合流:シグラ視点
ウララを抱きしめ、ぼーっと木々を見つめる。
防視の結界は外から中は見えないし、逆も然りだ。
しかしブネが張っているこの防視の結界は外から中は見えなかったが、中からは外の様子が見える。これなら「いきなり真っ暗になった」とウララを驚かせずに済むかもしれない。
きっと特殊なからくりがあるのだろう、是非張り方を教えてもらいたいものだ。
……いいや、考えてみれば私は主にウララに凄惨なモノを見せたくないゆえに防視の結界を張るのだから、外が見えたら駄目か。
太陽光だけを通す様な結界が丁度いいのだが、どうにかして張れないものか。
そんな取り留めもない事を考えていると、3つの気配が此方に近づいているのに気が付いた。全て知っている気配だ。
彼らを迎え入れる為に結界を張り直す。
「シグラさーん、友達連れてきましたよー」
まずコウが現れ、それからルランとジョージが顔を見せた。
『来たのか』
別にルランとジョージに用事は無いので適当に返事をすると、コウは面白そうに笑った。
「無感動過ぎる!興味ない人間を前にしたうちの父さんと同じリアクション!」
『……コウだけか。ライやレンはどうした?』
「レンはまだ起きないんスよね。ライはレンの面倒を看る為に家の方にいます。あ、リュカもね」
更に詳しく聞くと、ブネと賢者は山荘で小寺達一行の相手をしていると教えてくれた。
『小寺……』
「まあ、その辺は此方に任せておけば大丈夫っスよ。うちの山荘って結構学生の利用者が多いから、ノウハウあるし。……ただ、利用者に男がいると父さんが威嚇するから困りものなんだけど」
コウの後ろに立っているルランに目を向けた。
『小寺も来ているのか?何故?』
『はい。当初は三崎殿に送っていただく手筈だったのですが、朝になって多くの者が同行すると言い出しまして』
離脱者が増えた為に結局フィールドワークというものを取りやめ、あの宿屋で現地解散となったらしい。そして小寺は責任者として三崎一行に付いて来たと言う事だ。
『賢者の迷惑になっていないのなら良いが……』
『賢者、ですか?』
『この世界のウララの事……あー……』
うっかり口走ってしまったが、私のウララは自分が賢者であることがバレるのをとても不安に思っていた。ルランとジョージは良いが、ここにはカエデやククルアがいる。賢者の話題を出すのは止めておいた方がいいだろう。とりあえず誤魔化そう。
『私の番のウララと混同するゆえ、便宜上、物知りと言う意味で賢者と呼んでいるのだ。未来の世界のウララなのだ、過去の事は知っているだろう?』
『なるほど』
ルランが頷く。少し無理矢理な感じもするが、これで通そう。
「あ、言うの忘れてた。シグラさん!」
コウが一際大きな声を出す。
『どうした』
「俺らがドラゴンだと言うのはアウロさんやロナちゃん、あとキララちゃんには話していますが、それ以外、ククルア達には話していません。そのつもりで話をあわせて下さい。うちの父さんと母さんも出来るだけ隠しておきたいって言ってました」
コウがフィルマ語ではなく日本語で喋っているのが不思議だったが、そう言う事か。
狩りやすい子供ドラゴンの存在は他人には内緒にしておきたい情報なのだ、隠しておきたいのも尤もな話だ。
「わかった。だったら、こうたちが、ぶねたちのこども、ということも、ないしょにしないと、いけないね」
「そうっスね。母さんの親戚の子供って事にしておいてもらえます?」
「わかった。あとで、あうろたちにも、いっておくね。あ、あとね、ふぃるまの、にんげんのまえで、けんじゃのはなしは、やめてほしい。しぐらのうららが、ふぃるまのにんげんに、けんじゃだと、ばれるのを、ふあんがってたから」
ドタン、と音がした。見るとカエデが目を丸くして尻餅をついていた。
それを顔を顰めて見ていると、奴は『すみませぬ、眩暈がいたしまして』と取り繕った。
そう言えばカエデの事を訊いておかなければ。これはフィルマ語で良いだろう。
『コウ、あのカエデとその従者は何故拾ったのだ?一応治しておいたが』
『カエデ?誰それ』
『あの男だ』
指さすと、コウは「あー……」と間の抜けた声を出した。
『別に拾ったわけじゃないんスけどね。ナベリウスさんに放置するなら殺せと言われたから、咄嗟に助けただけで』
……何だ、それだけの事か。
『では、此方で好きに扱うぞ。ルラン、そこにいる男はお前と同様に私の加護を与えた。齟齬がない程度に我々の事を説明してやれ』
『わかりました』
『ただし、ウララの事は極力喋るな』
『はい』
ルランがコウを追い抜かし、カエデの元へ駆け寄った。それをコウはじっと見つめ、『あの人がルランなのか』と呟いた。
『どうした、コウ』
『あ、ううん。リュカが王子様って言ってたから』
『?』
リュカはルランと面識があっただろうか?……無い筈だが……。
『そういえば涙は手に入ったのか?』
訊いた途端にコウは大きく溜息を吐いた。
「それが聞いてくださいよー。俺らドラゴンだから人間が泣ける話では泣けないのかなって思いまして。だから同じドラゴンの父さんに泣くコツとか悲しい話を聞かせてくれって頼んだんスけど、拒否られちゃったんすよ」
『拒否?』
「母さんが父さんのせいで再起不能になりかけたっていう話があるみたいで、それを聞かせろって言ったらダメだって言われたんスよ」
それは是非私も聞かせてもらいたいものだ。
『おい、日本語で会話をするな。俺が理解できないだろうが。というかこの現地民の少年はフィルマ語を喋れるのか?』
ずいっとジョージが会話に割り込んできた。
「現地民て……。シグラさん。この人、気難しそうだけど話しやすい人?話しにくい人ならフィルマ語はあまり喋れませんで通したいんスけど」
『そいつは勇者だ』
言った瞬間、コウの目がきらりと光った。何だか既視感が……ああ、キララか。
『マジで勇者っているんスね!!聖女に会った時もテンション上がったけど、ヤベー!あ、俺コウって言うんスよ!』
興奮して矢継ぎ早にジョージへ話しかけていくコウに、ジョージはふっと笑った。
『俺はユーケー公爵家の嫡男、ジョージ・ヴィクトリア・ユーケーだ』
『え、また貴族っスか?シグラさんってロイヤルな知り合い多すぎません?』
まあ良いか、とコウは一人で勝手に納得し、ジョージに話を聞かせて欲しいとねだった。
『ワケあって悲しい話が必要なんですよ。何かありませんか?』
『悲しい……か。そう言うのは吟遊詩人の管轄だが、そうだな、俺は黒竜を討伐する旅をしている途中なんだが、立ち寄った町や村で魔獣に大事な人間を殺された民草の話をよく耳にするぞ』
『え、ああー……黒竜の討伐ー……、あはは』
コウがちらりとこちらを見てきたので、勇者はドラゴンを目の敵にする迷惑な奴らだと教えておいた。




