日本満喫:(前半:ルラン視点)
『大きなテレビがあるぞ、ルラン殿!』
『あれは大型スクリーンというものらしいですよ』
『巨大カップが沢山回っているぞ!それに何だあれは!拷問器具もあるではないか!』
『拷問器具ではなく、ジェットコースターという遊具だそうですよ、ジョージ殿』
『そうなのか?乗っている者は泣き叫んでいるようだが……まさか、賢者とは痛めつけられるのが好きなのか!?』
ジョージ殿は頬を紅潮させ、伊豆キララ殿から貸してもらったカメラを操りながら、何枚も写真を撮っていく。
私達が連れてこられた場所は、遊園地という所だった。大型の遊具で遊ぶ場所だそうだが、フィルマ王国には似たような施設が無いので、いまいち作法がわからない。取り敢えずキララ殿や伊豆キララ殿を模倣し、おかしな行動をとらないように気を付けないと。
【おーい、ルランー】
念話の耳飾りを通じて、キララ殿に呼ばれた。
今回キララ殿には私と対になる耳飾りを渡してある。
どうしたのかと顔を向けると、彼女はある方向を指さしていた。
【カエデが大学生共に囲まれてるけど、あれ大丈夫か?】
【……大丈夫ですよ、彼は】
今朝がた、カエデ殿に打ち明けられたのだが、なんと彼は日本語が喋れるのだそうだ。そのため、シグラ様やコウ殿達が日本語で会話していた内容は全て理解できているとシグラ様に謝っていた。
更にシグラ様を欺くわけにはいかないとして、カエデ殿はシグラ様とシグラ様の加護を持つ俺にニホン公爵家について話してくれたのだが……。
ニホン公爵家は俺の母の実家ではあるが、賢者によって創設された家だと、俺は今日初めて知った。
しかしそれは仕方がないのだと言われた。
賢者の事は賢者の直系以外には知られてはいけないという王家との約束があるそうだ。
“知られてはいけない” “王家との約束”という言葉に俺は身を固くしたが、カエデ殿は話を止めなかった。シグラ様の奥様が賢者に相当する方なので、シグラ様の加護を持つ俺は下手を打つ事はしないだろうと、カエデ殿は思ったのかもしれない。
もしくは、賢者を欲する者から奥様を守るためにも、俺と情報共有しておいた方がいいと判断したか。
そして更に、とんでも無いことを教えられた。
なんと先代のニホン公爵の娘である俺の母は、賢者の事や日本語を知っている筈だと言うのだ。
母がそんな秘密を抱えているなんて、全く気付かなかった。
息子の俺が言うのも何だが、母はうっかりミスの多い方だ。そんな母が賢者の情報を完全に秘匿しているとしたら、ニホン公爵家では確かにそのての教育を徹底されていると察せた。
俺の視線の先では、カエデ殿が大学生に揉みくちゃにされながら、日本語でお喋りをして楽しそうに笑っていた。身分関係無く同年代の者と遊ぶのは初めてだと言っていたから、存分に楽しんで欲しいと思う。
……ただ、彼の従者であるマツリは日本語がわからないので、オロオロしながらカエデ殿達に付いて回っているのが少々可哀想だが。
『ルラン殿、あれは何だろう!荷車から香しい匂いが漂ってくるぞ!』
『あれは屋台のようなものでしょうね』
ジョージ殿もかなり楽しそうに駆け回っている。彼も地球で使われている英語という言語を喋れるので、賢者の関係者だろうと予測はつくが……知らないふりをしておいた方が良いだろう。此方から詮索してはいけない気がするから。
ジョージ殿が屋台の前で写真を撮っていると、伊豆キララ殿が屋台の品物を4つ買ってくれた。
1つはジョージ殿に、もう1つは俺に。そして残りの2つは伊豆キララ殿とキララ殿用だ。
【これはアメリカンドッグって名前だ】
棒に突き刺さったソーセージを甘いパンで包んでいるもののようだ。美味そうな匂いだし、味も赤いソースと黄色いソースが掛かっていて、とても美味しい。
【気に入ったなら、姉に作ってくれって頼めばいいぞ。これ、結構簡単だからすぐに作ってくれるはずだ】
【ははは。奥様に頼めばシグラ様が良い顔をなさらないと思いますから、遠慮しておきます】
【あー……シグラなあ】
キララ殿がぱくりとアメリカンドッグを頬張る。
【そう言えば、キララ殿は転移の魔石で元の世界に帰られるんでしたね】
【……うん】
じとっとした目つきになる。彼女は好奇心が強いので、まだ帰りたくないのかもしれない。
【でも、仕方ないかなって思う。流石に私も20歳の小学四年生は遠慮したいしな。それに……】
【それに?】
キララ殿はにやりと笑った。
【何でもない。私もそろそろホームシックになっていたところだ、喜んで家に帰るぞ】
絶対に嘘だ。悪戯を思いついたような顔をしている。
まあ、子供が思いつく事だからそこまで大事ではないだろうが。
ふと目の端に赤色が映り込んだ。
そちらに目を向ければ、ふわふわとした赤や黄色の色とりどりのボールが空を飛んでいくのが見えた。
あれは確か風船という名前だったか。フィルマ王国にも似たような物があるが、あれは魔法でボールを浮かばせる。魔法がないこの世界で、どうしてあのボールは浮かんでいるのだろう?
水の中で浮く浮輪と同じなのか、それとも別の要因なのか。
テレビや車もそうだが、“どうして”が多い世界だと思う。
『不思議な世界だ。ここが賢者の世界なんだな』
ジョージ殿がぽつりとそんな事を呟いた。
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生活雑貨やノートパソコンなどのガジェット系を買い漁った後、私達はアウトドア用品の売り場にやって来た。
頑丈な登山用リュックサックの棚を見ていると、コウが不思議そうな顔で私の隣に並ぶ。
「登山用品を買うんスか?」
「基本的にバスコンから離れるつもりはないけど、もしも人間の足で動かないといけない事になった時の為の、持ち出し袋って感じかな」
「ああ、サバイバルキットとかファーストエイドキットをいれておくんスね」
フィルマ王国では魔法があるので、ホイッスルや救急セットなどはあまり重要視されていなさそうだが、魔法が使えない私にはいざと言う時に必要だと思う。
「それに、あっちで買い出しに行く時に、リュックが欲しいと思ってたんだよね」
荷物を入れる袋は欲しいが、いざと言う時の為に両手は開けておいたほうがいい。常々キララのリュックサックを羨ましく思っていたのだ。
「先輩が使うなら、あまり重い物じゃない方が良いんじゃないスか?」
「丈夫なやつが欲しいし、登山用は荷物の重みを分散するように設計されてるから大丈夫だと思うよ。アウロさん、この中でフィルマ王国で目立たないデザインの物はありますか?」
奇抜なデザインだと悪目立ちしてしまうだろう。無用なトラブルは避けたいので、現地に溶け込むデザインにしなくてはいけない。
アウロは「そうですねえ」と顎に指を置きながら、品物棚を物色していく。
それを横目にコウは白地に赤十字マークが付いたリュックサックを指さした。
「これ、医療用具詰め込んでテランさんに持たせたら似合いそうっスよね」
「あー……、白衣の天使的な。いやいや、テランさんは男性だからね」
現在荷物持ちに徹しているテランは、文句も言わずににこにこ笑って私達の後ろに付いてきてくれている。
時折すれ違う男性から熱い視線がテランに向く事があるが、あれはきっと綺麗な女性だと勘違いされているのだと思う。
「正直この人、聖騎士というよりも聖女の方がしっくりくるからさあ」
「コンプレックスとかあったら可哀想だから、あまりそう言う事は言っちゃダメだよ。男性だからね、コウ君。彼は男性なの。聖女じゃなくて聖人……いや、それは違う意味になるかな」
「念押しする先輩も結構酷いっスよ……あ、先輩先輩」
何かを思い出したかのようにコウに呼ばれ、「どうしたの?」と顔を向ける。
するとコウは壁に貼られた、とあるポスターを見ていた。
「登山家のポスター?」
「その人、トランシーバー持ってるでしょ」
「トランシーバー?」
山頂のような場所で登山者がトランシーバーを使っているシーンのポスターだ。
「登山者さんの避難信号を受信するために山荘は無線機を常備してますけど、トランシーバーってフィルマ王国で携帯電話代わりにできません?」
―――……確かに!
念話の魔道具はあるが、あれはあくまで対を持っている者同士でのみの意思疎通なので、複数の相手と連絡を取り合うのは適さない。
「先輩、トランシーバー使った事あります?」
「ふふふ、コウ君は私の前職を知らないかな?バスの運転手もしていたから、無線技士の免許すら持ってるくらいよ。……車と馬車に常備するのと、買い出し用に持ち出す物が数台欲しいかも」
「そう言えばそうですよね。バスガイドのイメージが強かったわ。5台くらいっスかね。予備とかはどうします?」
「きちんと運用できるかわからないから、予備まではいらないかなあ」
私とコウがこそこそと話していると、アウロが声を掛けて来た。リュックサックの柄の件だ。
「こういう柄は近くで見ればごちゃごちゃしていますが、案外目立たないと思いますよ」
そう言って彼が指さしたのは迷彩柄だった。流石カモフラージュに適したデザインだ。
「じゃあ、これを買おうかな。人数分いるかな?」
「そんなにはいらないと思いますよ。3つくらいあれば事足りるでしょ」
「そうだよね、そうするよ」
リュックサックとサバイバルキットとファーストエイドキットをそれぞれ3つずつ、そしてトランシーバーを5台購入。トランシーバーは登録不要の近距離間のものだが、主に街中で使用する予定なので、こんなものだろう。




