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嫁候補

「え……っと……」


外から良い匂いがすると思って寝室から出てみたら、石を組み立てて作った即席のかまどで知らない女性が料理をしていた。


「何方ですか?」

話しかけると女性はこちらを振り向き、ぱあああっと笑顔になった。

良かった、話しやすそうな女性だと内心ホッとしていたら、何故か彼女は私に突進して抱きついてきた。


「ひえっ?!」


更にぺろぺろと頬を舐めてきたので、咄嗟に手で顔をガードする。

「止めて下さい!」

しかし彼女は話が通じないのか、今度は顔を守る手をぺろぺろと舐めてきた。

「駄目です、本当に止めて!やだ舐めないで!冗談じゃなく、夫以外嫌だし無理だから!」

女性の力は強く、いくらじたばたしてもその拘束から抜け出せない。

「シグラー!」

もう自分の力ではどうしようも出来ないと悟り、声を張り上げると、誰かが走り寄ってくる足音がした。

シグラかと思って目を向けたが、やって来たのはコウだった。


「え、何?どうしたのウララ先輩?」

「コウ君!この人を離して!お願い!」

「えっと……結界が反応してないからそいつに害意は無いけど、しゃおしゃおしゃ、おしゃしゃおー」

コウがフィルマ王国の言葉で何かを言うと、私に抱きついていた女性はサッと身を放した。


「大丈夫?先輩」

「あ、ありがとう。あの、この人誰かな?」

白銀のショートヘアに、薄い水色の目をした20代前半くらいの女性。身長は高くて170はありそうだ。


「ナベリウスだよ」

「……へ?」

「ナベリウス。狼だけど、聞けば人間に擬態出来るって言うから、してもらってるんスよ」


さーっと血の気が引いていく。

ナベリウスといえば私を殺そうとしてくる狼の名だ。


「コウ君、私から離れて!巻き添えになるから!」

私にはシグラの結界が常時張ってあるから大丈夫だが、コウには張ってあるかどうかわからない。ナベリウスの攻撃にコウが巻き込まれないように距離を取ろうと、私はその場から走り出した。


「ウララ先輩!走るなら前向かないと、危ないっスよ」

私の心配では無くて自分の心配をしなさいと思いつつ必死で足を動かす。

「私はシグラの結界があるから大丈夫だから、コウ君は私から離れてー!」


「先輩ー!今は先輩にも結界張られてませんよー!転んだら怪我するからちゃんと前向いて走ってー!」


「え?」


「だから、今はシグラさんの結界は全て解除されてて張られてないんスよー!」


それって、もしかして車にも?

だったら車からも遠ざからないと!車にはキララとリュカが眠っているから、あの子達まで巻き添えになる!

慌てて方向を変えようと身を振ると、すぐ後ろにナベリウスが来ているのに気が付いた。

「がう?」

「ひいいいっ!?」

一生懸命に走っているのに、ナベリウスは平気な顔で並走してきた。

並走してくるだけで全然攻撃してこないナベリウスを不気味に思いつつ、それならそれで攻撃されるまでは走ってやろうと思った矢先。

グキっと足首が変な風に曲がった。


―――最近はシグラに甘えてばっかりだったから、身体が鈍ってる!


転ぶ!と思って身を固くしたが、

「ひゃっ!」

誰かに身体を抱きかかえられ、難を逃れた。

「し、しぐら?」

私を助けてくれる人といったらまずシグラを思い浮かべたが、腕の感触や匂いが彼の物ではなくて、違和感を覚えた。


「がう」

「……」


まさかのナベリウスううう!!


にこっと笑った彼女の口からは、キラリと犬歯が光った。

“食い殺されるー!”と戦々恐々していたところ、コウが「大丈夫っスかー?」と走り寄って来た。


「ひっ!コウ君!?」

殺されるという恐怖が吹き飛び、代わりにコウが怪我をするという恐怖に変わった。


「来ては駄目!!この人は私を殺しに来た狼で!強いの!巻き込まれる!」

コウに興味が移らないように、ナベリウスの頭をがっちりと両手で固定した。

「私の事は殺して良いから、他の人には手を出さないで!」

「がう?」


「先輩、大丈夫だから。ナベリウスはもう先輩の事殺そうと思ってないっスよ」

「…………は……はい?」


私をしっかりと立たせた後、ナベリウス(人間版)は私の前で犬と同じポーズでお座りをした。表情はにこにこしていて、……とても機嫌が良さそうだ。


「どういう事?」

「この人、俺やライの事が気に入ったらしくて」

「……は、はあ?」

「それで俺達の両親は未来のブネとウララ先輩だって言ったら……」

ちらりとコウはナベリウスを見て「こんな感じになりました」と教えてくれた。


こんな感じと言われても。


シグラの子供だから守ろうと思ったのかな。……そして、その子供達の母親予定の私の事も許す方向に変わってくれた、とか?

そう考えたら、この人はシグラの事が本当に好きで堪らなかったんだろうなあと、ズキっと胸が痛んだ。


「まあぶっちゃけ、俺らの事を婿にしたいらしいっス」

「って、気に入ったってそっちの意味!?シグラの子供だから可愛いとかじゃなくて!?」

「俺のことはブレスの強さで、ライのことは自分(ナベリウス)のブレスを喰らっても平然としているから、将来有望だってさ」


年齢差とかどうなのと一瞬考えたが、私にブーメランが刺さる気がしたので、その考えは打ち消した。

それよりもちょっと、聞き捨てならない事があった。


「もしかして戦ったの?ナベリウスさんと?」

「あ、はい。俺とライと……あとレンもちょっと頑張ってました」


何と言うこと……!

膝から崩れ落ちそうになるのを、必死で耐える。


「危ないでしょう!何でそんな事したの?」

「アウロさんが、ナベリウスはウララ先輩の命を狙っているって言ったから、俺らも夢中で」

「ライ君はナベリウスさんのブレスを喰らったのね?大丈夫だったの?」

「ちょっと腐ったみたいだけど、患部を抉って……、あ、大丈夫ですよ?冷蔵庫にビメさんの血があったから、それをちょっと貰ったんで」

ビメの血って、ひ弱すぎる私に毎日ちょっとずつ飲めと言って渡してくれたアレかな……。


はあ、と溜息を吐く。

「もう終わったことだから、無事なら今回はそれで良いの。でもね、貴方達はドラゴンだけど子供なんだから、怖い人が来た時は逃げなさい。貴方達が逃げてそれで私が死んだとしても、文句はないから」

コウは納得のいかないような顔をした。

「見捨てるとか無理っスよ」

「……どうしても私の事を助けてくれるっていうなら、ナベリウスさんと戦わなくても私やキララ達を連れて逃げるという道もあったはずだよ。ナベリウスさんは飛べないんだから、空に行っちゃえば何とかなるでしょ?」

そこまで言うと、コウはハッとしたような顔をした。

「ウララ先輩を連れて空に行く発想はなかったなあ。ライは時間稼ぎの為にナベリウスを捨てに行こうとして飛んだけど」

「コウ君に逃げるって発想がないからだよ……」

立ち向かうだけが解決方法ではないということを、きっちりと教えた方が良さそうだ。


でもその前にお礼を言わないと。

「守ってくれたのは凄く嬉しいよ。ありがとうね」

私がそう言うと、コウは恥ずかしそうに「別に、当たり前の事しただけだし」とそっぽを向いてしまった。


可愛い子だなあと、うっかりほのぼのしてしまったが、不意に視線を感じた。

……ナベリウスのことを忘れていた。

お座り状態は非常に申し訳ないので、説教の続きは後回しにしよう。


「あのそれで、ナベリウスさんが貴方達の事を気に入ったって言ってたけど……」

「あ、はい」


「コウ君達は私達とは違う時間軸の存在だから、ずっと傍に居る事はできないという事はきちんと伝えた?ナベリウスさんが本気なら、きちんと誠実に対応しないと駄目だよ?」

「あ、それはナベリウスも承知しました。だから、ウララ先輩に産んでもらおうと考えているみたいですよ」

「!?」

今お茶を口に含んでいたら、確実に噴き出していたと思う。


恐る恐るナベリウスに目を向ける。

う、うっとりした顔で私の腹を見ている!!


「ちょっと待って、既にお嫁さん決まっちゃったの?!いやいや、申し訳ないけど子供にも決める権利があるからね!」

コウは“あー……”と苦笑いした。

「まあ、ドラゴンって強い雌の事好きですから、大丈夫なんじゃないですか?」

「……ちなみにコウ君はナベリウスさんの事好き?」

コウはあはは、と笑った。

「素敵だと思いますよ。でもビメさんの方が素敵です」

「お、おお」

つまり、ナベリウスよりもビメの方が強いのかと、どうでも良い事を考えてしまった。



山の向こうでカラスが鳴いた。それを合図に空を見上げると、茜色に染まりかかっていた。

ナベリウスがしていた食事の支度は、夕飯の為だったらしい。

お昼をすっ飛ばして、いきなり夕方とは、結構長く気を失っていたようだ。


「あ、ねえ。そう言えばシグラは?ライ君やレン君やアウロさんもいないけど、どうしたの?というか……」


辺りを見回す。


「ここ何処?嵐は止んだんだね」


それにしては地面が全くぬかるんでいないけど。もしかしたら何か問題があってシグラが車ごと別の場所に移動させたのかな?

そんな事を思っていると、コウは“あー……”とか“えーっと……”などと要領の得ない言葉を出す。


「まずはライ達なんですけど、ライとアウロさんは此処が何処なのか周囲の様子見に行ってます。で、レンは馬車の上で見張りを頑張ると意気込んでたんだけど、多分あの調子だと寝てんだろうなあ」

馬車の二階部分を見ると、ふわふわと風に靡く赤い髪の毛が見えた。あそこにはクッションが敷き詰められているから、きっと寝心地が良いのだろう。

「リュカとキララちゃんは先輩と一緒に車で寝てたでしょ?ククルアはさっきまで馬車で俺と将棋してて、ロナちゃんは作業中」


うんうん、と私は頷く。

「それでシグラは?」

「えーっと……シグラさんは……」


コウはきょろきょろと辺りを見回してから一言。


「はぐれました」



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