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紅竜:キャリオーザ視点

『招待状?』


わたくしがジュジラの街に滞在していることがジュジ辺境伯爵にバレたのか、夜会の招待状が届いた。しかもその日の夜に開催されるという、こちらの予定を無視した失礼極まりないものだ。

招待状を持ってきた辺境伯爵家の使用人はわたくしの心中を察し、その年の最初の嵐の日に開催される伝統的な夜会なのでいつも急な呼びかけになってしまうのだと釈明した。


『返事は今すぐかしら?』

『はい、お願いいたします』


返事を待つ使用人を部屋の外に置いて一旦室内に戻る。どうしたものか。

『ジュジ辺境伯爵は流石に此方に引き込むことはできないだろうし……』

国境を守る要となる辺境伯爵家はいずれも王家に忠誠を誓う穏健派であり、わたくしにとっては敵だ。夜会でも碌な扱いを受けないだろう。


『……でも……そうね、この機会にジュジ辺境伯爵の周りにいる人間を何人か仲間に引き込むのも楽しいかもしれないわね……』


少し考えた後、出席する旨を使用人に告げた。

碌な扱いは受けないだろうが、流石に暗殺まではされないだろう。

『護衛としてドラゴンを連れて行ければ良いのだけど』

夜会には1人だけ従者を連れて行けると記されていたが、人間に擬態したところで魔獣は魔獣。騒ぎを起こすのは目に見えている。


―――……しかしドラゴンは頭が良いと言うし、一頭だけきちんと従者用に調教しようかしら。


『まあ、どのみち今夜の夜会には間に合わないわね』



結果的には夜会は良い気晴らしになった。

ジュジ辺境伯爵に接触してみたが、やはりこの男を仲間に引き込むことは出来ないとわかった。しかし代わりに辺境伯爵家の三男を引き込むことに成功した。正妻の産んだ長男・次男は教育が徹底していたようだが、三男は愛人の子だった。好きなように遊ばせているようで、すぐに話に乗ってきた。


三男との密談の為に会場の大広間から出ていたが、もう一人くらい仲間に引き込もうか。そう思って大広間に続く廊下を従者を伴って歩いていたのだが……


『キャリオーザ』


わたくしの前に金髪の(おぞ)ましい男が立ち塞がった。彼を前にして反射的に舌打ちをしてしまい、慌てて扇子で口元を隠す。

連れていた従者が夜会の客人が絡んできたと勘違いして人を呼ぼうとしたので、それを手だけで制した。


『お前が何故ここに居るのかしら?母上を放って何をしているの』

この男は一応王族だ。しかしその自覚がない能無しで、王宮でわたくしの母上の傍にいるだけの日々を送っている愚図である。


『キャリオーザ。あまり無茶な事はしてはいけない。周りに竜族の者しかいないから感覚が麻痺しているのだろうが、お前は人間だ。危険な事をしていると、母上も悲しまれるよ』

『お退きなさい』

『ブネの事もそうだ。あれはお前のドラゴン達が束になっても敵いはしないよ』

『お前には関係の無い事よ。それともお前がわたくしにこの世界をくれると言うのかしら?』


黙ってしまった男に扇子を投げつける。


『口だけ挟む愚図が。この世にお前が存在していると思うだけで虫唾がわく』

『キャリオーザ……』

『消えるがいい、王家の面汚しが。精々母上の機嫌でもとっている事ね』


男も自覚があるのか、それ以上は何も言わずにわたくしの前から姿を消した。


『気分が悪いわ』

折角気分が良かったのに、あの男のせいで気分が萎えてしまった。


金竜はいない、ブニの死体も見つからない。

黒竜が現れたと聞いて海岸に行ったが、それも空振り。


機嫌が下降した為か、うまくいかない事ばかりが頭に浮かぶ。

『苛々する』

こんな時にはドラゴンの血の風呂に入りたいが、金竜を追う今はドラゴンの数を減らしたくはない。

踵を返すと、従者に見目の良い男を数人用意するよう命じ、わたくしの為に用意されている貴賓室へと向かった。



―――懐中時計に紅竜の翼を持つ人間の男が目撃されたという情報が舞い込んできたのは、翌朝の事だった



■■■



“紅竜の翼を持つ人間の男”


つまり、紅竜は人間に擬態していると言う事だ。擬態すればそれ相応に力が抑えられ、わたくしのドラゴン共にも気配を探るのが困難になる。

ジュリの街に来たものの、まずは人間に擬態しているドラゴンをどう炙り出すかが問題だった。

そんな時、天啓のようなものがわたくしの頭に降りてきた。


―――街を破壊すればいいのだ


ジュリの街は兵士の街だ。ここを削ればジュジ辺境伯爵の戦力も削れる。戦士にちやほやされ調子に乗っている聖女の神殿もついでに潰してやろう。

十数頭のドラゴンのブレスを何度か食らわせば、この程度の街などすぐに壊せるはずだ。

そしてブネならば、三下ドラゴンのブレスを喰らったところで死にはしないだろう。壊れた街で生き残っている者こそ、ブネなのだ。


わたくしの苛々も解消できて良い事ばかりだ。


ブネが既にこの街にいない可能性もあるが、それはそれ。街を破壊して苛々解消をしたと思えば、破壊活動に意味はある。


面倒な後始末はまた参議のネスト伯爵に任せれば良いだろう。流石に街一つを消せばもみ消せないだろうか?辺境伯爵領ゆえに難しいかもしれない。まあ、最悪わたくしが関与したと明るみにならなければ良いのだから、どうとでもなる筈だ。


早速ドラゴン共に命じてブレスを吐かせようとしたのだが……。


『何と言う幸運!黄竜と黒竜が居るなんて!』


黄竜と黒竜が神殿の前に現れたではないか。

黄竜が現れた事により、やはり金竜はあの黄竜の見間違いだろうと確信した。金竜なんている筈がない。

しかしこれでブニを退けたドラゴンを新たに手に入れる事が出来て、ついでに黒竜まで手に入れれば戦力が増す。そう喜んだ矢先のこと。


何故か黄竜が攻撃してきたのだ。


『わたくし達の姿は見えていない筈なのに、どうして!?』

動揺して思わず不可視の魔石を落としてしまう。すると既に限界間近だったのか、魔石は粉々に砕け散ってしまった。

『しまった!』

この街での目撃者は皆殺しにするので心配ないが、ジュジラの街、ひいては王都にドラゴンに乗って戻れなくなる。


面倒な事になったと一瞬気を逸らしたのが悪かったのか、わたくしのドラゴン共が黄竜に向かって一斉に威嚇を始めてしまった。


『何をしている!静まれ愚図共!わたくし達は戦いに来たのではない!』


これでは躾のなっていない犬だ!慌てて怒号を飛ばすが、威嚇は止まらない。

しかしその威嚇に呼応するかのように、黄竜達がいる場所とは違う方向から威嚇が返ってきた。そちらに視線を遣ると……


『あ……ああ……!』


わたくしが一番欲しかったドラゴン……

紅竜がいた!


『ドラゴン共!!あの紅竜の元へ行け!!』


黄竜も黒竜も既にわたくしの頭にはなかった。

やっとだ!やっと、紅竜(ブネ)を手に入れる事が出来る!!

あれがブネかは確かめていないのでわからないが、ブネに決まっている!ブネではないなら八つ裂きにして、わたくしの浴槽をその血で満たしてやるわ!


心の底から喜びが溢れて来る。ああ、これで世界をわたくしのモノに出来るのだ!


『……あら?』


結界の外の景色がぶれる。

檻の結界の中なので何も感じないが、わたくしは何故か落下していた。

わたくしを持っていたドラゴンはどうしたのだと上を向けば、そのドラゴンは身体をぴくぴくさせながら、やはり落下していた。


『何をしているのだ!!わたくしは、紅竜の元へ行けと命じたのだ!』

『すま、ない。威嚇により、身体が、動かな、い』


周りを見れば、三頭落下しているようだ。そして、無事だったドラゴンがわたくしの元へ飛んで来て、空中で拾い上げた。


『無事だろうか、キャリオーザ様』

『威嚇でやられたと言うの?ただの遠吠え如きに!?』

確かに煩かったが、それだけだ。人間のわたくしですら何の影響も受けていない。

『キャリオーザ様は檻の結界に入っているため、影響は受けなかっただけだ。威嚇は元々は敵を散らす為のものだが、強力なものになると相手の身体を硬直させる事がある』


“それだけ、あの紅竜が怒っているのだ”

そう、ドラゴンは言った。


『何故怒っている?お前達が威嚇をしたからか?』

『怒っている理由はわからない。しかし、状況からしてそうかもしれない』


頭に血が上った。

怒り狂っている者が求愛行動などするとは思えない。折角紅竜を見つけたというのに!


『そもそも何故お前達は黄竜に威嚇をしたのだ!!わたくしは命令していない!!』

ドラゴンは少し黙った後『本能だから仕方がない』と反論した。

『番であるキャリオーザ様を目の前で攻撃されたのだ、報復行動は本能である』

『おのれ……!!本能など不要!お前達はわたくしの道具として動けばよいのだ!』

『すまない』


苛立ちから、ぎりりっと左手の人差し指を噛みしめる。


『仕方ない!紅竜の怒りが収まるまで時を稼げ!』

『承知した』


ドラゴンは高度を上げようとしたが、何かに跳ね返される。

『何?どうしたのだ』

『……逃げられない。檻の結界が張られている』

『何ですって……!』


わたくし達がモタモタしている間に、既に巨大な結界が張られていたのだ。


『閉じ込められたの?こんなこと、出来るの?』

『私には出来ない』


やはりあの紅竜はブネだ。そう、確信した。




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