暴風の予兆
車の中に入ると、レンとリュカは一目散に漫画や雑誌などの本や、キララが異世界の街で買ってきた雑貨を収納している棚に向かった。
そんな2人に悪戯しちゃ駄目だよーと一応声を掛けておいた。
「それにしてもキララってば、本当に楽観的なんだから」
といっても、今の段階で加護を消す事は出来ないし、慌てても仕方ないのはわかっているけど……。
「シグラの加護なら、聖女の加護を消したりできるの?」
「あのかごぐらいなら、かんたんに、ぬりかえることができるよ」
その言葉に少しほっとした。見ず知らずの聖女の加護よりもシグラの加護の方が良い。
「もしも私が誰かから加護を受け取っちゃったら、シグラに塗り替えてもらおうかなー。ご主人様、なんてね」
私がそう言うと、彼は曖昧な笑みを浮かべた。
「しぐら、むちゃなようきゅう、するかもしれないよ?」
「シグラなら大丈夫。あ、ご主人様で思い出したけど、マッサージしてあげようか?時間あるし」
外は昨日に引き続き嵐で荒れているので、移動はできない。
更に発電出来ない為に節電をしなければならず、電気を使うような遊びも出来ない。そして灯りは光の魔石頼りだ。
光の魔石はアウロも持っていたが、それは作業を頑張っているロナの為のものだ。私達が好きに使って良い魔石はゴーアン夫人から貰った指輪用の小さな魔石一つだけ。貰いものにケチをつけるつもりはないが、この薄暗さだと本くらいは読めるが、針仕事をする気にはなれなかった。
ならば私はシグラを労わりたいと思った。
「ちょっと待っててね。すぐに準備するから」
準備といっても、ダイネットをベッド仕様にするだけだ。その間レンとリュカが「ご主人様」「ご主人様」とシグラにじゃれ付くのを聞いて、子供に変な単語を覚えさせちゃったかもしれないと、冷や汗をかいた。
ベッド仕様にし終えると、早速そこにシグラをうつ伏せに寝かせた。
「シグラ、痛かったら言ってね」
彼の腰の上に跨り、肩や背中をぐりぐりと揉んであげる。そこまで肩は凝っていないが、揉まれるのは気持ち良い様で「んー……」と小さな声を出している。
彼の枕元にはリュカが座り込み「リュカも頑張ってご奉仕するね!」とシグラの髪の毛を解いて三つ編みをし始めた。お世辞にもうまいとは言えないが、一生懸命な姿が可愛い。
ちなみにご奉仕という言葉を教えたのは私ではない。誰が教えたのかは知らないが、とにかく私ではない。
「僕もお世話するね」
レンはシグラの傍に寝ころんで本の朗読を始めた。世話は世話でもそれは何か違う気がするが、可愛いからまあ良いか。
それにしてもシグラの筋肉は本当に凄い。きゅっきゅっと圧すと、その弾力がわかる。
ずっと住処でごろごろしてたって言っていたのに、不思議だ。
「うらら、そこ、きもちいい」
「ここ?」
肩甲骨の下あたりをぐりぐり圧したり、揉んだりしてみる。するとシグラから気が抜けた様な「ふひゃー……」という声が出た。
翼が出るのはこの辺りなのかな?昨日の夜、人間の姿のまま嵐の中を飛んでいったのだから、少しお疲れなのかもしれない。
「ねーねー、お姉ちゃん。お兄ちゃん気持ち良さそうだから、後で僕にもやってー」
レンは読んでいた本から顔を上げ、ちょいちょいと私の腕をつついた。
朝食前にレンに私達が本当の意味での親ではないと説明したのだが、それを踏まえて彼は私達の事を姉、兄と呼ぶようになった。もっとも、呼び方が変わっただけで私達への接し方は変えるつもりはないようで、今もライ達の傍ではなく私達の傍にいてくれている。
「ごめんねー。子供用のマッサージはやり方知らないの」
「お兄ちゃんと同じヤツでいいよ?」
「だめだめ。子供は身体が未発達だから、こういう素人マッサージはお勧めできないの。あ、でも足や腕なら揉んでも大丈夫かな」
「じゃあそれやって」
「リュカもやってー」
三つ編みに飽きたリュカはシグラの頭の上にむぎゅっと座ってしまう。慌てて退かせたが、シグラからの反応は特に無い。
「シグラ?」
顔を覗き込めば、彼はすやすやと眠っていた。
起こさないように彼の頭にそっと手を置く。
「……可愛いのになあ……」
昨夜シグラから流れて来たブネの記憶を見たからか、今日はいつも以上に彼に優しくしたい欲求がふつふつと湧き上がって仕方がない。
起こさないように撫でていると、レンとリュカが自分も自分も!とシグラの頭をぐにぐにと撫でだした。大人の真似をしたがる年頃なのだろうか?彼を起こすのは可哀想なので、慌てて2人の撫でる手を止めさせた。
「さてと」
そっとシグラの上から降り、レンとリュカにも静かにベッドから降りるように指示をした。
アウトドアチェア2つを用意して「ここに座っててね」と2人に言うと、寝室に置いている小物入れから顔や体に使えるクリームを取り出してダイネットへと戻る。
チェアに座っている2人の前に座ると、手のひらにクリームを出す。まずはレンかな。
「足裏マッサージするねー。痛かったら言ってね」
「くすぐったーい」
「リュカにもやって、やって」
「ちょっと待ってね」
レンの両足を済ませてから今度はリュカの小さな足をくにくにと揉むと、彼女はきゃっきゃっと楽しそうに笑った。
「気持ち良い?」
「ふふふふー、ママにもやってあげる!」
そう言うとリュカは手を伸ばして私の手を取ってむにむに揉みだした。それを見たレンも真似て同じように反対の手を取り、むにむにと揉んでくる。
2人とも小さな手だ。可愛いなあ。
「ねえ、二人とも。お外が晴れて明るくなったら写真撮って良い?」
「「良いよー」」
元気な返事をくれた。
「ん……?」
ぱちっとシグラの目が開いた。
「あ、ごめんね。煩かった?」
「……ううん、だいじょうぶだよ。どらごんの、おすのけはいが、ちかくにきたから、おきたの。うらら、けっかいはっていい?」
「ドラゴン?え、結界って……」
「ぶれすをはじくやつ……あ、ごめんね、はっちゃった」
必要と思ったら張ってしまうのだから、それは仕方ないけど……。シグラが無理していないだろうか、と彼の胸に手を当てる。少しだけ鼓動が速い。
私の手にシグラの手が重ねられる。
「ぶれすをはじくけっかいは、すこし、ちからをつかうからね」
「大丈夫?休んでて、シグラ」
シグラの肩を撫で、寝かせようとしていると、外からキララの賑やかな声が聞こえて来た。
「わわわわっ!!急にどうしたんだ!」
エントランスドアが開き、キララを抱えたライが飛び込んでくる。
ライの表情は少し硬い。
「どうしたの、ライ君!」
「殺気立っているドラゴンの気配がするから、車内に入った方が良いと思いまして」
「殺気立ってるの!?」
だからシグラはブレスに対応する結界を張ったのか。
「コウはアウロさん達に事情を話すためにククルアさんを連れて馬車の方へ行きました」
シグラはライの言葉を聞いて、こくりと頷いた。
「しぐらのけっかいのそとに、でなければ、あんぜんだよ」
何が起きているのか、シグラに訊こうと顔を上げたその瞬間、窓から目映い光が差し込んできた。思わず目を閉じると、すぐに誰かの腕が私の身体に回された。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫?お姉ちゃん」
「まぶしかったね、ぼうしのけっかいも、はっておけばよかった」
「し、シグラ、ライ君、レン君……」
シグラとライとレンに、私とキララとリュカは一緒くたに抱き締められていた。
「防視の結界は外から見るとかなり悪目立ちするから止めて下さい」
ライは冷静なツッコみこそするが、彼の腕は震えている。
「ライ君、大丈夫?」
「……はい、すみません。沢山の殺気とドラゴンのブレスで、震えが止まらなくて」
「え……?今の、ブレスの光だったの!?」
何が起こっているのかわからず頭が混乱しだした時、外が騒がしくなった。
窓の外を見ると、納屋の中に居た御者達が納屋の入り口を指さしているようだった。




