心配性
翌朝の朝食の後でアウロ、ライ、コウとこれからの事を話す事になった。
そこで私達が次に取る行動の選択肢は5つある事を確認した。以下がそれだ。
・すぐ近くの村か街で待機
・ジュジラの街へ再訪してルランに連絡をする
・ゴーアン侯爵領に帰る
・現在地からそれなりに近く、恐らく友好的であろうニホン公爵領で待機
・ブネルラで待機
提案段階で、アウロの故郷であるロノウェの郷や、マルコシアスの郷。そしてアガレスの郷も話題には上がったのだが、いずれも車では行き辛い場所にあるとアウロに却下された。
まあ、それを言うならブネルラも雪山だ。しかしライ達が言うには、霊峰ブネルラの麓に教会と集落があるので、そこまで行き難い場所ではないらしい。
ちなみに今いる場所で待機という話も出たが、それは私が却下した。いつ魔物が現れるかわからないような場所では常に結界が必要になる。子供達の負担になる事は出来る限り避けたい。
「うーん……、ルランさんと連絡が取れれば、もう少し選択肢も増えるんだけど……」
ルランに貸して貰った懐中時計があれば、すぐに連絡もできたのだろうが、生憎とそれはシグラが持っているので此処には無い。
「5つも選択肢があるんですから、これ以上を求めるのは贅沢ですよ」
アウロはそう言って笑った。
確かにそうかもしれない。まあ、5つ中3つが待機という情けないものだけど。
さて、どう行動しよう。
まず、ルランが居るジュジ辺境伯爵領はゴーアン侯爵領よりも遠いので、そちらに行くよりはゴーアン侯爵領へ帰った方が良い気がする。ゴーアン家に駆け込めば、ルランとも連絡を取ってくれるだろうし。
それからニホン公爵領について。地図で確認したところ、ニホン公爵領は王都に近い場所にあり、私達のいる場所からも近いようだ。
そしてブネルラに関してはライとコウが猛プッシュしてきた。彼らは日本に行くまではブネルラで暮らしていたから、愛着があるのだと話してくれた。
ただ、今のブネルラは、ライ達の知るブネルラではない。行ったところで私達だけでは相手にされず、信者達に追い返される可能性すらある。私達ではブネの関係者であることは証明できないからだ。
―――ビメさんか、ビメさんと連絡が取れるアガレスさんの力を借りられればなあ……
私達がこの地に飛ばされた事をビメやアガレスは知らない。此方から彼らに連絡を取る方法は無いので、彼らに私達の事を見つけてもらうしかないのだが、それも望みは薄いだろう。
「私はゴーアン家に行くことをお勧めします」
アウロはゴーアン家推しだ。確かにゴーアン侯爵は悪い人では無かった。それに夫人には私が日本人だと知られているし。ただし、ジュジ辺境伯爵領よりは近いが、それでもそれなりに遠い。
「ニホン公爵家はどうですか?ニホン公爵領は此処から近いですし、王都へのアクセスも容易です」
私の意見を聞いたアウロは指を顎に置いた。
「ニホン公爵がどのような方なのか分りませんからね」
「まあ、そうですよね」
ゴーアン夫人の実家とは言え、見ず知らずの貴族家の元へ飛び込んで行くのは危険だ。
でも……。
私がうじうじと考えていると、アウロは首を傾げた。
「王都に拘るならルランさんのお兄さんが王城勤めでしたよね?」
王都へのアクセスが容易だと言ったので、彼に誤解を与えたようだ。
「あ、いいえ。王城は駄目なんです」
賢者だとばれたら監禁フラグが立つ。
それに王城にはシグラの番になる筈だった王女・キャリオーザがいる。彼女の事は断片しか知らないが、とても危険な人だというのはわかるので近寄りたくない。
そもそもシグラを狙っているかもしれない女性に会いたくない。
私は「王城には近寄りたくない」ときっぱり言うと、アウロは「そうですか」と簡単に引き下がった。
「シグラさんがいない今、問題が起こりそうなところに行くのは私も反対です。しかし、ならば何故ウララさんは王都に拘るのですか?」
「別に王都に拘っているわけではないんです。ただ王都は色々な情報がありそうだから、と思っただけで。私が拘っているのはどちらかと言えば公爵家の方ですね」
「情報ですか?はて、どのような情報を探されるのですか?」
「その……金竜の情報、です」
私がそう言うと、3人がぎょっとした顔で此方を向いた。
―――ああ……やっぱり反対だよね
「まだ金竜の事、諦めてなかったんスか?」
コウが呆れた様な声を出した。
「……正直に言うとね、私はこの飛ばされて来た場所からあまり離れたくないの。金竜の力でこの場所に飛ばされて来たのだから、この周辺を詳しく探れば金竜に繋がる情報があるかもしれないから。そう言う意味でも此処から近いニホン公爵家は立地的にもアリかなって思って」
「先輩。金竜と会うなんて自殺行為です。シグラさんと会いたいなら、時間はかかっても大人しく確実に生き残る選択肢を選ぶべきです」
ライに正論を言われてしまった。
「……うん。そうだよね、言ってみただけだから」
シュンっと肩を落とすと「何してるの!」とレンの声が飛んできた。
声の方を向けば、レンとリュカが怒ったような顔で此方に駆け寄ってきていた。
「お姉ちゃんに意地悪しないであげて!」
「ママを苛めちゃ駄目でしょ!」
そう言いながら椅子に座っているコウの足をレンとリュカがゴンゴンと叩く。ポカポカじゃなくてゴンゴンだ。
「ちょ、痛っ。別に苛めてるわけじゃないって!てか、何で俺だけ叩くんだよー。ライだって同罪だろー」
「「むむっ!」」
「ああああ、大丈夫、大丈夫。苛められてないから、大丈夫だよー。レン君もリュカちゃんも心配してくれてありがとうね」
ライの足にも殴りかかって行きそうだったので、慌ててフォローをする。するとレンとリュカは勢いよく私の方を向き、ととととっと走り寄ってきて両隣にぴたりとくっついた。
見張る気か。
その場にいた全員が苦笑いする。ただし、叩かれていたコウはちょっと涙目になっていた。
レン達の乱入で場の空気が少しほんわかしたところで、アウロがパンと手を打った。
「金竜と会うのは私も反対ですが、ニホン公爵領に行くくらいなら構わないのではないですか?ウララさんの気も紛れるでしょうし」
「!」
アウロに顔を向けると、彼はにこにこ笑っていた。
「歴代の日本出身の賢者達が作ったであろう領地です。私は行った事はありませんが、きっと一見の価値はあると思いますよ」
「……そうですね。行くだけ行ってみませんか、先輩」
「そうっスね。日本料理が食べれるかもしれないし」
―――気を使わせてしまっているなあ……
自分の我が侭に皆を振り回しているようで心苦しい。
でも……シグラの顔が頭に浮かぶ。
―――会いたい
今、彼は何をしているだろう。無茶な事をしていないと良いけど。
■■■
ニホン公爵領に入ったのは、お昼前だった。
関所越えには全員分の身分証が必要になるので、身分証の無いナベリウスには狼に戻ってもらった。後でモフらせてもらおう。
関所傍の街は“シマネ”という名の街だ。
「島根かー!銀山とかあるのかな?」
「大きな鳥居とかしめ縄は?」
コウとキララは楽しそうに窓に張り付き、きょろきょろしている。
「「おおおおー!!」」
街の門が鳥居の形をしていて、更にキララとコウのテンションが上がる。
街に入ると、店の前や家の扉など、至る所に勾玉が飾られていた。色は赤や青、緑など様々だ。
「姉、姉。早く観光しよう!早くー!」
「わかった、わかった。ちょっと待ちなさい」
関所近くだからか旅人用の宿屋が多くあり、すぐに荷馬車用の駐車スペースがある宿屋を見つける事が出来た。
キララに急かされるがまま車を停め、鍵を閉める。
するとライが「一応結界張っときますね」と言いだした。
「折角街に入ったのに。大丈夫大丈夫、此処は安全だよ」
結界が必要だと思わせないように“大丈夫”“安全”を強調するが、ライは首を横に振った。
「負担の大きい檻の結界じゃなくて害意を弾く結界だけです。それにコウと一緒に張るから心配しないで下さい。コウ、僕は車の方を張るから、馬車を頼む」
「了解ー」
「本当に安全なんだから、無理しない範囲でお願いよー」と言っていると、スカートをちょいちょいと引っ張られた。
見れば、レンがキリッとした顔で私を見上げていた。
「どうしたの?レン君」
「僕も結界張る!」
「駄目よ、疲れちゃうから」
ライとコウが笑う。
「ウララ先輩。必要だと思ったら勝手に結界張っちゃうの、知ってるでしょ。諦めて下さい」
「もー!だから安全な所に来たのに!」
シグラもかなりの心配性で、私や車にとんでもない枚数の結界を張っていたけど、この子達もそれに負けていないようだ。




