受難:(前半:ブネ視点)
「お茶請けはクッキーで良いよね?」
ウララはそう言いながらシグラ達が使っていたテーブルにバスケットを置き、まずはレースのテーブルクロスを広げた。そしてバスケットの中からクッキーを入れた籠とポットと茶器を取り出した。
このクッキーは彼女が私の為に今朝早く焼いてくれたものだ。
『甘味か?』
一頭の狼が鼻を動かしながら私達の元へ寄ってくる。
こいつは確かナベリウスという名だった筈だ。
「この子はシグラさんの所の子だよね?ええっと……チョコレート入ってないから、食べさせても大丈夫かな」
ウララがちらちらとクッキーとナベリウスを交互に見ていたので“大丈夫だ”と伝えた。
「それはナベリウスと言って、普通の狼じゃないんだ。チョコレートやタマネギを食わせたところで死なない」
「そうなの?ふふ、おいでー」
彼女はナベリウスに数枚のクッキーを差し出した。ナベリウスは特に警戒することも無くひょいとクッキーを咥えると、私達の足元で伏せをして食べだした。
その様子を見たウララは更に笑みを深くして、ナベリウスの頭に手を伸ばした。
ウララは犬や猫などの小動物が好きだ。しかしドラゴンがいる家は地球の小動物にとってストレスフルらしく、仔犬や仔猫を貰ってきてもすぐに体調を崩してしまう。その為我が家ではペットが飼えないのだ。
「ブネさん、この子おとなしくて可愛いね」
嬉しそうにナベリウスの頭を撫でるウララこそ、とても可愛い。
私達の世界のナベリウスは既にこの世にはいない。
私がまだキャリオーザと番だった時にキャリオーザを殺しに来たので、私が返り討ちにしたからだ。
ナベリウスはキャリオーザという女が憎かったわけではなく、“私の番”が気に食わない様子だった。だからきっとこのナベリウスもシグラの番を襲撃した筈だ。
シグラの番を襲撃して、よく生きているなと思う。
生きている者と言えば、弟のブニが生きているのには驚いた。シグラがキャリオーザに求愛していないので、運命が変わったか。
シグラの手によって虫の息ではあるが、頑張って生きて欲しいと思う。
まあ、ライ達を襲った青竜がブニだと聞いた時には、殺意を覚えたが。……出来れば私の前に姿を現わさないで欲しいモノだ。
こうしてみると、シグラは私よりも穏やかな性格をしている気がする。私と同じ個体の筈だが、番がウララだからだろうか?
私もウララと番になれば、穏やかになるのだろうか。
「キャンピングカー良いよね。ウララちゃんにはコウ君やリュカちゃんが欲しがるって言っちゃったけど、実は私が一番欲しがってたりして」
私が思いに耽っている間に、ウララは紅茶を飲みながらキラキラした目でキャンピングカーを見ていた。
シグラの番がキャンピングカーと馬車は好きに使って良いと言ってくれたので、ウララのテンションが今朝から上がりっぱなしだ。
「ウララちゃんをお風呂に入れた時に少し見させてもらったけど、後でじっくりと見せてもらおっと」
バスコンだから収納凄そうだし、キッチンも広かったしー……と楽しそうだ。
「欲しいなら買うか?」
「ええ!?そんな手軽に買える程安い物じゃないよ」
「ブネルラが贈ってきた金貨や金塊が溜まってるだろう」
子供達の為に贈られてきた金貨はすぐに換金して子供達へのプレゼントに変わるが、それ以外の物は殆ど手を付けていない。
「山荘のお仕事だけで家族で食べていけるくらいの収入はあるからね。あ、でも山荘の補修の時は少しだけ金貨を使わせてもらったけど」
ウララが再度キャンピングカーの方を見る。
「子供達が独り立ちしたら夫婦で旅行したいね、ブネさん」
「かなり遠い未来だな」
子供は見た目だけならすぐに大きくなるが、ドラゴンとしてきちんと力を付けて独り立ちするには500年はかかる。
「それにライ達が独り立ちしても、手元に新たな幼い子供達がいそうだ」
そう言うと、ウララは嬉しそうににっこりと笑った。ああ……やはり私のウララはとても可愛い。
……ん?
「ライ達が来たぞ、ウララ」
「え?」
この気配はライとレンとリュカだ。結界を張り替え、子供達を中に入れてやる。
やがて3人は木々の間から姿を現し、私とウララを見つけたリュカが元気よく走り寄って来た。
「ママー、抱っこー!」
「あらあら。ごめんねリュカちゃん、ママはお腹が大きいからパパにしてもらって?」
「うん!パパ、抱っこしてー」
リュカは右手で人形を抱いていたので、左手だけを私の方に向けた。
尻に手を回してひょいと持ち上げれば、きゃっきゃと楽しそうな声を出してくれた。
ウララは別格だが、リュカもとても可愛い。軽くて柔らかくて暖かい、私の娘だ。
本当に無事でよかったし、誘拐犯は出来るだけ苦しみを味わわせてから消してやるつもりだ。
「ライ君、何かあった?」
「何もないよ。ただ……その、聞いて欲しい事があって」
ペタペタと私の顔を触るリュカをあやしていると、ライの少し緊張したような声が聞こえてきた。昨夜何か言いたそうだった顔を思い出す。まだ話を聞けていないが、今話してくれるのだろうか?
「どうしたの?」
ウララに促されると、ライは少し逡巡してから「あの、」と口を開いた。
■■■
私、シグラ、アウロ、ロナ、ククルア、ルラン、ナベリウス、テラン。物資はこの8人分を購入する予定でいる。
キララはすぐに日本に送って行く予定だし、カエデはシグラの加護を得たと言ってもシマネの代表者のため、旅には同行しないのでその従者のマツリと共に除外。ジョージもフィルマ王国に戻れば別行動なので、数には入れていない。
アガレスが遊びに来ると言っていたので、お客様用の布団も用意するか悩んだが、そもそもいつ来るか分からないので今回は見送ることにした。
「結構買ったよねー」
マットレスを抱えているコウが楽しそうに笑う。
マットレス、羽毛布団を8枚、電気毛布を8枚。そしてコウに押し切られる形で炬燵と炬燵布団を二組購入した後、私達は荷物を置くために一旦車へ戻っていた。
「どれくらいお金使ったの?」
「うーん……大体60万くらいかな」
「凄え」
羽毛布団は5万円程の物を、電気毛布は5千円の物を選んだ。炬燵は布団も併せて一組2万だったので、これで合計58万円。シーツや敷パッドなど細々な物も買ったので、おおよそ60万円くらいだろう。
少々震えがくる値段の買い物だが、人数が多いと値段もかさむよねと自分に言い聞かせている。
車に荷物を置いた後、次にやって来たのは衣料品売り場。
「一旦解散で」
「どうして?」
不思議そうにするコウに、私は用事がある方を指さす。すると、彼はすぐに「あー……」という顔をした。
私が指さしたのは、下着姿の女性のマネキンだった。
フィルマ王国にも勿論下着は売っているが、かなり質が悪いので、日本で買い溜めしておきたいのだ。
「ロナちゃんとナベリウスさんのものは私の方で選ぶから、アウロさん達は各自でお願い。半年分だからそれなりの数でね。あ、わからない事があったらいけないから、コウ君見てあげて」
「はいはい。……んで?」
「ん?」
今度はコウが何かを指さした。指されたのは私の背後で……。
「シグラさんは先輩に付いて行く気満々みたいだけど?」
ちらりと後ろを見上げると、シグラが首を傾げて私を見下ろしていた。
「シグラ、此処は女性物しかないから、アウロさん達の所に行っておいで?」
「うららのそばから、はなれたくない」
「えー……と」
困ってコウやアウロに目を向けると、アウロは「シグラさんの物も此方で選んでおきますから」と爽やかな笑顔で片手を上げた。
いやいや、そうじゃない。
「下着選びを見られるなんて、どんな羞恥プレイですか。アウロさん、シグラも連れて行って下さい!」
「ははは」
私の願い空しく、アウロはテランを連れて男性物が置いてあるエリアへ行ってしまう。確かにシグラを私から離すのは大変だろうけど、少しは頑張ってほしかった。
いつかの温泉の時は男湯に行ってくれたのに……そりゃあ、売り場は別に男子禁制ではないけど。
―――シグラは人間の女性の身体に興味がないんだから、気にしないようにしよう
そう思いつつ、まずはロナの分の下着を買う。サイズはキララと同じで良いだろう。
女児物のシャツとショーツを8枚ずつ買い物かごに入れ、次は気が重いが私とナベリウスの物を見に行く。
やはりというか、かなり女性の視線が集まっているのを感じる。彼女らも男性がいると下着を選び辛いだろうから、早めに出ないと。
そして可愛いレースのブラに目を向けて、ふと気づいた。
「あ……、ナベリウスさんのサイズわかんない」
ショーツは私と同じサイズで良いだろうが、ブラはそうもいかない。ええ……どうしよう。
「スポーツブラで良いかなあ?」
それとも
「ヌーブラ?」
暫く考えた後、結局スポーツブラにした。長居するつもりは無かったのに、ついつい悩んでしまったわ……。
私の分はお値段とサイズだけを見て、さっさと買い物かごに入れた。可愛いのが欲しい気持ちはあるが、シグラの前で選べるほど鋼鉄の心臓は持っていない。大丈夫大丈夫、有名な下着メーカーのものだし、いい感じのデザインだと信じているよ!
「それと……」
きょろきょろと売り場を見回す。布ナプキンが欲しいのだが、使ったことが無いので、どういう所に置いてあるかわからない。
「て……店員さんに訊くか……」
シグラを後ろにくっつけながら売り場を彷徨って店員を探したが、いただけた答えは
「申し訳ありません、この売り場では取り扱っておりません」
だった。無駄に心のHPが削れた気分だ。
ああでも、ショッピングセンター内にある薬局にあるのではと教えて貰えたので“無駄”ではなかったかな。忘れないように寄らないと。
後は靴下を選ぼうと下着売り場の端に行けば、コウ達と会った。
「先輩、満身創痍っスね」
「笑い事じゃないよ……アウロさんも速攻で諦めないで下さいよー……」
「はは、すみません」
下着売り場のお会計は10万弱だった。もっとするかと思ったが、男性陣はセール品を重点的に選んだらしい。「履ければどうでも良いっしょ」という精神だそうだ。
私もセールは好きだけど……
ピラ〜んとトランクスを広げる。
「ハート柄の下着……」
誰が穿くの、これ。
誤字報告ありがとうございます!
本当、助かりますー!




