情緒:ライ視点
「駄目だ……泣けない……」
カシャン、とDVDケースがダイネットの床に落ちた。
あれから約4時間。もう外は暗い。
コウは隣でテーブルに突っ伏し、レンは対面のシート2席を使って横になってすやすやと眠っている。
3本の感動系の映画を観たが、さっぱりと涙が出てこなかった。
此処まであからさまに泣かせに来ている映画を観ても、ピクリとも感動しないとは、自分のことながら情緒が心配になってくる。
「やっぱり僕がドラゴンだからかな……」
いやいや、ドラゴンにだって感情はある!
今すぐ学校の友達に“全米が泣いた映画なのに泣けないんだけど”というメッセージを送りたい。そして“ああ、それなら俺も泣けなかったよー”とか“まじかよー。まあ、人によるでしょ”とかいうフォローの言葉が欲しい気分だった。
腹がぐー……っと鳴る。
「腹減った……」
そろそろ夕飯の時間だ。
「そう言えばリュカはどうしたんだろう」
テランさんに引っ付いて離れなくて、テランさんもそれで構わないと言ってくれたから放っておいたけど……。
此方も必死で涙を流そうと頑張っていたとはいえ、流石に4時間もリュカの面倒をみさせていたのは、申し訳なかった。
コウとレンを起こさないようにそっとバスコンから降りると、アウロさんと人間に擬態したナベリウスさんが“かまど”で鍋料理をしていた。かまどは多分アウロさんの土魔法で作った即席のものだろう。
少し見渡したが、外にはリュカとククルアさんとテランさんの姿は無い。
「あ、ライさん。泣けましたか?」
エントランスドアの閉まる音で気付いたのだろう、アウロさんはパッと此方に顔を上げた。
「いいえ、すみません。どうやったら泣けるんですかね?」
「はは。辛かった記憶を思い出してみたらどうですか?」
辛い思い出か……。
真っ先に思い出すのは青竜の事だけど、あれは怖い思い出だから、涙よりも胃が痛くなるなあ。
「あの、そう言えばリュカは何処に行きました?」
「リュカさんなら、馬車で寝ていますよ。テランさんの服をしっかりと握っていたので、テランさんも一緒に馬車にいます」
菓子折りを持って謝らなければならないレベルだったらしい。
「テランさんに謝ってきます」
「いやいや、テランさんの話し相手にとククルアさんも一緒なので、暇はしていないでしょう」
ちょっとだけホッとした。
「それにテランさんは子供に懐かれるのは嬉しいようでしたよ。聖騎士は嫌われがちですからね」
「そうなんですか?」
聖騎士と言えば、憧れの対象というイメージがある。
その事をアウロさんに言えば、彼は笑った。
「そう言えばキララさんも聖騎士に興味津々でしたっけ。地球ではそうなんですね」
「まあ、ゲームや物語の影響だと思いますが」
「この世界では聖騎士は傲慢でプライドが高い者が多いので、嫌われがちなんですよ。逆に勇者は人気ですけどね」
聖騎士に勇者……。
「そう言えば、お昼にテランさんに精霊付きとか勇者とか言われたんですが、あれは何だったんですか?」
テランさんに訊きたくても訊けなかった事をアウロさんに質問する。僕らの事情を全て知っているアウロさんになら、何を訊ねても大丈夫だろう。
「もしかして、テランさんの前で魔法を使いました?」
「ええ、まあ。結界に関してですが」
「魔道具無しで魔法が使えるのは精霊に加護された精霊付きと、自分の身体の中に魔法の核がある者だけなんですよ。人間社会では精霊付きの場合は聖騎士、魔法の核がある場合は勇者と言われます」
「精霊付きの魔法と魔法の核の魔法って違いはあるんですか?」
「……ライさんは精霊魔法や自立魔法の事は分かりますか?」
僕は首を横に振った。雷と土魔法、そして結界を張る事は生まれつき出来るが、魔法の勉強なんてした事がないので、詳しい事は何も知らない。
アウロさんは僕が魔法について詳しくないと知ると、精霊魔法と自立魔法について説明してくれた。
僕の場合は身体の中に魔法の核があるので、一応勇者と言う事になるのだろうか?
……いいや、ドラゴンだから違うか。ドラゴンは魔獣扱いなのかな?
人として生きている身としては“獣”扱いは何か嫌だな。
「精霊に加護を受ければ魔法が使えるんですか?例えば名のある精霊であるナベリウスさんの加護とかでも?」
「ああ、精霊魔法の精霊と名のある精霊は全くの別物なんですよ。精霊魔法を使う時に力を貸してくれる精霊は自然の一部のようなものです。なので、ナベリウスさんの加護を貰っても、魔法は使えません。」
ただし、名のある精霊の郷に生まれたエルフは、その郷の名のある精霊の加護を貰う事で、特殊な能力を使えるようになると補足してくれた。
「私は名のある精霊のロノウェ様の加護があるので、どんな言語でも話す事が出来るんです」
「それ、便利な能力ですよね」
「ライさんのお父上であるブネさんも名のある精霊と呼ばれているのはご存知ですか?」
「詳しくは知りません。ブネルラにある教会の事は知っていますが、あれってもしかして……」
「ええ。私はブネルラには行った事はありませんが、おそらく精霊ブネの教会だと思いますよ」
ブネルラに住んでいた頃は深く考えなかった。でも確かに、あそこにいた人達は皆僕達に親切で優しかった。そうか、あれは僕達が彼らの崇拝するブネの家族だったからか。
しかし自分の父親が精霊だと言われてもピンとはこない。まあ、規格外に強い存在だとは思うけど。
「精霊ブネは魂を視て対話することのできる能力を持っているんですよ」
「魂?」
そう言えば、先輩が聖女の加護を与えられそうになった時、シグラさんは魂の動きが見えているような物言いをしていた。あれはその能力の一端だったのだろう。
「そしてエルフが精霊ブネから授けられる能力は“死者の魂を視て対話する”力です」
「死者の魂……」
かまどの火が弱まってきたので、アウロさんは足元にあった木の枝を放り込んだ。
「ライさんは、ブネさんが泣く姿が想像つかないと言っていましたが、多くの死者の魂と対話することで、きっと誰よりも辛く悲しい思いをして泣いてきた筈ですよ」
「……へ?今その話をするんですか?」
アウロさんは笑った。
「私も父親なので、子供に反発されるブネさんが不憫に思いまして」
「は、反発じゃないです!軽蔑してるだけです!」
番がいたのに、賢者に恋をして番にブレスを吐いたのだ。風上にも置けない奴なのだ。
アウロさんは優しく笑う。……子供だなあと思われているんだろうな。
悔しいが、反論すれば余計に子供扱いされそうで、黙る事しか出来なかった。
番……。
そう言えば、初めて父さんの番の話を聞いた時に感じたのは、軽蔑の気持ちじゃなかったな。
ドラゴンにとって番の雌が一番大切な存在だから、父さんには僕の母さんよりも大切な存在がいるんだと思って、辛かったんだった。




