それぞれの事情:(後半:ライ視点)
色々と聞かされたが、取り敢えずやらなければならない事がある。
「あの、私この世界の“私”とブネさんに挨拶をしてきます。キララも向こうのお家に居るから、連れてこなきゃいけないし」
ライ達にも私が眠っている間に大変な目に遭わせてしまったようなので、謝らないといけない。そう思ったのだが……
「だめ。いかないで、うらら」
「え?」
シグラにがっちりと腕を掴まれる。
思ってもみなかった彼の行動に「どうしたの?」と首を傾げた。
「あ、もしかして未来の自分に会うのはタブーだとか、そう言う感じ?タイムパラドックスみたいな」
「たいむ……なんとかは、よくわからないけど、しぐら、いまはここから、はなれられないの」
「え?」
理由を聞けば、時空の穴が閉じないように結界を穴に差し込んでいるからだと言われた。時空の穴は吸い込む力が強く、シグラによる抵抗力(重し?)がなくなれば結界は瞬時に吸い込まれてしまうらしい。どうして彼が翼を出しているのか不思議だったけど、抵抗する為に少しだけドラゴンの力を解放していたようだ。
「だったら仕方ないね」
私はシグラと一緒にというのが大前提である。特に今は絶対に離れたくはないし。
それよりも……
顔色を見ようとシグラの顔を覗き込む。一見したところ、悪くはないみたいだ。
「抵抗力ってことは、ずっと力を使っている状態なの?疲れてない?」
「だいじょうぶだよ。しぐらは、ここにいるだけで、それいがいで、とくべつなことは、してないから」
「本当に?」
彼の胸元に手を当ててみると平常時の鼓動なので、その言葉に嘘は無いのだろう。シグラの言葉を疑いたくはないが、彼は偶に頑張りすぎるから、きちんと把握しておかないと。
「あ、うらら。れんとりゅかが、きたよ」
シグラが指さした方を向くと、不織布の大きなトートバッグを持ったレンがリュカと手を繋いで此方に歩いてきていた。
リュカが「ママー」と元気よく手を振ってくれる。
レンは半袖のパーカーと半ズボン、リュカは向日葵をモチーフにしたワンピースを着ていて、彼らの世界に戻ってきたことを実感できた。
「お姉ちゃん、これ」
レンがトートバッグを差し出してきた。
「これは?」
「お肉だよ。お母さんが差し入れにって」
バッグの中を見ればアメリカのバーベキュー動画でよく見るような大きな肉の塊がゴロゴロ入っていた。おまけに大きなソーセージまである。スーパーで買えばかなりお高いだろう。
「こ、こんなに?何だか申し訳ないなあ……。あっ」
私が困惑した声を出した為にレンがそわそわしだしたので、慌ててにこりと笑い「ありがとう」とお礼を言った。
申し訳ないが、かと言ってレン達に付き返すのはもっと申し訳ない。
ここは素直に受け取って、後で何かお礼をするとしよう。ケーキでも焼こうかな。
「お肉、沢山あるからレン君やリュカちゃんも一緒に食べる?」
「良いの?」
「うん。あ、一応お母さんに訊いてみた方が良いかな」
訊いてくるー!と2人は元気よく走り去って行った。
さて、バーベキューの準備をしようかな。
バーベキューコンロを用意して、テーブルとイスは―――もうすでに用意されているけど、人数分には足りないので追加で用意しよう。
お米はどうしよう。
時間が少しかかるけど、一応炊こうかな。
アウロやルラン達にも手伝ってもらいながら準備をしていると、子供達が戻って来た。が、数が増えている。
「姉ー!私も食うぞ!」
「追加で具材持ってきたから俺も仲間に入れてー」
キララとコウが追加でやってきたのだ。
我が妹ながらキララが来たのは意外だった。未来の自分との遭遇よりも食い気が勝つなんて……あ、そう言えば丸一日眠っていたんだっけ。私はそうでもないけど、成長期のキララはお腹が減ったのかも。
コウが持ってきたのはトウモロコシと椎茸、そして業務用に売っている焼く前の焼き鳥50串だ。山荘だから、お客さん様に用意しているものかもしれない。
「コウ君、お客さん用の食材に手を出したらマズイよ」
「あー、平気っス。俺らも食いに行くって母さんに言ったら、持って行けって言われたんで」
「もうすでにお肉沢山戴いたのに……」
余計に気を使わせてしまったかもしれない。
「大丈夫っスよー。親戚に兄弟が増えるって報告したら、食材とか腐る程沢山送られてきたから」
「そうなの?」
親戚というのは、きっと私側の親戚なんだろうけど……
肉を腐るほど送ってくる親戚なんていたかなあ?
疑問を抱きつつもご飯が炊けた。
準備は万端。
馬車で作業をしていたロナを呼んで、バーベキュー開始だ。
■■■
「コウ君達はシグラさん達の所で夕飯食べてくるみたいだよ。ライ君も行ってきたら?」
自分の部屋でクロッキー帳を開き、適当に目に付いた消しゴムを写生していると、母さんに声を掛けられた。
泣いて部屋に閉じ籠もった僕のことを心配しているのだろう。
「今は食欲無いから、遠慮しとく。何か手伝う事あるなら、やるよ」
今日のお客さんはシグラさんが知り合った大学生のグループだけだ。キララさんもいるから、多分僕の出番は無いだろう。
「じゃあ、しっかりベッドでゴロゴロしなさい」
「ええ……」
「ちゃんと元気になるまでゴロゴロするの。良い?」
それだけ言うと、母さんは部屋の扉を締めて行ってしまった。
コウなら親公認でサボれるーって喜ぶところなんだろうなあ。
クロッキー帳を机に置くと、自分のベッドの上に仰向けに倒れた。
はあー……、と息を吐く。
頭を占めるのは、さっきアイツが聞かせてくれた話だ。
……番って何なんだろう。
アイツの話にアイツの番だったキャリオーザという女が出てきたが、その事に関しては箇条書きのような言い方だったので、感情移入があまり出来なかった。
ただただ、番要らないなあと思った。
僕は人間として育てられているから、番とは人間の夫婦と同じようなものだと思っていた。だが……今回の話を聞いてアイツとキャリオーザの仲はそういう次元のモノではなかったのでは、と思うようになった。
まあ、今回はアイツの一方的な話を聞いただけだし、それだけで判断するのは早いとは思うが。
僕とコウが泣いたのは、キャリオーザの非道についてではない。
それはキャリオーザがアイツのブレスを喰らう原因になった出来事だった。
今まで僕は番が賢者を殺せと命じたから、アイツは本能を振り切って番の方にブレスを吐いたんだと聞いていた。
しかし、本当は少し違った。
『賢者を殺せと命じられて苦しむ私を見たウララは、私の為に自害しようとしたんだ』
それを聞いた僕とコウは、母さんなら有り得ると思った。
『自分の胸を剣で刺そうとしたので、すぐに止めさせた。彼女には私の加護があるゆえ、私の強い願いは聞き入れてくれるのだが、それがこの時には役に立った』
加護……。最近よく聞く。
自害を止められた賢者は……母さんの次の行動は……
『次にウララは……元凶のキャリオーザを殺そうとしたのだ』




