山荘の名物:(前半:シグラ視点、後半:未来のキララ視点)
朝食を食べ終え、少し食休みした後キララ(大)は「山荘でちょっと世話してくる」と言って、キララ(小)を背負った。
「うららのいもうと、だから、ていねいにね」
「わかってるわかってる。言われなくても私自身なんだし、手荒になんて扱わないわ」
少し心配ではあったが、山荘にはブネも賢者もいるのだから大丈夫だろう。
キララ達を見送った後、私もそろそろ行動をしようと椅子から立ち上がった。
まずは車に入り軽く私の身なりを整えると、綺麗な布とタオル、そして水を汲んだ桶を持ってすぐに外へ出る。持って降りた物を机の上に置き、食事中はアウトドアチェアに座らせていたウララを横抱きにして椅子に座り直した。
「うらら、みずだよ」
布に水を吸わせ、ウララの唇を湿らせる。ウララが水を含んだ布に吸い付くのを確認すると、更に布に水を含ませ、彼女の口の中に入れてやった。
取りあえず咽る様子はないので、このやり方で大丈夫だろう。
『ブネ殿、何をやっているのだ?』
ひょいっとナベリウスが覗き込んできた。
『水を飲ませているのだ』
『それなら、水の張った桶に顔をつけてやれば勝手に飲むだろう。そんな少量ずつなど、まどろっこしいのでは?』
『ウララを相手にそんな乱暴なマネが出来るか。それにウララの世話をまどろっこしいなどとは思わん』
『ふむ?私には面倒に思えるがな』
ナベリウスは不可解そうな顔をした後、狼の姿に戻り、地面にごろごろと自由気ままに転がりだした。
ガサツなこいつが少しの間ではあっても、私の代わりにウララの傍にいたのかと思うとゾッとする。
『まさか貴様、乱暴なやり方でウララの世話をしたなどと言わないだろうな?』
『私は何もしていない。嫁殿はその状態になってからはずっと寝室にいた。だから嫁殿に触れたのは恐らくレンとリュカくらいなものだろう』
一先ず安心した。ウララを蔑ろにされるのは許せないが、コイツのような奴に世話をされるくらいなら、何もされない方がマシだ。
時間を掛けて水を与え終えると、今度は残った水でタオルを濡らしてウララの顔、首筋、腕を拭いていく。本当は全身を拭いてやりたいが、それをすれば目を覚ました後にウララに怒られそうなので、無難な所のみだ。
私が出来る事はこれくらいだが、後で賢者かキララ(大)が来たら着替えなどの世話をしてもらえるように頼んでみよう。
少しではあるが清拭をしたので気持ちよかったのか、腕の中でウララがもぞもぞと動き、甘えるように私に擦り寄って来た。
それだけで私は十分に幸せな気持ちになれた。
それから数分後の事。
『あの、シグラさん、いますか?』
ウララを抱きしめてライや賢者達を待っていると、ククルアが馬車から降りて来た。
ククルアが出てきた入口には、ちらちらと此方を伺うカエデの従者がいた。
『此処にいるがどうした。お前は薬で眠らなかったんだな』
声を掛けてやると、ククルアはホッとしたような顔になった。そして手を前に出してフラフラと此方に歩いて来ようとしたので、カエデを呼んだ。
『そいつは目が見えないんだ、補助をしてやれ』
『承知いたしました』
カエデがククルアの補助をしようと手を出すと、またも従者が『私が!』と言い出した。面倒な奴だ。
結局二人に補助をされながらククルアは机まで来た。
『食事がある。食べるか?』
『あ、はい。ありがとうございます』
ククルアはウララが保護をしている子供だ、きちんと面倒をみてやらなければならない。
未使用の皿を取ると、大鍋の中にあるとろみのあるスープを入れてやる。
賢者達が用意した朝食はこの大鍋のスープだ。スープと言っても肉や野菜が沢山入っていて、これをキララ(大)は山荘の名物シチューだと言っていた。
スプーンと一緒に出してやると、ククルアは祈りの言葉を言った後に食べだした。
食事の合間にククルアに私が居なくなった後の事を訊いてみた。
少し驚いたのだが、ククルアは強大な負の感情に襲われて気を失っていただけだったらしい。薬で眠らなかったのは意外だった。……特に気にしていなかったが、もしかしたらコイツも普通の人間ではないのだろうか?
まあ、今はそれは置いておこう。
ククルアも倒れていたせいかあやふやな事も多いようだが、それでもナベリウスの説明よりはよっぽどかましな答えが返って来た。
それに私が居なかった間に向こうの世界では3~4日経っていたというのが分かった。此方の世界では飛ばされてから半日も経っていなかったので、おおよそだが此方の1日は向こうの7~10日相当なのかもしれない。
―――そんなにも長い間、ウララを守れなかったのか……
腕の中で眠るウララをつぶさない程度にぎゅっと抱きしめる。
人間に襲撃されたものの、死に直結するような病気や怪我がなかった事だけは幸いだった。
あちらの世界に戻ったら、真っ先にアミーと彼女を怖がらせた人間を消し飛ばすとしよう。
『では、馬車で伸びている正体不明の気配は聖騎士なのか』
『はい。テラン殿と仰る方で、ゴーアン殿……ルラン殿の弟君です』
『そうか』
私の知らない気配があるので気になっていたが、ルランの弟だったようだ。とは言え信用するのは早計か。
だが私の悪意を弾く結界も反応をしないし、更に悪意を持っていればククルアが感知する筈なので、それも無いと言う事はカエデ同様取りあえず放置で良いだろう。
視線を感じ顔を上げると、大鍋を凝視するカエデとその従者が居た。
『……腹が減ったなら食うがいい』
基本放置の予定だがコイツ等もライ達の拾い物だ、死なさないように気を付けておこう。
ああ、アウロや聖騎士達にも水を飲ませた方が良いだろうか?
……水の張った桶に顔をつけてやれば勝手に飲むんだったか?
■■■
「あれ?キララちゃんの事連れて来たの?」
「うん。風呂に入れてやろうと思って」
森から出てガレージに行くと、姉がドラゴン姿のレンの傍に座っていた。
「……我が甥ながら、子供のくせにゴツイな」
「ドラゴンなんだから当たり前でしょ」
姉はそう言いながらレンのコメカミの辺りを撫でている。
「みんな、無事に帰ってきてくれて本当に良かった」
「そうだな」
背負っていた“私”がずり落ちてきたので、背負い直す。
「母屋の風呂、使わせてもらって良いか?」
「あ、今はブネさんが入ってるから駄目。今は誰もお客さんいないから、山荘の客室のお風呂使ってくれる?露天風呂にはお湯入れてないから、個室の方ね」
「わかった」
「私もウララちゃんの世話をやりに行った方がいいかなあ?でもレン君を一人でここに置いておくのも可哀想だし……」
姉は過去の自分のことを“ウララちゃん”と呼ぶことに決めたのかと思いつつ、迷っている姉に「あっちのお姉ちゃんの事は全部シグラがするんじゃないか?」と言ってみた。
だって夜の間はずっと抱きしめていたし、朝食時に漸く離したかと思ったら、ガッチガチに結界を張っていた。あれは誰にも触られたくないという意思表示のように思えた。
「確かに傍からは離れたくないんだろうけど、でもまだ2人は結婚してないみたいだし、シグラさんもウララちゃんに遠慮があると思うんだよね」
「そうかあ?」
「そうだよ。私が言うんだから、間違いないよ」
そう言われてしまえば何とも言えない。
「まあ、ライ達が起きたんだから、すぐにレンも起きるだろ。レンが起きた後に向こうの世話に行ってやっても遅くはないと思うぞ」
「ん、そうだね」
姉が納得したところで「じゃあ、」と話を打ち切る。
「私は“私”の世話をさせてもらうわ」
「はいはい。ちゃんとしてあげなさいね」
ガレージから母屋には上がらずに、外を通って山荘の玄関へと行く。その途中、廊下の窓からブネがライやコウとじゃれ合っているのが見えた。
ライはブネ限定で反抗期気味だけど、何だかんだで仲良いよなあ。
そう言えば今は何時だろう?朝早くにシグラの仲間が来るって言ってたけど。




