手段
周辺の様子を見に行っていたアウロとライは、夜になる手前で拠点に戻って来た。
ライは甘い匂いのする、アケビのような物を数個持っていた。
お昼寝から起きたレンが「それ何ー?」と言ってライにくっつく。
「アウロさんが教えてくれたんだけど、甘い果物らしいよ。レンやリュカにやろうと思ってとってきた」
「今食べても良い?」
レンがちらちらと私の方を見るので「ご飯前だから1個だけだよ」と言っておいた。
「お帰り、ライ君。もう少しで夕飯だから手を洗っておいで」
「わかりました」
外に設置したテーブルの傍に、ナベリウスに頼んで鍋を置いてもらう。鍋の中身はナベリウスが作ってくれた具沢山のスープだ。彼女は味付けの習慣がなかったようなので、味は私の方で調えさせて貰った。
そして、いくら具沢山だとは言えスープだけでは物足りないかと思い、パスタも茹でた。スープを掛けて食べれば美味しい筈だ。
馬車から人数分の椅子を取り出していると、アウロが「ウララさん」と話しかけて来た。
「私達が車から離れる時にはまだ気を失っていたようですが、気が付かれたのですね。本当に良かった」
「はい、夕方頃に目が覚めました。……あの、それでコウ君から私達が置かれている状況を聞いたのですが、此処って……異世界なんですか?」
パスタを茹でていた間にコウから“ここに飛ばされる直前に、俺達が過去の世界に来る時と同じ感覚があった”と聞かされた。なのでここは更なる異世界か、あるいは過去の世界かもしれないと覚悟している。
それにシグラとはぐれてしまった……。
油断すればへたり込んでしまいそうになる身体を叱咤し、アウロとの話に集中する。
「いえいえ、異世界ではありません。此処はフィルマ王国の王都に近い場所のようですよ」
「え?異世界に飛ばされたわけではないんですか?」
「はい。ライさんと少し山を降ってみたのですが、開けた場所で畑仕事をしていた方がいらっしゃいました。その彼から聞いた情報ですが、此処はフィロの街という街で、日時を訊けば未来や過去にきたわけでもないようです。恐らく、単に場所が変わっただけだと思います」
「そう、ですか」
少しだけホッとした。
「しゃおしゃおー」
ロナが馬車から出てきて、アウロに話しかけてきた。アウロは「しゃおしゃお」と言ってバスコンを指さす。
「ロナちゃん、どうかしたんですか?」
「あ、ええ。ライさんを知らないかと訊かれたので、ライさんは今車に居るよと教えました」
ロナがライを探す?
特に接点は無い2人だと思ったが、手を洗いにバスコンに入っていたライが外に出てくると、ロナは「しゃおおー」とフレンドリーな声色で声を掛けていた。そしてそのまま何やら会話をしだしたようだが、フィルマ王国の言葉なので、彼らがどんな会話をしているのかはわからない。
「ライさんにシグラさんの鱗の扱いについて助言を貰っているようです。コウさんの助言はふわふわしているから、ライさんが良いみたいですよ」
「……え?」
シグラの鱗という事は、指輪制作の事だろう。しかし、何故ライに?
そんな疑問を抱いていると、アウロが「ウララさんが気絶している間に自分とロナは、ライさんとコウさんにドラゴンだと打ち明けられました」と教えてくれた。
更にアウロに至っては、ライ達が“自分達は未来のブネの子供だ”とナベリウスに伝えた時、その場にアウロもいたらしく、その流れでライ達の素性を全て知ってしまったそうだ。
「ドラゴンであることは、後でキララさんにも教えるそうですが―――」
ちなみにキララはまだリュカと共に寝室で眠っている。
「―――流石に未来のウララさん達の子供だと言う事は内緒にするそうです」
「そうですか」
ライとコウがそう判断したのなら、私が口を挟む事ではないだろう。それにしても……
―――あー……何だか、アウロさんから生暖かい目で見られてる……
それはまるで親戚のおじさんのような視線だ。子供さんが出来たんですねえ、おめでとうございます、と言ったところか。
「……私はまだ産んでませんから」
「ははは。ライさんもコウさんもしっかりとした子達で何よりです」
人の話を聞いちゃいない。思わず大きな溜息が出た。
■■■
食事の支度を全て終えると、キララとリュカを起こし、この場に居る皆でテーブルを囲んだ。
私の隣はいつもシグラがいるが、今日はレンとリュカが座っている。
食事中にライ達がドラゴンである事、人間の姿に擬態しているナベリウスの事、そして現状について等の情報共有をした。ただし日本語で話しただけなので、ククルアは理解していないだろう。
ククルアにはシグラがドラゴンであることも話していないので、ライ達も黙っておくことにしたようだ。
「シグラいないのか?……大丈夫なのか?」
話を聞き終えたキララの眉間に皺が寄る。私はリュカの口元についたスープを拭いてやりながら「……そうだね……」と呟いた。
「私達はシグラに頼りっきりだったから、これからの事は心配かもしれないけど……」
「いやいや、その心配もあるけどさあ」
「ん?」
「あいつ、時空に穴開けて来るんじゃね?」
一瞬の静寂の後、私とアウロとライとコウの顔が青くなる。レンとリュカは事態の深刻さが解っていないようで、“時空に穴を開けるなんて、シグラ凄いね”くらいの認識のようだ。
「い……いやいや、大丈夫、大丈夫だって!」
冷や汗を出しながら、取り敢えず大丈夫だと連呼してみる。そしてごくりと唾を飲み込み、再度「大丈夫だよ」と言葉を続けた。
「だって、シグラにはいつも時空が壊れちゃうから気を付けてねって言ってるし」
「でもシグラだぞ?姉と離れて冷静じゃないだろうし。あいつは冷静じゃなくなったら、暴走するから」
シグラには申し訳ないが、否定できない……。
せめて時空が壊れないように祈ろう。
「……あの、」
ライがおずおずと口を開いた。
「金竜の攻撃も時空に穴を開ける攻撃だったと思うんです。でも今現在、時空は壊れずにきちんと保っています。つまり、時空に負担を掛けることなく穴を開ける方法があるのではないでしょうか」
「まあ、あるかもな。でもそのやり方をシグラは知らないだろ。あいつは時空が壊れる事よりも姉の方が大事だから、取り敢えず壊しにかかりそうな気がする……」
アウロはキララに向かって苦笑し「今の所時空は壊れていないようですし、そこまで深刻に考えなくても良いのでは?」と空気を変えようとする。
コウもそれに乗っかり、そうそう、と頷いた。
「時空が壊れたら俺らは勿論、ウララ先輩も無事じゃ済まないんだから、シグラさんも自重しますって」
それにしても、時空に負担を掛けずに穴を開けられる金竜か……。
「そう言えば金竜は何処に行ったのかな。アウロさんやライ君達は知ってる?」
「さて。この場に飛ばされてからは、見かけていませんね」
「近くに来たらすぐに逃げられるように、僕達も注意深く気配を探っていますが、今の所はそれらしきものは感じません」
「まあ、シグラさんがいない今、俺達だけじゃ対処出来ないから、丁度いいと思うけど」
アウロ、ライ、コウの話を聞いて、顎に指を置く。
「どうかしたのか?姉」
「ん……。その金竜は時空を行き来できるような能力を持っているんでしょう?その金竜にシグラの所に連れて行ってくれって交渉出来ないかなって思って」
今度は微妙な空気が食卓を包んだ。
「姉、金竜を探すつもりか?」
「え?だってシグラの所に行く手掛かりだよ?」
慌てた様にライとアウロが立ち上がった。
「落ち着いて、先輩。ここで待機していれば、シグラさんが迎えに来てくれると思いますから」
「そうですよ、ウララさん。最長でも10年我慢すれば、力を蓄えたパルさんが何とかしてくれるかもしれませんし」
10年……10年!?
「10年もシグラに会えない……?」
「泣くな、姉。気をしっかり持て!」
「……泣いてないけど」
「大丈夫です、先輩!10年も待たなくてもシグラさんなら迎えに来てくれますから!」
「そうっスよ!大丈夫ですよ、ウララ先輩。取り敢えず先輩はシグラさんと合流するまでの間、どうすれば生き延びれるか考えるだけで良いんです!」
相当酷い顔になったのか、キララ達が大袈裟に慰めようとしてくるので「私なら大丈夫だから落ち着いて」と3人を宥めた。
隣に座っているレンも不安そうな目で此方を見ていたので、慌てて「大丈夫だよ」と努めて普段通りの笑みを浮かべた。
キララ、ロナ、レン、リュカ……ライとコウもしっかりしているが中学生だから子供だ。こんなにも子供が多いのだから、シグラが居ない今、保護者である私はしっかりしないと。
■■■
「……はあ……」
食事の片付けを済ませた後、何もする気力が起こらなかったので、私は早々にシャワーを浴びるとそのまま寝室に引っこんだ。
リュカが私と一緒に居たいと甘えてきたので、今は2人で寝室の天井を眺めている。
ダイネットからゲームの音声が漏れ聞こえてくるので、キララとライとコウが梨鉄をして遊んでいるのだと思う。ジュリの街に居た時は嵐で充電できなかったので節電していたが、此方に飛ばされて来てから昼の間にそれなりに充電が出来たので、多少ならテレビゲームで遊んでも問題は無い。エアコンも付けている。
アウロはククルアを連れて馬車へ行ってしまった。私と一緒の空間で男の自分達が眠るのはシグラが嫌がるだろうから、馬車の方で眠るそうだ。
私もシグラがいないのに、家族以外の異性と同じ空間で眠るのは無理だと思ってしまったので、有り難かった。
ナベリウスも車の中にはいないので、多分馬車の方にいるのだろう。
安全対策として、車と馬車にはライとコウが軽めの結界を張ってくれたらしい。
まだ子供の彼らに無理はさせたくないが、キララ達の為にも安全は確保したいので、結界を張る事を止めさせられなかった。ただ、本当に無理のない程度にしてくれとは言っておいたが。
「うー……」
私の横でリュカがもぞもぞと動き、私の胸にしがみ付いてきた。
「眠れないの?」
リュカは夕飯までキララと共に眠っていたので、眠れなくても仕方ないか。
背中をポンポンと叩けば眠るかもしれないが、眠くないのに無理に寝させても、今度は真夜中に目が覚めてしまうだけだ。それは可哀想だろう。
「何かお話でもしてあげようね」
バスガイド時代に頭に入れた童話や昔話を思い出しながら、リュカの頭を撫でる。
「リュカ、お姉ちゃんに迷惑かけちゃ駄目だよ」
カーテンが少し開いて、レンが顔を出した。レンはシグラがいつも眠っている場所に布団を敷き、そこに横になっていたけど、この子もまだ眠くないのだろう。
手を伸ばし、髪の毛を梳かすようにレンの頭も撫でる。
「眠くないなら、無理に眠らなくても良いんだよ。向こうでお兄ちゃん達がゲームで遊んでいるよ?」
「でも、僕はここに居たいし……」
「リュカもー」
「そう?ならレン君、寝室においで。廊下で一人は寂しいでしょう?」
眠るのを諦めた私は壁を背にして座る。その周りにリュカとレンを座らせた。
寝室の灯りを点け、何か遊べそうなものは無いかなと枕元にある籠を探る。ここにはキララが持ち込んだ本や玩具を一時的に収納しているのだけど……。
「スマホの充電器とトランプと……あ」
堅い物が手に当たったのでそれを取ると、綺麗な小箱だった。何だったっけ?と思い小箱を開ければ、折り鶴が入っていた。
「これって……」
ゴーアン夫人から貰った折り鶴だ。




