第二話:ドラゴン
トイレットペーパーや石鹸類の日用品と備蓄用の袋麺やカップラーメン、パスタや小麦粉は多めに。日持ちしそうなお菓子類やジュースも大量に買い込んだ私達は車を走らせ、既に郊外へ来ていた。
「あ、見て見て。道の駅があるよ」
「寄るのか?」
「観光だもん、一応寄ろうよ。美味しそうなものがあったら買って行きたいし」
今日の宿泊地は山に囲まれたオートキャンプ場を予定していて、この道の駅を過ぎると山道道路になるだろう。そうなればコンビニすら見つけるのに困難になるかもしれない。お菓子は先程スーパーで買いこんだので、無くなる心配はないだろうけど。
「「おお~」」
道の駅の看板に可愛いUFOの絵が描いてある。
キララは入り口に用意されていたパンフレットを取って、UFO看板の意味を説明してくれた。
「どうやらこの山ではよくUFOが現れるらしいぞ」
「折角なら見てみたいねえ、キララ」
「どうせプラズマだぞ。まあ、プラズマだろうが何だろうが見てみたいけどな」
―――あ、大きなトマトとトウモロコシがある。買っちゃおうかな
今夜はバーベキューにするつもりだから、その時に食べよう。
それからソフトクリームも売っていたので、食券でそれを買って車に戻った。
「キャンプ場、混んでるかなあ」
「うーむ、夏休みシーズンだからな。それなりに人はいそうだが」
ソフトクリームを食べ終え、車のエンジンを掛ける。キララは今回は助手席に座っている。
「キャンプ場だからテント張って寝ても良いねえ」
「何の為のキャンピングカーだ。というか、テントも持ってきたのか?」
「うん。何でも体験できるように一通りはね。まあ、テントは私が小学生の頃にキャンプに行った時に使ったものだから、ちょっとぼろいけどね。キララが生まれる前の話だよ」
「ふーん。私はうちの父がキャンプなんかしたことに驚きだな」
私達の両親は完全インドア派で、家族旅行なんて数えるくらいしかしたことは無い。私が今旅行好きなのは、これが原因だと思う。
「あの時はお父さんの会社の同僚家族に誘われたから、渋々って感じだったよ」
「なるほど」
林に囲まれた坂道になる。普通のキャンピングカーは車体が重いゆえに速度が出ないが、バスコンはパワーの強いエンジンを積んでいるので、何のそのだ。
すいすいと坂道を行き、やがて木々が途切れた道に出る。
「オートキャンプ場に到着ー」
マイナーなところだからか、ラッキーなことに見回した限り他のキャンパーはおらず、貸し切り状態だった。
「おお…壮観だな」
助手席の妹から感嘆の声が上がった。
都会に暮らしていると見る事が出来ない、スケールの違う景色が広がっている。
「紅葉シーズンに来たら、もっと綺麗だっただろうね」
「スギ林だったから、紅葉しないんじゃないか?」
妹の言葉に情緒ないなあ、と苦笑する。
キャンプ場なのだから、お客さんの為に紅葉する木も植えてあると思うんだけど。
「それにしてもこれだけ見通しが良いところなら、例のUFOも見つけやすいかもね」
「ふむ。確かに隠れる場所はないな」
どの辺に陣取ろうかなあと車を動かしていると、フっ…と視界が薄暗くなる。
空は快晴だし、遮蔽物も無いのに?と思っていると、キララが「うわあああ!?」という悲鳴を上げた。
「どうしたの?え、熊?熊でもいた?」
「ちが、違う。お、ねえちゃん。上、うえ」
窓に張り付いた妹がしきりに上、上と連呼する。私も少し前屈みになってフロントガラスから上を覗いた。
すると、いた。
「え?鳥?」
何やら巨大な蛇のような腹と、飛行機くらいの大きな赤い翼。
「ばか!あんなでかい鳥なんかいてたまるか!!少なくとも日本には絶対に居ない!!」
「えっと…もしかして高性能のバルーンかも」
私の呟きに、妹は『はっ』というような顔になった。
「確かに!」
「でしょ?」
二人で頷き合っていると、例の大きなバルーンは旋回し、バスコンの前にどしんという衝撃と共に降り立った。
バルーンはゲームに出てくるような赤いドラゴンにそっくりだった。
「……バルーンにしては重量ある衝撃だったね……」
「姉よ、先程からあのトカゲと目が合うのだが」
「偶然だね、私も……あれ?」
ドラゴンのバルーンは思いきり口を開き……まるでキャノン砲でも出すかのような雰囲気になる。
嫌な予感がする。
「キララ、避難して!」
「え?え?」
バルーンの爆発の前兆かも知れないと思った私は、咄嗟に助手席にいた妹のシートベルトを外して後ろのダイネットに突き飛ばした。位置的にキッチンの前の廊下に落ちただろう。ダイネットのシートの上に突き飛ばしてあげれば痛くなかっただろうが、そんなこと考えている暇はなかった。
「おねえちゃん!!」
という悲鳴が聞こえたが、私がダイネットに避難する時間はなかった。
「ッ!」
次の瞬間、ドドン!という衝撃がバスコンに当たり、咄嗟に目をつぶる。
―――やっぱり爆発したんだ!!
目をすぐに開けると、フロントガラスは一面炎の色。両サイドガラスも同じ色。すぐにバックしようとギアを操作するもバックモニターに映し出されるのはやはり炎の色。恐らく、この車は今炎の中にいるのだろう。
ひい、と震えがくる。
―――でも、それにしては熱くない……?
そこが少し不思議だったが、火の中に居ることは確かなので爆発する可能性がある。とは言え、この状況で外に出ることもできない。どうしよう!?
「お姉ちゃん、お姉ちゃん。カーナビがおかしい」
後ろからそろりと顔を出した妹がカーナビを指さす。
それは淡く光っていた。
その光が徐々に輝きを増し、また思わず目をつぶる。
『大丈夫ですか?』
聞き慣れない声がして、ぱっと目を開けると、カーナビの傍に先程の光を纏った着せ替え人形くらいのサイズの女の子が浮かんでいた。
「へ?な、にこれえ」
『私は時空を司る概念です。貴女方を驚かせないように今は同じ姿をかたどっています』
私もキララも言葉が出ない。
概念と名乗った彼女は、それを気にせず言葉を続ける。
『今、貴女方が見ているドラゴンは異世界に住む者なのです。あまりに力が強すぎて、時空を歪めてしまい別世界の此処へ現れました』
まだ依然として炎の音が聞こえる。
「ど、ドラゴン?」
やっとの思いで出せた私の声は、酷く震えていた。
『あのドラゴンは特異点のようなものなのです。貴女方を巻き込む前に特異点を連れ戻せませんでした』
「ま、きこむ?」
『詳しくは後でお話します。貴女方の事は私の力で守りますが、それでも衝撃が暫くの間断続的に来ます。堪えて下さい』
「え?」
言うや否や、バスコンが激しく揺れる。
「わああ、あ、あ」
ゆっさゆっさと視界がぶれながらも、私はキララにセカンドシートに座ってシートベルトをしろと指示を出した。
どれだけ時間が経っただろう。
気が付いた時には揺れが収まっていたので顔を上げると、そこは先程のオートキャンプ場とは違う景色が広がっていた。
確かに先程も林や森の中だったが、目の前に湖なんてものは無かったから間違いない。
『ここは特異点の生まれた世界です。貴女方からしてみれば、異世界です。貴女方は特異点の炎に包まれていたので、特異点ごと此方の世界に来てしまいました』
概念と名乗った女の子が色々と説明してくれるが、殆ど頭に入ってこなかった。