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胃が痛い王都の朝:セラン視点

早朝、妻が執事と共に寝室に入ってきた。執事は水を入れた洗面用のボウルを置くと、一礼して妻の後ろに控える。


『おはようございます、セラン様。ゴーアン家より魔道具を介しての緊急のお知らせがあります。面白そうなお話と嬉しいお話とキナ臭いお話がありますが、どれから先に聞きたいですか?』

『……その言い回しは止めなさい』


昨夜は王城から戻ってから着替えもせずにベッドに沈んだせいで、身体の節々が痛い。

身体を起こすとバキバキと身体が鳴った。


『どうぞ、セラン様』

顔を洗うと、妻にタオルを渡された。

『……それで?キナ臭い話から聞こうか』

前髪を手櫛で掻き上げると、寝る前にサイドテーブルに置いた眼鏡を掛ける。

『わかりました。ピグム子爵家からの報告です』

ピグム家はゴーアン家の傘下に在る家だ。我が侯爵家の子飼いのようなものと言った方が良いか。

聖騎士ではないルランが聖騎士のチームに紛れ込めたのは、ピグム子爵の娘・レオナと息子・カーヤが聖騎士で、彼らが手を回したからである。


『ピグム子爵令嬢レオナ・カリャ・ピグム様から、報告があったとお義父様から連絡がありました。あまり口外すべき話題ではないので、紙に記しましたのでどうぞ』


そう言うと、妻は一枚の紙を渡してきた。


渡された紙に目を走らせると、気になる単語が目に入った。

『……ドラゴン工場?』

紙に記された内容を注意深く読む。


数か月前、精霊オリアスの神託により、仄暗い問題を抱えている辺境地へと聖騎士達は派遣されて行った。私の弟のルランとピグム子爵令嬢レオナ、ピグム子爵令息カーヤは西の辺境地に派遣された。

彼らの任務は御落胤の監視だったが、御落胤に接触する前に彼らは慮外者に襲われ、任務は失敗した。

その後ルランはシグラ殿達と行動を共にする事となり、この任務からは遠ざかったが、レオナとカーヤは御落胤の監視任務を改めて精霊オリアス教会から命令されたそうだ。


しかし、御落胤の住まう屋敷に辿り着いたものの、屋敷は襲撃の痕を残し、もぬけの殻だったという。


御落胤の行方を追うが、何故か情報が二転三転としたそうだ。そこでレオナ達は情報が人為的に攪乱されているのを感じたそうだ。


―――まあ、御落胤はあのドラゴン夫婦の所にいるのだがな


これはルランからの報告ではなく、フラウのカントリーハウスに行った父が実際にククルアの顔を見て、ピンときたと手紙に書いてきた。“あれは確実に王家の血を引く子供だ”とやけに自信満々だった。

その後ゴーアン家で詳しく調べたところ、真実、御落胤だった。ただし、陛下の胤ではない可能はある。取り合えず王家の誰かの御落胤なのだ。

御落胤はサラック男爵の協力を得て、ククルアという偽名で襲撃者から逃げていたところをルラン達と合流したようだ。レオナ達が足跡を辿れないのは、サラック男爵の手の者が襲撃者の手からククルアを守る為にニセの情報を撒くなどしているためだろう。

父は知らぬふりをして御落胤をゴーアン家では保護しなかった。ククルアが本当の身分を明らかにしなかったのもあるが、襲撃者に命が狙われているのなら、シグラ殿の傍が一番安全だろうと判断したのだろう。……まあ、正直に言えば命を狙われている御落胤なんて面倒なモノを、抱えたくなかったのだろうが。


その事情を知らないレオナ達は、御落胤を探してあらゆる場所を探したそうだ。

そして、気になる情報を得た。それが、ドラゴンの生産工場だった。

御落胤の生母が錬金術師とグルになって秘密裏にドラゴンの素材を買い漁っているという噂があるが、恐らくその伝手を辿って見つけた情報だろう。


工場は火事で既に無く、関係者は皆殺しされたようで情報が思うように集まらないと報告は締めくくられていた。


『御落胤捜索から、大きな組織に辿り着いたようだな』

読んでいた紙をボウルの水に浮かべ、バラバラに溶かした。

『キナ臭いお話だと思いませんか?』

『かなり胃が痛くなる話だ』


一頭でも抜群の破壊力を持つドラゴンを好きなだけ生産できるとは、とんでもない話だ。ドラゴンの素材を売りに出す程度ならまだいいが、クーデターなどを起こされたら国が滅びかねない。

事が大きすぎる。これはまだ同僚には話さない方が良いだろう。国王……いや、まずは王太子に話すか。うまくいけば王太子(穏健派)の得点となり、キャリオーザ(急進派)への牽制にも繋がる筈だ。


朝からとんでもない話を聞かされたものだ。


はあ、と溜息を吐きながら眉間を指で揉んでいると、話が終わったのにまだ妻と執事が退室していない事に気が付いた。

『……どうした?』

『今のはキナ臭いお話です。まだ面白そうなお話と嬉しいお話が終わっていません』

『あ……ああ』

そう言えば3つあるんだったか。話が重すぎて、頭から抜けていた。


『面白そうな話とは何だ?この憂鬱な気持ちを吹き飛ばしてくれる話か?』

妻は『はい』と笑顔で頷いた。


『ニホン公爵領のシマネの街から、人物照会があったそうです』

『……人物照会?』

『シグラ様とウララ様とアウロ様です』


全然面白くない!!


『彼らなら今はルランと共に南の辺境伯の所に行っている筈だぞ!王都近くのニホン公爵領に居るわけがない!』

『ですが身分証と、何より我がゴーアン家の指輪を持っていらっしゃったそうです』


―――どういう事だ?


南の辺境伯爵領から王都まで、一か月は掛かるぞ。いや、待て。それは人間の話であって、ドラゴンなら可能か?

『ルラン……。そうだ、ルランと連絡を取ってくれ』

妻の後ろに控える執事にそう言うと、彼は首を横に振った。そして執事の代わりに妻が『出来ませんでした』と教えてくれた。

『ニホン家からゴーアン家に問い合わせがあった時に、ゴーアン家が既にルラン様のいらしゃる支部に連絡を取られたそうです。しかし支部からの回答は“ルラン様は突如現れた大きなドラゴンのような手に掴まれ、消えてしまわれたので、お取次ぎできません”と返ってきました』


……。


『すまない、理解が追い付かないのだが』

『ですから、ルラン様は大きなドラゴンのような手に―――』

『いや、いい。ルランに何が起こったのか分らないが、取り敢えず奴はいない。それで良いんだな?』

『はい』


考えても無駄だ。理解できないなら、現状をシンプルに考えるべきだ。

ルランが消え、そしてニホン領にシグラと名乗る人間が現れた、と。


『それで、どうして人物照会など必要だったのだ?何か不審な事でもあったか?』

『何があったかまでは、情報開示されなかったようです。この件はニホン公爵領から一番近い場所にいらっしゃるセラン様に任せると、お義父様は仰せです』

ドラゴン工場の件もあり、とんでもなく忙しくなる予感がするのに、好き勝手言ってくれるものだ。


妻はふふふ、と楽しそうに笑っている。亭主の心身が過労死寸前なのに酷い人だ。

仕事漬けで、ろくに家に戻らない私に対しての意趣返しだろうか。家の事とゴーアン家とのやり取りをほぼ全て彼女に丸投げにしているので、ぐうの音も出ない。


『大丈夫ですよ、セラン様』

『何がだ。私の身体は1つしかないのに』

『では嬉しいお話をお伝えしますね。テラン様が王都にもうじき到着されるそうです』

『……テランが?』

テランは私の末弟だ。

精霊付きで、聖騎士になる事が決まっているが、争い事が嫌いな困り者の弟。


『ルラン様の任務の為、ゴーアン家の連隊が南の辺境地へと向かっていますよね。それにテラン様が同行されていたそうです』

『何故?』

『テラン様は精霊ブネの聖騎士になる事にしたそうですよ。ですので、主の傍に行こうと南の辺境伯爵領へ行かれるつもりだったと』

そう言えば、少し前からテランは頻りに精霊ブネの教会に連絡を取っていると聞いたが、本気だったのか。

『テラン様は元々、正式に聖騎士になった事をセラン様に報告と挨拶をする為に、途中で連隊の行軍から離れ、王都に寄られる予定だったそうです』

『そうだったのか』


ならば、ニホン公爵領のドラゴン夫婦の事はテランに任せれば良いだろう。


……いいや、本当に任せて大丈夫だろうか?おっとりとした性格のテランがドラゴンを間近で見れば卒倒するのでは……?


ふ、不安だ……胃が痛い。


誤字報告ありがとうございました!(*´∇`*)ノ

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