ナベリウスの計略:ライ視点
『どうしたんですか?』
『雑魚だが、多くの人間とエルフの気配が此方に近づいてきている』
『え……っ』
言われてすぐに周りに注意を向けていると、コウが慌ただしく車に駆け込んできた。
「ヤバい!アウロさんもロナちゃんも全然起きない。……けど」
「どうした?」
『あの、どうかされたんですか?』
コウの後ろからククルアさんが顔を出した。
意外過ぎて、思わず二度見してしまった。
『え……っと、ククルアさん?あの、眠くないんですか?』
『はい。特には』
失礼かもしれないが“何で?”という言葉で頭がいっぱいになる。
いや、今はそれどころではないか。
『え……っと、取り敢えずドアを閉めろコウ。カーテンも閉めた方が良い』
『何で?』
『多くの気配が此方に近寄ってきているんだ。危険な人間かどうかはわからないが、念のためにな』
僕達は手分けしてカーテンを閉めていく。フロントガラスはどうしようかと思ったが、運転席とダイネットを区切るカーテンがあったので、それを閉めた。
僕とコウはカーテンの隙間から外を覗く。小さな草が所々生えた駐車場にはまだ人影は無い。
『誰が来ると思う?』
『恐らく自警団の連中だろうな』
『やっぱりそうだよな。ウララ先輩とアウロさんが動けないから、交渉事は避けたいところだな』
『そうだな。でも、ナベリウスさんが言うにはエルフもいるらしいから、荒事になる予感がする』
―――それにしても異常事態発生に対して自警団の来るタイミングが良すぎる。もしかしたら、先輩達の事は奴らの仕業か?
自警団の人間が姿を現すまでの間に、この異常事態について少し考えておいた方が良いかもしれない。
まず、先輩達は何かしらの状態異常にかかっているのは間違いないだろう。
原因はナベリウスさんが感知している“臭い”の可能性が高い。後は昼食に眠りを誘発する具材が混じっていた可能性もあるか。では2つの可能性があることを覚えておこう。
そしてアウロさんやロナさんが眠りから覚めないのなら、妖精香とは違ってこれは魔法が使えようが関係ない現象だ。
また、この世界で生まれたエルフのアウロさんも地球で生まれた人間の先輩も、等しく状態異常が効いているので、生まれは関係ないし、特定の種族を狙ったものでもなさそうだ。
逆に僕とコウとレンは何とも無いし、僕達の声できちんと目を覚ましたリュカも大丈夫だと思う。つまり、ドラゴンには効かない“何か”だ。
ナベリウスさんは名のある精霊なので、状態異常には強いのかもしれない。後で確認してみよう。
それにしても、ククルアさんはどういう事だ?彼はナベリウスさんのように特別強い力を持っている様子はないのに、何故状態異常が効いていないのだろう。ククルアさんにも心当たりがあるか訊いてみないといけないな。
そんな事を考えていたら、不意にエントランスドアが開いた。
「へ?」
「ちょっ!」
ナベリウスさんが人間の姿になり、開けたのだ。
『この臭いが嫁殿を苦しめているのかもしれない。臭いの元を絶ってくるので檻の結界を解いてくれ』
『こらこらこら!!人間の身体なのに裸で外に出ないで下さい!!』
『きゃあああ!ウララ先輩助けてー!この人止めてーー!俺には刺激が強すぎるーー!』
『コウ!叫んでないで、止めろ!』
顔を真っ赤にして叫んでいるコウを押しのけ、僕はバンクベッドのシーツを引っ手繰って、ナベリウスさんの身体に巻いた。
『敵が入って来る可能性があるので、結界は解けません!』
『一瞬解いて、すぐにまた構築すれば良いだろう?』
『シグラさんじゃあるまいし、俺もライもそんな真似出来ませんって!』
我に返ったコウがエントランスドアから顔を出してツッコミを入れると、ナベリウスさんが『そうなのか?』ときょとんとした。
『シグラさんを標準に考えないで下さい。僕とコウは檻の結界を張るのに、結構時間が掛かるんですよ』
『むう。……しかし、確かにシグラ殿は比類なき方だ』
僕らに諭されたナベリウスさんは唇を尖らせ、結界の壁をぷにぷにとつつきだした。
『壊さないで下さいよ』
虹色の十手だと1日は耐えられるだろうが、ナベリウスさんのパンチ1、2発で僕らの結界は壊れる予感がする。
『そう言えばナベリウスさんは結界とか張れねえんスか?』
『私は結界の類は張れない。防御する前に敵を倒す』
脳筋だ……
結界をうっかり壊されたら大変なので、コウと二人がかりで彼女を無理やり車の中に連れ戻した。
『お願いですから、今はじっとしていて下さい。結界が消えたら先輩達の身も危なくなりますから』
『結界か……。ううむ、確かに私は結界は張れないが、結界を張らせない為の対策というものがあってな、それを応用すれば結界に似た効果は生み出せそうだぞ』
結界を張らせない?
僕とコウが同じタイミングで首を傾げると、ナベリウスさんは『ブネ殿……結界を張る種族対策に私が編みだした技なのだがな』と教えてくれた。
『結界は構築前であれば少しの攻撃でも壊せるだろう?だから、自分の周りに小さな炎を多く拡散させておくのだ。その炎に当たれば、結界は構築されずに霧散する。それが結界対策だ。それで私が考えたのは、それと同じように小さな炎をこの車の周辺に浮かべておけば、雑魚敵を寄らせない結界になるのではないか、という物だ』
コウと顔を見合わせた。
一度戦った事があるから分かるが、ナベリウスさんはとても強い。
『まあ、この結界対策は、実際にシグラ殿と戦った時に、炎ごと結界に閉じ込められてしまったから、まだまだ改良の余地はあるがな』
強い者は戦略を練る事が自然とできるから強いのか……。それに魔法で小さな炎を拡散させるには、精密なコントロールが必要になる筈だ。脳筋だと侮った自分が恥ずかしい。
コウと2人で感心していると、徐にナベリウスさんは自身の髪の毛をぶちぶちと毟りだした。
『って、何してるんですか!』
『小さな炎を拡散するのは神経を使うから頭が痛くなるのだ。だから、自分の抜け毛を散らしてそれに炎を灯すのが一番簡単だぞ。狼の姿なら、その場でぐるんぐるんと回転するだけで抜け毛や土埃が舞うから楽だ』
やっぱり脳筋だ!
『今はまだそこまで身を削らなくて良いですから!』
『自分の毛を毟るとか、鶴の恩返しかよ!』
ぎゃんぎゃんと言っていると、僕とコウの口をナベリウスさんの両手のひらに塞がれた。
『そろそろ気配の正体が来るぞ』
「「!」」
目を見開いて、そろりと後ろを振り返った。
『……何だ、結界が解けていないではないか』
カンベの声だ。
『眠っても一度張った結界は解けないので、壊さなければなりません。人数を集めて来たので、全員で結界を壊せばそう時間は掛かりますまい』
『結界の術者が眠っているのであれば、新たな結界も張られませんので、壊してしまえばこちらのモノです』
足音がいくつもする。
『此処に来たがっていたカエデ様には無理を言って屋敷にお待ちいただいているのだ。それに宿屋に迷惑を掛けてはならないというお達しもあるゆえ、早急に結界を壊し、末裔様をお連れするぞ』
カンベのその声の後、四方八方から結界が叩かれ始めた。数十人はいる。
『人海戦術できたな。流石に数が多いぞ、ライ。これだとすぐに結界を壊される。新規の結界の準備をした方が良い』
『そうだな、……ッ!?』
結界に一際大きな打撃が来た。
コウと共にカーテンを少しはぐり、外を見る。
そこには、虹色に光る大槌を振るう力士のような男がいた。
ガン、ガン、と大槌を何度も振り下ろされる度に、結界にヒビがいくのを感じる。
『ヤバいぞ、ライ!』
『くそっ、新規の檻の結界が間に合わない!』
焦っていると、『お前達は……』というナベリウスさんの不思議そうな声が聞こえてきた。
『魔法と物理反射の結界は張れないのか?あれは、檻の結界よりも手軽だろう?』
『『え?』』
どんな攻撃がきても良いように檻の結界で守っていたが、確かに言われてみれば、魔法反射と物理反射で何とかなりそうな予感がする。
『虹色に輝く武器の得体は知れないが、要は魔法を封じ込めた棒だと考えればいいだろう』
『……そうですね』
やはりナベリウスさんは脳筋だが、こういう事を見抜くセンスがある。
しかしお手軽とは言え、大槌や十手の打撃を止ませなければ、どんな結界でも張る事は出来ない。
『では私が時間稼ぎをしてきてやろう。お前達のお陰で人間の生態は何となくわかったからな』
そう言うと、ナベリウスさんがまたエントランスドアを開けて外に出てしまった。
『嫌な予感がする』
『……俺も』
一瞬の静寂の後―――男達の黄色い悲鳴が上がった。
そして大槌や十手の攻撃も止んだ。……というより、ゴトンっという武器が地面に落ちる音すらした。
先輩が眠っていてくれて良かった。先輩が起きていたら顔を真っ赤にして「何してるんですか!!」と怒鳴っていたところだろう。
……気持ちを切り替えよう。
折角ナベリウスさんが作ってくれた隙だ、無駄には出来ない。
ヒビの入った檻の結界を守るように僕が魔法反射を、コウが物理反射の結界を展開し……無事に張り終えた。
『やったな、成功だ』
『ナベリウスさん、もう大丈夫で……』
窓のカーテンを少しはぐって外を見れば、真っ裸で四つん這いになって尻を上げているナベリウスさんの姿が。
何となく色仕掛けをしているのだろうなとは思っていたけど、まさかそんなポーズを取っているとは思っておらず、僕とコウは「きゃあああああー!!」と悲鳴を上げたのだった。
誤字報告、本当にありがとうございますー!




