忠告:シグラ視点
≪そうか、貴様は子供達が迷い込んだ世界にいた、あのブネ……確か名前はシグラ、だったか≫
私が何者なのかわかったブネは警戒を解いた。
≪青竜はどうなった?子供達は無事だろうか。……いいや、それよりもまずは謝っておこう。あの時は緊急事態だったとはいえ、勝手に魂に触って悪かった≫
≪子供達なら無事だ。今も私のウララの元にいる。それに魂の件も子供達の為だったのだから構わない。先程、私も貴様の魂に触ったしな≫
≪ウララの為なのだから、むしろ推奨する。本来なら私が触るべきだったが、何かしらの罠かと疑ってしまってな≫
私達は目を合わせると、同じタイミングでこくりと頷き合った。
≪それよりも、早くウララの元へ行け。彼女はお前の妻だ。お前にしか助ける事はできない≫
≪しかし……≫
ブネが自分の腕を飲み込む穴に視線を遣ったので、つられて私もそちらを向く。近くに来てわかったが、結界の中を照らす目映い光はこの穴の周辺から発せられていた。異世界へ飛ばすだけの高エネルギーの発生源だからだろう。
「きらら、あまりちかくによったら、だめだよ。ひかりで、めが、つぶれる」
私の後ろを付いて来ていたキララに一応注意喚起しておく。
「……目映すぎてこれ以上は行きたくても行けないから、いらない心配だ」
「ああ、人間にはこの光は辛いのか。私は気にならなかったが、穴の周囲に防視の結界でも張っておこう」
ブネがそう言った途端に辺りは暗闇に包まれた。流石に暗すぎるので、魔法で火の玉をいくつか浮かべる。
≪ウララの元へ行けという話だが、私はこの穴を維持する為にここから動けないのだ≫
≪ならばその穴の維持は一時的に私が請け負おう≫
穴の維持はブネに出来ているのだから、私にも出来る筈だ。
ブネに並ぶと、奴の腕に添うように私も腕を入れた。
≪!……これはまた、厄介だな≫
腕を入れた瞬間、身体を引きずり込まれそうになったので、慌てて踏ん張った。更に靄の中に留まると身体があやふやになり、油断すると形が保てそうになかったので自分自身に檻の結界を張る。
≪檻の結界以外に、何か気を付けなければならない事はあるか?≫
≪特に無い。……抜くぞ≫
ブネは恐る恐る腕を引き抜いたが、穴は消滅しなかった。思った通り、私でも問題なく維持できるようだ。
それを見てブネはほっと息を吐いた。
≪昨日この靄の穴に私の子供達が引き摺り込まれた≫
≪昨日?私達の世界では子供達と合流してから既に数日経っている。……時間の流れがおかしいようだな≫
≪そのようだな。……では、ウララの元へ行ってくる≫
キララの横を通り、ブネは防視の結界の外へ行ってしまった。キララはブネについて行くか迷ったようだが、此処に残る事にしたようだ。
「あのさ、さっきはなんか二人?で深刻そうに話してたから黙ってたけどさ……」
雑談をしようと思ったのか、キララが此方に近寄ろうとしてきたので、やんわりと止めた。
理由を訊かれたので、この穴から出る靄に捕まれば異世界に引きずり込まれるかもしれないと答えると、すんなりと指示に従ってくれた。
「おっかないなあ。でもまあ話をするだけなら今の距離でも十分か」
一応印をつけておこう、と呟きながらキララは地面に足で線を引いた。
「……で?何でお前ら分裂してるんだ?」
「さっきもいったけど、しぐらは、かこのせかいから、きたの。さっきのぶねは、このせかいのぶねだよ」
「ええ……、本当の事だったのか?お前ら、本当にぶっ飛んだ存在だなあ」
“過去から来たという話”と“ブネが2人いる”というだけの情報ですんなりと信じるキララも相当だ。
私の考えがキララにも伝わったのか、彼女は“はあ”と呆れた様な溜息を吐いた。
「ブネはあまり嘘つかないし。それにさ、確かに過去から来たとか荒唐無稽だと思うけど、7、8年前にお姉ちゃんが旦那としてブネを連れて来た以上の衝撃ではないからな」
「お前はもう私達の両親に挨拶はしたのか」と訊かれたので、まだだと答えると、キララは「だったら今から話す話をよく覚えておけ」と前置きした。
「姉はブネとライとコウ、それとまだ卵だったレンを抱いて、実家で両親に結婚報告をしたんだけどさ。その場でブネがドラゴンの片鱗を見せたから、うちの両親は泡を吹いて倒れたんだよ。父親に至ってはショック死寸前だったし」
「しぐらが、どらごんだってことを、かくせばいいの?」
「正直、卵を抱いてきた時点でお姉ちゃんは隠す気無かったと思うけど。とにかく、うちの両親は案外繊細だから、驚かすようなことはするなって事だ」
ウララは私がドラゴンである事を尊重してくれている。目立つなとは言われているが、それは私がドラゴンだと他者に知られれば面倒事に巻き込まれる事を危惧しているだけで、決して恥だとか見下しているからではない。なので、両親に挨拶に行く時に彼女は身内には隠す意味はないと判断したのだと思う。
「でもおかしいな。私はブネとは両親に挨拶に来た時に初めて会ったんだが、お前はもう私の事を知っているんだな。お姉ちゃんから私の話でも聞いたのか?」
と言う事は、未来のキララはウララと共に異世界に行ってはいないのか。
何処から過去が変わったのだろう?
「むこうのせかいの、きららは、しょうがくせいなんだけど、うららといっしょに、いせかいにきて、しぐらたちと、たびをしているんだよ」
「何それ羨ましい。私の知ってる過去じゃないじゃん。詳しく聞かせろー!」
相変わらずキララは好奇心の塊らしい。キララに過去の世界の事をきかせろとねだられていると、ウララを連れたブネが戻って来た。
―――ウララ……涙もすっかり止まっている。良かった
ブネは再度穴に手を入れ、私を解放した。
そんなにすぐに交代しなくても構わなかったが、この穴の維持は子供達の安否に関わってくるので、出来ればブネ自身が維持をしたいのか……。
「シグラさん」
ウララの声で名を呼ばれて心が跳ねる。しかしそれもすぐに落ち着いた。
私のウララは私の事を“シグラさん”とは呼ばないし、やはり私との番の絆がないゆえに私のウララではないと本能で感じる。
「どうしたの?うらら」
傍に寄ると、ウララはもじもじとしながら私に着替えを差し出してきた。
「これ、ブネさんの服だからサイズは合うと思います。……キララ、そんなにジロジロと人の裸を見ては駄目だよ」
「男の身体で一々キャーキャー言う歳でもないからなあ。そもそもこいつドラゴンだし」
「他所の旦那さんの裸は見ては駄目。奥様に失礼でしょ」
キララは「はいはい」と返事をするとウララと共に私に背中を向けた。
ウララの性格は未来でも然程変わっていないようで、クスッと笑ってしまう。
「あ、あのね、シグラさん」
袖に腕を通していると、背中を向けたままのウララが話しかけて来た。
「なに?うらら」
「……ブネさんから聞いたんですけど、私達の子供を保護したというのは、本当なんですか?」
「ほんとうだよ。らいたちなら、いまも、しぐらのうららと、いっしょに、いるとおもうよ」
「そう……です、か。よかった……」
ウララは膝から崩れ落ちるようにして、その場にへたり込んでしまった。




