラは貫頭衣のままだった。
シグラの支度は私がやるからとアウロが申し出てくれたので、ホッとしたのもつかの間。シャワールームに行くでもなく、私達の前で堂々と着替えようとする彼らを見て居辛くなった私はキララとバスコンの外へ出た。
「良い天気になったね」
「そうだな。今日こそは食料確保だぞ、姉。って、あれ?これ…」
ふとキララの視線が足元に向いた。そこには5、6本の折れた矢が散らばっていた。
「……矢?…昨日こんなのあったっけ?」
「無かったよな?」
どうだったっけ?覚えてないなあ…と首を傾げていると
「わっ!?」
足首に何かが巻き付いたので思わず悲鳴を上げた。
「どうした姉」
「あ、足首、」
そろりと視線を下に向け、一瞬体が固まる。
「て…て……!」
手ーーー!!人間の手!!
私の足首を掴んでいたのは人間の手だった。その手は鎧で覆われており、バスコンの車体の下から伸びていた。
「え、やだ!どうしよう怖い!」
「親父ー!シグラでも良いから、ちょっと降りてきてくれ」
オロオロする私に対して、キララは冷静に2人を呼ぶ。すると初めての服、初めてのリボンタイを結ぶのに苦労していたシグラが、タイを首に掛けたまま降りてくる。
まともな人間の服を着ているシグラに感動を覚えるけど、それ以上に緊急事態が発生中なわけで!
「……?」
シグラは私の足首を掴む手を見て、怪訝そうな顔をした。
「これ、とる?うらら」
私に触れている第三者を見ても騒がないシグラに、そう言えば私にはシグラの『雄を弾く』『害意ある者を弾く』という結界が施されていることを思いだした。
じゃあこの人は、女性で害意も無い人ってこと?
「じ、事情はわからないけど…シグラ、この人、引っ張り、出して」
「わかった」
シグラは私の足首に捕まっている手をべりっと剥がし、それを遠慮なくズルルっ!と引っ張る。
「わわ、もう少し丁寧にしてあげて!」
いつも私たちには丁寧に接してくれていたから、あまりにも雑に扱うシグラに慌てた。
そして無慈悲にも引きずられて車体から現れたのは、ウェーブがかかった長い茶髪の女性の背中。
ぴくぴくしてらっしゃる!力任せに引きずったせいで何処かを怪我したのかもしれない。
慌てて仰向けにすると、彼女はおでこと鼻の頭を赤くして目を回していた。
「何だこれ。鎧着てるから冒険者か?」
彼女はところどころひびが入っている白い鎧を身に付けていた。
「う……」
ぴくん、と彼女の瞼が動く。
やがてそれが持ち上がり、青色の瞳が現れる。
「大丈夫ですか?…って、そうだった、私達の言葉は通じないんだったっけ」
通訳にパルかアウロを呼ぼうと身を起こすと、その手を取られる。
「しゃおわお、うおあしゃおうお!」
「あ…ごめんね、私は言葉が…」
彼女の手から逃れようと軽く身を振ろうとすると、それより先にシグラが彼女の手を掴んで私から引きはがした。
「しゃあおう!しゃお!」
「え?」
シグラの口からこの国の言葉が出てきて、思わず振り向いた。
「し、シグラって喋れたの?」
てっきりドラゴン語しか喋れないと思ってた!
目を見開いて彼を凝視しているとシグラは私に微笑み、
「これ、すててくる」
「へっ!?」
表情と言葉が合ってないよ!?




