ウララの家:シグラ視点
宿屋に着いた後、私達は小寺の泊まっている部屋へ通された。
「3部屋取ってるんだよ。1部屋は僕で、あとの部屋は男子学生用と女子学生用ね」
小寺はテレビの電源を点け、次にリモコンでピピッとエアコンの操作をする。いずれも車に付いていた物とよく似た形をしている。
エアコンから冷たい空気が出てくると、小寺は「あああ……生き返るー……」と言って足を庇いながらその場に座った。
『な、何だあれは!冷たい空気が出てくるぞ!魔石か?それにあれは何だ、箱の中に人間がいるぞ!』
ジョージが興奮しているが、放置だ。
「お兄さん達、何処の国の人なの?話してる言葉は英語じゃないよね。でもドイツでもロシアでもないような……」
「しぐらたちは、ふぃるまおうこくから、きたよ。こでらは、ふぃるまおうこく、しってる?」
「えーっと、聞いたことないなあ。ヨーロッパかな?」
知らないようだ。
試しに“異世界へ行く方法を知っているか”と訊ねたが、冗談に思われたようで、笑われてしまった。この雄からは欲しい情報は得られそうにないようだ。ならば、次への足掛かりとして利用させてもらおう。
『シグラ様、奥様の家に連絡を取ってみてはいかがでしょうか』
『ウララの家?』
『力になって貰えるのでは』
ここは地球。ウララの故郷だ。
ウララの記憶のお陰で、彼女の両親の名前や顔もわかる。だがそれは一方的に私が知っているだけだ。
彼女の両親は私の事を知らないし、今ウララの身に何が起こっているかすら知らない。
私がウララの番であると言ったところで、信じさせることは不可能だろう。
いや、それ以前に……
『この世界に彼女の家があるかわからない』
異世界に飛ばされただけならいいが、ウララの居た世界を基点に未来や過去に飛ばされた可能性もあるのだ。
人間という生き物を考えると、未来、過去関係なく100年程度のずれで家が無い可能性もある。
そうルランに言うと、確かにそうだと頷いた。
『まずはそこを知る必要がありますね。何か手掛かりは無いんですか?』
『……そうだな……』
ウララから貰った記憶のうち、彼女が友人達と遊びに行った時の記憶を思い出す。
記憶の中のウララは23歳の今と然程変わらない年恰好で、確か“クロリランド”という名の娯楽施設に行っていた。記憶の中のウララは「限定品!絶対買うー!」と言いながら菓子を買っていたから、それを調べればわかるのではないだろうか。
「こでら、ききたいことが、あるんだけど」
「何?」
「くろりらんど、しってる?」
「クロリ……ああ、懐かしいなあ。旅行で誘われた事があるから知ってるよ。宿泊施設が併設されてた遊園地だよね」
でも、と小寺は続ける。
「残念だけど、あそこはもう閉園しているよ。出来てまだ10年も経っていなかったけど、不況の煽りを受けて親会社が倒産してね。確か8年前の話だったかな。もしかして行こうと思ってたの?」
閉園か……しかし却って、あの記憶から8~18年後の世界が此処だとわかって良かった。あの記憶のウララが20歳と仮定し、更に誤差3歳程度を考慮すれば、この世界にいるウララの歳は25~41歳くらいか。つまり、賢者としてフィルマ王国にいるか、子育ての為にフィルマ王国から戻り日本にいるかのどちらかだ。
日本にウララがいる可能性がある。
勿論私の番のウララではないが、それでも会いたいと思った。
いるとすれば、そこにはライとコウとレン、場合によってはリュカがいるだろう。そして私もいる筈だ。
「しぐらは、このにほんに、しりあいがいる。あいたいけど、どこにすんでいるのか、わからない」
小寺は目をぱちくりさせた。
「その知り合いの名前は?」
「いず、うらら」
「イズさん、ねえ。お仕事はされていたりするのかな?」
「うららは、ばすがいどを、していたよ。そのあと、さんそうの、かんりにんを、している、とおもう」
小寺は「バスガイドに山荘かあ」と指を顎に当てて考え出した。
「何処の山荘なの?住所わかる?電話番号は?」
「わからない」
「……市町村は無理でも県とかは?」
“県”というもの自体を知らないので、首を横に振った。
小寺は“うーん”と唸る。
「もしかしたら、ネットで検索したら出てくるかもしれないね。山荘のブログとか、利用者がSNSで書いてたりもするだろうし」
そう言うと、小寺はリュックサックを開いて、漁りだす。
だが、すぐに“ゲッ!”と大きな声を出した。
「スマホがびしょ濡れだ!あー……さっき山で転んだ時にお茶のペットボトルが破裂したのか。ほら、足を挫いてお兄さん達に助けてもらった時のあれね」
小寺はテーブルの上に濡れたスマホを置き、画面に軽く触れたが、特に画像が変わったりはしなかった。
「やっぱり壊れてるなあ。学生が戻って来たら、スマホでもタブレットでも貸して貰えるように言ってみるよ」
「がくせいは、どこにいる?さがしてくる」
「わからないよ。皆好き勝手してるからね。スマホが壊れたから電話で呼び出すことも出来ないし」
どうやらすぐには調べる事ができないようだ。ウララへの手掛かりが掴めると思った分、落胆は大きかった。
―――……そう言えば、スマホは子供のキララも持っていた。もしかしたら日本人なら一人一台持っているのではなかろうか?
例えば窓の外を歩く、あの人間も。
ならば、奪ってしまえばいい。騒ぐならその人間を消せばいい……―――
危険思考になりかけた時、ウララの顔が脳裏に浮かんだ。
……駄目だ、あまり目立つ行動はしてはならない。
自分を落ち着かせるために深呼吸を数度していると、小寺は小首を傾げた。
「確実かどうかはわからないけど、警察に行くのも手だよ」
「けいさつ……あまり、めだちたく、ない」
「そっか。まあ、警察沙汰になったら先方にも迷惑かけるかもしれないしね。でも落ち込まないで。お兄さん達は僕の恩人だし、出来る範囲になるけど手助けするからね」
ようやく興奮が落ち着いたジョージが『おい』と話しかけて来た。
『向こうの世界の貴金属はこっちで換金できるか訊いてみてくれないか?』
奴は自分のトランクを開けてじゃらじゃらと音を立てながら袋を取り出した。
『……貴様は英語が話せるんだったな?』
『ああ。しかし日本語はわからない』
ウララの事で気落ちしてしまい、今すぐふて寝したい気分だったので、小寺に英語が話せるかどうか訊ねた。
「ん?できるよ。必修科目だから一通りはね」
『小寺は英語が話せると言っているぞ』
ジョージにそう教えてやると、奴は『そうなのか?』と目を輝かせ、小寺に英語で話しかけた。
何を話しているか私にはわからないが、見る限り、ジョージは小寺と意思疎通は出来ているようだから、放っておいていいだろう。
『体調が悪いのですか?シグラ様』
床に仰向けになって寝ころぶと、ルランが声を掛けて来た。
『寝るだけだ。何かあったら起こせ』
床は草を編んだような敷物が敷いてあり、ほどほどに柔らかい。だが、ウララの柔らかさには程遠い。
彼女の添い寝がとても恋しい。




