御威光
それは夜中の事だった。
ライに呼ばれたような気がして目を覚ました。
私の傍にはキララとレンとリュカが団子状態で眠っている。凄い寝相だなあと思っていると、カーテン越しに「先輩?」というライの窺うような声が聞こえてきた。やはり呼ばれていたようだ。
「どうしたの?ライ君」
ベッドを極力揺らさないように寝室から出ると、廊下にライが立っていた。
「起こしてすみません」
「良いよ。それで何かあったの?」
「あの、ちょっとこっちへ……」
ライは私に手招きしながら、ダイネットへと行ってしまう。何か不吉な物を感じながら彼の後ろを追うと、そこにはコウも起きていてキッチンカウンターの前にある窓を覗いていた。
「……どうかした?」
声を顰めながら訊ねると、ライは「攻撃されています」と教えてくれた。
「攻撃?」
「正確には誰かが檻の結界を叩いているんです」
宿屋の駐車場ではあるが、今夜は用心の為に檻の結界を張ってくれている。
叩かれているような音がしないのは、室内に張ってくれている防音の結界のお陰だろう。
「何か、虹色の棒みたいなものを振り回しているんスけど、ウララ先輩、アレ知ってる?」
コウに場所を譲ってもらい、窓を覗く。確かに3人の大人が虹色の棒で結界を叩いているのが見えた。
「んん?」
何処かで、似たような光景を見た気がする。あれは、何処だったっけ。
寝起きでうまく働いてくれない頭を動かす。
「あ」
寝る前のスライム騒ぎのお陰で、比較的簡単に思い出す事が出来た。
「シグラの結界を壊そうとした人が虹色の十手みたいなもので結界を叩いてたんだ」
あれはロロットの罠にはまり、スライム爆散の後……私が暴漢に襲われそうになった時の事だ。思い出すのも嫌な記憶で、あの怖さが蘇り震えがくる。ああ、シグラに会いたい。
「じゃあ、あれは結界を壊すアイテムってことか。多分魔法が籠められているんだろうな」
「そうだな。先輩、結界は結界を構築する時に籠められた力よりも強い力をぶつける事で壊れます。あとは弱い力でも、結界にダメージを蓄積させればいつかは壊れます」
ライの言葉にびくりと体が震えた。
「安心して下さい。あの虹の棒に籠められた魔力なら、僕達の結界でも1日はもちます」
「い、1日?」
「大丈夫っスよ先輩。壊される前に新しいやつを張れば良いだけだから、実質永久的に結界は維持できます」
「そんなの、貴方達の負担になるなら、」
「「大丈夫です」」
……何だか強引に話を押し切られそうになる。
―――でも駄目。檻の結界はシグラでも負担が大きいのだから、子供達に張り続けて貰う事は出来ない。何か、解決策は……
「……ねえ、結界を壊そうとしている人とは話し合いの余地はないのかな?」
ライとコウはきょとんとした。
「話し合いですか?」
「無理じゃないですか?だって、無理やり結界を壊そうとする人間ですよ」
「うーん……。もしかしたら、壊そうとする前にあちらから話掛けられていたかもしれないじゃない?もしかしたら自警団の人達かもしれないし」
防音の結界を張っていたので、話しかけられていたとしても、その声は私達には届かない。此方からの応答が無いので、やむを得ずに強硬手段を取ったのかもしれないのだ。
「自警団の方なら、ゴーアン家の指輪を見せれば良いだけだし」
「でも不審者かもしれません。自警団がこんな真夜中に、善良な市民に対してこんな迷惑な事はしないと思います」
「街を封鎖する程度には大事なことなんだよ。多少手荒になっても仕方ないんじゃないの?それにアウロさんから聞いたけど、檻の結界なんて高等な物は普通の人は張らないらしいから、悪目立ちしているのかもしれないし」
「んー……」
交渉するならアウロに同席してもらわないといけない。
時計を見れば、時刻は丑三つ時。
「アウロさんを起こす前に、結界を叩いている人が自警団なのか破落戸なのか確かめよう」
交渉の為に起こすのに、肝心の相手が交渉不可能な破落戸であれば、アウロに申し訳ない。
「……そうですね」
先程からライはあまり乗り気ではないようだ。
私が首を傾げると、ライはコウと顔を見合わせて、そして「すみません」と口にした。
「あまり先輩には危ない事に近寄って欲しくないんです」
ライもコウもとても心配性で思いやりのある子供だ。外見は似ていないが、内面はシグラにとてもよく似ていると思った。それがとても嬉しい。
「大丈夫。交渉と言っても、私は結界の外には出ないから危ない事はないよ」
「……」
「ライ君やコウ君達には結界とかで色々と助けてもらってるから、私の活躍の場も残しておいてくれないと。……あ、でもアウロさんがいないから、結界を叩いている人がどちら様か尋ねるのはライ君達に通訳してもらわないといけないんだけど……」
敢えて明るく言ってみたが、ライ達の不安を薄められただろうか?
ちらりと2人の顔を見ると、不貞腐れたように口元を歪めていた。
「……わかりました。絶対に僕達から離れないで下さい」
「わかった」
「あ、ちょっと待って。……しゃおー」
コウが運転席の方にフィルマ語で話しかけると、のそりと白銀の狼が顔を出す。
ナベリウスは私と目が合うと、軽やかな身体捌きでジャンプをし、私達の足元に着地する。
「ナベリウスさんも連れて行くの?」
「「万が一の保険に」」
双子の声が揃ったのが何だか面白くて、少しだけ笑ってしまった。
ナベリウスを連れて私達は車のエントランスドアを潜り、外に出た。
すると途端にガインガインという結界を叩く複数の音が聞こえてきた。
「うるせーなー」
コウが眉間に皺を寄せて呟くと、それに応えるかのように音は消えた。結界を叩いていた者達は私達が出てきたことに気が付き、その手を止めたようだ。
彼らは足元に置いてあったランプのような物を手に取り、私達の近くに寄ってくる。
3人とも着流しに、黒羽織を羽織った男性だった。
「しゃおおお!」
「おおしゃあ!」
何か怒っているような声を出したのは2人だけで、残りのもう1人は自分の耳元に触れるような仕草をしていた。念話の魔道具を弄っているのだろうか?もしかしたら仲間を呼んでいるのかもしれない。
「彼らは何を言ってるの?」
日本語を彼らに聞かれて難癖を付けられると困るので、ライに耳打ちをする。
「漸く外に出てきたなって。すぐに自分達の仲間が来るから大人しくしろ、って」
「あー、やっぱり車に向かって話しかけてたみたいだね。ライ君、彼らに用事は何か訊いてみてくれる?」
「わかりました」
ライが「しゃおしゃお」と男性達に話しかける。すると少し傲慢そうな声色で「しゃおおしゃお」と返事が返ってきた。
「先輩、彼らは自警団だと言っています。取り調べをするので結界と解け、と」
やはり自警団か。なら、交渉をしよう。
「結界は解かなくても良いよ。コウ君、悪いけどアウロさんを起こしてきてくれる?」
「了解っス」
コウが動いた事で男性達が文句を言いだしたが、無視で良いだろう。私、フィルマ語はわからないし。
暫くしてアウロが寝癖を付けて馬車から降りてきた。
「アウロさん、お休み中すみません」
「いいえ、いいえ。大丈夫で……」
ふわあと欠伸を一つ。
「……すみません。ええっと、それで……彼らが自警団の?」
「アウロさん、一応日本語を喋る時は気を付けて下さい。聞かれたら面倒なことになりそうなので」
アウロはハッとした顔をし、こくりと頷いた。
「と言っても、ウララさんとの内緒話は中々難しいですね」
「あはは……」
ライやコウは私の(未来の)子供なので異性を弾く結界には弾かれないが、アウロはばっちりと弾かれる。こんな事になるならキララとロナに念話の魔道具を借りるんだったな、と少し後悔した。
「じゃあ、この円の周りに防音の結界を張っておくので、何か話すときはそこに入って会話して下さい」
そう言うと、ライは踵で地面に大き目の楕円を描いた。
円の中に入ると、アウロは「じゃあ、取り敢えずは打ち合わせ通りに進めれば良いですね?」と最終確認をしてきた。
「はい。お願いします」
私が頷くとアウロも頷き返し、2人で円から出た。
私達はゴーアン侯爵家から貰った指輪とガビ子爵家から貰った指輪をそれぞれ掲げる。
「しゃおおしゃお、しゃおしゃお……」
隣でアウロが厳しい表情を作って自警団達にフィルマ語で話し出した。
打ち合わせ通りならば、“我々はゴーアン侯爵家とガビ子爵家の所縁の者だ、何かあるならまずは両家に連絡を取って欲しい”というようなニュアンスの事を言っている筈だ。
侯爵家と子爵家の名前を出した事で、どうなるだろうかと不安だったが……。
―――おお?
結界越しにいる自警団の3名は目に見えてたじろぎ始めた。貴族の御威光、凄い!




