ミクと18頭のドラゴン:ビメ視点
起きると、兄上の子供達がいなくなっていた。
朝の挨拶に来た人間の雌に訊ねると『夜中にお父様が迎えに来られた』と言われた。
兄上が来たようだ。どうやら私にも声を掛けられたようだが、起きなかったので放置されたらしい。
『お食事はどうされますか?』
『いや、もう帰る』
『さようですか、では……』
人間の雌は満面の笑みで私の前に箱を持ってきた。
『金額は問いませんので、募金をお願いします。5人分お願いしますね!』
『…………』
『金額は問いませんが、昨夜のお食事はどうでしたか?ベッドの寝心地は如何でしたか?』
ぐいぐいと箱を押し付けられる。
揉めれば兄上に迷惑が掛かるだろう、ブネルラの信者が貢いできた金品を袋(※血が入った壺を入れている袋)から適当に取り出すと、箱に入れた。
『ひゃ、ひゃああ!こんなにいいんですか!?宝石もある!』
『ん?多かったか?』
イマイチ人間の貨幣価値がわからない。
『まあ、少ないよりは多い方が良いだろう。取っておくがいい』
『ありがとうございますううう!!貴女方に祝福の風が吹きますように』
昨日から散々聞かされたお決まりの言葉を言うと、人間の雌は部屋から飛び出して行った。
聖女とやらの神殿はなかなか悪くない。
廊下には有名な聖女だという人間の雌の肖像画がいくつも飾られている。そして、大聖堂だという場所には癒しの象徴とされるライオンの彫像が二つ。そしてそれに挟まれる形でドラゴンの彫像が飾られていた。
ライオンは癒しの能力を持つ名のある精霊のマルバスとブエルを表しているらしい。そしてドラゴンは血に治癒効果がある為に崇拝の対象なのだと神殿を案内した聖女に聞かされた。
実に良い心がけだと思う。
神殿の外に出ようとすると、年老いた人間の雄に声を掛けられた。
『嵐が酷いですよ、収まるまでは神殿に居ればよろしいでしょう』
『ふむ……』
兄上の元へすぐに戻りたかったが、確かに今は外に出るのは躊躇われた。ドラゴンの姿に戻れば楽なのだが、兄上に不必要にドラゴンの姿になるなと言われているし……。
≪ビメ!≫
老人の言葉に悩んでいる所に、腹の立つ声が聞こえてきた。
声の方へ振り向くと、クリーム色の髪の男が神殿の柱に隠れて此方を窺っていた。
≪何だ、ミク。声を掛けてくるな≫
≪で、でも、一対一で雄と話してるから!≫
こいつは私の番でミクという。本来はクリーム色に近い黄竜だが、今は人間の姿に擬態させている。
普段から傍には来るなと言っているため、私が兄上達と共に居る時は遠くから私の様子を見ていたようだ。声を掛けてきたという事は、兄上や兄上の子供の事は許容できたが、それ以外の雄は流石に我慢できなかったのだろう。
≪ブネ殿の傍にいるから安心してたのに!他の雄と一緒にいるなら、雄を弾く結界を張らせてよ!≫
≪却下だ。兄上の子供達の実力を見る目的が達成されていない。お前が結界を張ったところで、私は破るぞ≫
恐らく異性を弾く結界は兄上は弾かれないが、兄上の子供達は弾くだろう。それは困る。
ミクが“うわーん、酷いよー!”と泣きだした。本当に虫唾が走る。
ミクは兄上やブニに比べるとかなり弱い雄なのですぐに死ぬだろうと思っていたが、かなりしぶとく、かれこれ三千年はこいつと番でいる。子供も3頭できたが、それでもミクを視界に入れる度に腹が立って仕方ない。
≪実力を確認した後なら、好きなだけ結界を張ればいい。そもそもお前が結界を張らずとも私は自分で悪意を持つ者を弾く結界をしているゆえ、邪な者は弾く≫
≪邪な気持ちが無くても、ビメに雄が近づくのは嫌だも……≫
ミクの鬱陶しい声が消え、私に散々ごねていた異性を弾く結界をあっさりと張った。ミクが本当に必要だと感じたのだ。
≪何?この気配……!ビメ、外に出ちゃ駄目だよ!≫
殺気だった複数の雄ドラゴンの気配が此方に近づいてきている。
気配からして既に目視可能な距離にいる筈だが、その姿を確認することはできない。
先日の海岸でのことを思いだす。あの時は殺気立っていなかったが、姿の見えない複数のドラゴンの気配という点はかなり酷似しているだろう。
奴らの攻撃目標はわからないが、とりあえずこの街に結界を張るべきか。兄上が滞在している場所に何かしらの被害が及べば、痛くない腹を探られることもあろう。兄上は人間社会で生きる事を所望されているのだ、出来るだけ目立たず平穏でなくてはならぬ。
≪ビメ!何処に行くの!あの気配の奴らの相手なら僕がするから、ビメは住処かブネ殿の所に行って!≫
≪阿呆。この気配の数、十数頭はいるぞ。お前など炭にされるわ。街に被害が及ばぬように念のためにブレス対応を付与した魔法反射の結界を張るだけだ≫
≪ビメ……!≫
まだ何か言うミクを無視し、神殿の外へ走り出るとすぐに擬態を解いた。
人間の姿のままでは広範囲にブレスに対応した結界など張る事は出来ないから仕方ない。この理由なら私がドラゴンになっても兄上は許して下さるだろう。
結界の範囲は街全体。そう見据えて結界の展開を始めるが、不意に空中に異様なほどの力の塊ができつつあるのを感じた。
―――ドラゴンがブレスの力を溜めているのか!ならば奴らの攻撃目標はこの街だ!
姿は見えないが、気配でバレバレだ。
しかしマズい、街全体に結界を張るのは欲張ったようだ。結界を構築し終えるよりもブレスが此方に飛んでくる方が速いかもしれない。それに十数頭のドラゴンのブレスに耐えきれる結界を私に張る事ができるのかという問題もある。
逃げた方が良いのでは。そのような考えが浮かんだ時、私の横を黄色い影が猛スピードで抜けて行った。ミクだ。ミクも危険性を感じ取ったのだろう。
≪ミク!!≫
ミクはある程度の高度まで昇ると、力は溜めず、異様な気配に向かって素早くブレスを吐いた。
嵐で薄暗い空をブレスの閃光が包み込み、その直後に少しの衝撃音と煙が立った。ブレスが姿の見えぬドラゴンに被弾したのだ。
力を溜めずに吐くブレスは攻撃力に欠けていて牽制に近いものではあるが、そのブレスに被弾したことにより、姿の見えなかったドラゴン達の姿が露わになる。
―――18頭もいたのか!
煙の奥から姿を現したのは18頭の雄のドラゴン共だった。
その数に驚いたが、何とか街にブレス対応の結界を張り終え、ミクを呼んだ。
≪ミク、一旦退くぞ!≫
≪了解!って、ふぎゃあああ!≫
ドラゴン共は一様にブレスのモーションを止め、その代わりに一斉に威嚇を始めた。
怒り狂っている!
まともに18頭分の威嚇を受けてミクの翼が硬直したようで、へろへろと落ちて来た。世話の焼ける奴だ!
翼で大風を起こし、ミクの飛行を手助けしてやると≪ビメー!≫と嬉しそうにじゃれ付いてきたので、ぶん殴る。
≪どさくさに紛れて近寄るな!≫
≪ごめんなさいいい≫
いちいち腹の立つ奴だ!
≪そ、それよりビメ!あいつら、全員逆鱗がないんだ!それなのに、一匹の雌を大事に守ってる!≫
≪何だと?≫
逆鱗はドラゴンの喉にたった一枚だけ生える特別な鱗であり、それが怒りの元とも言われるものだ。
竜族の雄は番ができるとそれが剥がれ落ち、雌に従順となる。つまり、逆鱗が無い雄は番を持つ雄なのだ。
番を持つ雄が、番以外の雌を守る筈がない。
≪雌はどれだ?≫
≪あの緑竜が手に持っている檻の結界の中にいるよ!あそこから雌の気配がする!人間の姿をしているみたいだ≫
ミクが中央のドラゴンを指さした。確かにあのドラゴンは手に何か持っている。
怒り狂っている原因は雌がいる方向にミクがブレスを吐いたためかもしれない。番に攻撃を加えられることは、ドラゴンの雄にとって許せない事だから。
≪どうしようビメ。戦うなら僕頑張るけど、あれだけのドラゴン相手だと、死んじゃうかもしれない。だからビメは逃げた方が良い!≫
≪……安心しろ、ミク≫
≪ふえ?≫
≪兄上が怒っている≫
私が街に張った結界の上から、更に強力なブレス対応の檻の結界が猛スピードで構築し……
―――――――ッ!!
凄まじい威嚇の雄たけびが響き渡る。
それは雨すらもかき消す様な、苛烈なものだった。
≪ひょおおおおう!!ビメ、ビメー!!これってブネ殿だよねえええ!?≫
≪兄上は先程のドラゴン共の威嚇が、御自分の番への攻撃だと認識したようだ≫
≪怖いいいいいっ!!ブネ殿が怒ってるところ、僕見た事ないんだよおお!!≫
拠点場所の宿屋の上空に、擬態を解いた兄上がいた。
上空にいる18頭のドラゴン共とは比べものにならない程の殺気を携えている。番が威嚇されただけでこれか。それ程までに兄上はあの柔らかい番に御心酔されているのだろう。




