歴代勇者たちのドロップ品
山脈を越え、雪山のような場所にやってくる。
私はシャツに薄いパーカー、下はジーンズという夏の格好をしているのだけど不思議と寒くは無かった。きっとシグラが張ってくれているこの『膜』のお陰なのだろう。
シグラはこの雪山の山頂付近にある大きな洞穴に降り立った。
彼は翼を仕舞い、私を横抱きにしたまま中へ入っていく。ここが、彼の家なのだろうか。
洞穴は所々にクリスタルのようなものが鍾乳石のように生えていて、淡い青い光を発している。あれは光の魔石の一種なのかな?
随分深い洞穴だったが、やがて光が見えてきて…どんどん光が強くなってきて…。
遂に目が眩むような光に包まれる。
だんだんと目が慣れて、漸く辺りの光景が目に入って来た。
外は雪山なのに、そこはまるで春のような温かさに包まれていた。
地面は自然光が届かない場所なのに草原で、綺麗な花も咲いている。そして清水が噴水のように噴き出ている箇所が5か所くらいある。
「ここが、シグラのお家?」
「しぐらの、いえ」
そこで漸く私はシグラに降ろされた。
シグラは噴水の一つに近寄り、その源泉をむんずと掴んで私に見せてきた。
キラキラと光る水色の石。これが水の魔石なのだろう。
水の魔石は噴水のように噴き出すのを辞めず、多分この水量だとすぐに給水タンクがいっぱいになってしまうだろう。
ふつうの魔石ならこぶし大とアウロは言っていたが、きっとこの魔石の質が良すぎるのだ。
「これの一欠片が欲しいよ、シグラ」
「ひとかけら」
シグラは水の魔石をぱきりと手で割って、小さな欠片を私に見せた。
「うん、それが良い。ありがとう、シグラ」
お礼を言うと、シグラは嬉しそうに笑う。
それから私達はシグラの家をぐるりと見て回る事にした。
お弁当を持ってきてピクニックをしたらとても楽しそうだろうなあ、と思える場所だ。
かつん、と何かが靴にあたる。
「何か落ちてる?」
それは自然いっぱいな草原の中に不自然な人工物だった。
「……ネックレス?」
金色のチェーンに真っ赤な大きな石がついたもの。よく見れば、至る場所に剣や杖、鎧が落ちていた。
「これって…」
「それ、うるさいにんげん、おとした」
シグラを討伐に来た人間のドロップ品…。
何か白い骨のようなものが見えた気がしたが、気にしないようにする。
「これ、もってかえる」
「え、持って帰るの?」
「あうろ、いった」
確か出発前にアウロがシグラと話していたけど、その時に何かお願いをしたのかな?
まあ、落としたであろう持ち主ももういないだろうし、ここの家主のシグラが持って行くと言っているのなら、反対する理由は無い。
「じゃあ拾っていこうか」
「うん」
袋を持ってきていないから、私は来ていたパーカーを脱いでそれを風呂敷代わりにする。
水を出す魔石と共にドロップ品を詰めるだけ詰めると、それを私が持ち、そしてその私をシグラが横抱きした。
「かえろう」
「うん、帰ろ」
■■■
「お帰りー」
キャンプ地に戻って来た私達を迎えたのはキララだった。
ぎこぎこと鋸の音も聞こえる。
「この音、ロナちゃん?」
「おう。キャンプ道具の中にあった工具渡しといたぞ」
「別に良いけど、あれ本格的な大工道具じゃないけど大丈夫?」
「渡した道具は勝手に改良して使いやすいようにしていたみたいだ」
まあ、それで使えるなら良いけど。
「それより姉、びしょびしょだぞ。川にでも落ちたのか?」
抱いたパーカーからちょろちょろと水が滴る。
「これ、シグラのお家から持ってきた水の魔石が入ってるから」
「随分と大きいんだな」
「ううん、これはドロップ品だよ」
そう言うとそっとパーカーを地面に置いた。
「な、なんじゃこりゃ」
自然光の元に晒すとまたキラキラと綺麗に光っている。
「これ、多分シグラを討伐しようとした人が装備してた装飾品だと思う。まだ沢山あったよ。武器や鎧もあったんだけど、それは嵩張るから持ってきてないけど」
「モンスターがドロップするんじゃなくて人間側がドロップするとか…」
「シグラはモンスターじゃないから」
はあ、とキララはため息をついた。
「そういやあシグラはドラゴンだった時は何を喰ってたんだ?もしかして人間とか言うなよ」
「ドラゴンは種族にもよりますが、鉱石や獣を狩って食べると聞いたことがあります」
アウロがひょっこりと姿を現す。
「アウロさんがシグラに頼んだ通り、拾ってきましたよ。沢山あったので持てるだけ持ってきました」
「ええ、ありがとうございました」
「これをどうするんです?」
「勿論、売るんですよ」
事も無げにアウロは言う。
「う、売るんですか?」
「ええ。ウララさんが生活費を稼ぎたいと言っていたので。ドラゴンの住処には多くの財宝があると専らの噂ですから、要らない物があったら持ってきてほしいとシグラさんに言ったのです」
「財宝と言うか…冒険者たちのドロップ品ですけどね」
まあ遺品なんだけどね。……なんか売るのは忍びないなあ。
「しかし流石ドラゴンに挑む冒険者だけのことはありますね。かなり物が良いので、麓にある村では全てを買い取ってもらえないでしょうね」
「あ、黄金のネックレスあるぞ。これなら砂金にして燃料代にはできそうだ。暫くは心配しなくてよくなったな、姉よ」
そりゃ燃料の心配がなくなったのは嬉しい限りだけど、でも出来るだけ売り払いたくない気持ちもある。
遺品云々というより、これを落とした冒険者を倒したのはシグラであって、つまりこれはシグラの物だってことでしょ。彼の財産だよ。
彼から奪い取るような真似はしたくない。
そんなニュアンスのことを言うと、キララにぽんっと肩を叩かれた。
「一家の家計を守るのだと思えば良いだろ」
「いやいや、」
婚姻前の財産は個人所有だよ!と叫んだら面倒くさいなあ!とキララに体当たりをされた。
くうっ、思いっきり鳩尾にキララの肘が入った…!
強くなったねキララ…妹の成長をここで確認する羽目になるとは。
その後、私達が揉めている理由を聞いたシグラが「好きに使って良いよ」と言ったので解決したのだった。