聖女の加護
ライ達の話を聞き終えると、時刻は丑三つ時になっていた。今日はこれでお開きにして、パルを探しに行く作戦会議はまた後日にしようと言う事になった。
私はシグラに手伝ってもらいながら寝室を元に戻し、バンクベッドに寝かせていたキララとリュカを寝室に移す。ダイネットで眠っていたレンはシグラが引き取った。
「ここに居る間は檻の結界は張らないと思うから、室内で寝なさいね。何なら、宿屋の方にも一部屋とってるから、そっちで寝ても良いし」
私がそう言うと、ライとコウは顔を見合わせた。
「じゃあ俺はバンクベッドで寝たい。こういう所で寝てみたかったんだよなー。ライはどうする?二人でも余裕で寝れそうだぞ」
「僕はレンが寝てたところで良い」
眠る場所については特に揉める事も無さそうだ。それなら……。
「私はシャワー浴びてくるから、シグラはダイネットの方で待ってて」
「わかった」
ダイネット部分とシャワー・トイレ・寝室を区切るカーテンを閉めて、シャワールームへと入る。
シャワーを浴びていると、少しだけダイネットでのシグラ達の会話が漏れ聞こえて来た。
「エロいことするなら、きちんと防音とかの結界張ってやってくれよ」などと碌でもない会話だ。この口調はコウだろう。
シグラも「えろ?」と訊き返さないでほしい。
―――おのれ、思春期の男子め!
シグラに余計な知識を吹き込もうとするなら、すぐに飛び出して止めさせないといけない。そう思い耳をそばだてたが……。
「シグラさん、これ何かわかる?教会から持たされたんだけど……」
ライが会話の流れをぶった切ってくれたようなので、ほっと息を吐いてシャンプーの液を手のひらに垂らした。
「はあ……」
シャワーで泡を流しながら、ライ達が聞かせてくれた彼らの両親とブネの番の話を反芻する。
それは私からすればお伽噺のようなものだった。
まず、この国には世界征服を企む王女がいて、彼女は戦力の為に多大な犠牲を払いブネを番にした。
ブネは王女に手荒に扱われ、身も心も疲弊していた時に賢者として召喚されたウララが現れる。そしてブネは優しく接してくれた賢者に恋をし、賢者を殺そうとした王女にブレスを喰らわせてしまうという話だ。
ブネにとっては辛い思い出のようで、あまり詳しくは話したがらないので詳細までは知らないとライは言っていたが、何と言うか……。
私には恐妻が嫌で他に癒しを求めたドラゴンの話としか思えなかった。
シグラの事が好きだからブネの事を擁護してあげたいのは山々だし、手荒に扱われたなど情状酌量の余地はある。しかし曲がりなりにも番になったのは王女だ。彼女を差し置いて賢者の事を好きになったら駄目だと思うのだ。
それでもなってしまったのなら、きちんと話し合って番関係を解消すべきだと思う。……番関係が簡単に解消できるのかは不明だけど。
結局最後には王女にブレスを吐いているし、賢者を守る為としても過剰防衛だと思う。
ライも私と同じように感じているようで、だからシグラに対して棘のようなものがあるのだとコウに教えて貰った。
そのコウはというと「俺は不誠実な事は何も無いんだと思うよ」と言いきった。その根拠はと訊くと「不誠実を嫌う母さんが父さんと何の問題も無く結婚して毎日いちゃいちゃしているのが何よりの証拠」と持論を聞かせてくれた。
それはちょっと私の事を信じすぎているような気がするけど……。
まあ、詳細が解らないのだから何とも言えないのは確かな事だ。
もう一度溜息を吐くと、シャワーのコックを捻った。
シャワールームから出ると、髪を拭きながらダイネットへ向かう。
「どうしたの?」
シグラ、ライ、コウの3人が輪になって何か話し合っていた。シグラの手に何かの瓶が握られているようだ。
「これ、神殿から貰ってきた水なんスよ」
「水?」
私もシグラの傍に寄って、彼の握るそれを見る。何の変哲もない普通の瓶でコルクの栓がされている。そして確かに中には無色透明の液体が入っているようだ。
「聖水らしくて、怪我に良く効くからどうぞって。効果があったらお友達にもぜひ勧めてねって言われたんス」
「へえー」
布教用ということだろうか。
シグラから瓶を受け取り、きゅぽんっと蓋を開けた。匂いを嗅いでみると、少し甘い匂いが……
「うらら!」
シグラが慌てて私から瓶を取りあげた。
「ど、どうしたの?」
「うらら、なんともない?へんな、かんじしない?」
「え?」
急に態度が変わったシグラに、目をぱちくりさせる。
ライもコウも「急にどうしたの?」というような感じで不思議そうにしているので、私だけがシグラの行動に驚いているわけではなさそうだ。
「うららの、たましいが、へんなうごきを、したから」
「魂?」
確かにシグラは魂を視る能力があるけど……。
「かごを、もらうまえの、うごきだった」
「!」
咄嗟に瓶から距離を取った。
「ライ君、コウ君!加護は危険なの!貴方達も離れて!」
加護の怖さを知らないライとコウは「加護の何が悪いの?」と首を傾げている。
加護を貰った者は加護を与えた者に服従させられる。私達の身近に居る者としてはルランがそうだ。彼も加護のせいでシグラの忠実な手足となっている。
以前ナナーにも忠告されたが、私はシグラの番として、誰からも加護を貰うわけにはいかなかった。
「らいたちは、どらごんだから、かんたんにはかごはつかないよ。それより、もんだいは、うららだよ」
「ど、どうしようシグラ。私、加護ついちゃうの?」
「まだ、ついてない。でも、たましいのうごきが、すこしおかしい」
「どうしよう!やだ……」
「うらら」
シグラは聖水の入った瓶にコルクをきつく捻じ込んでライに放り投げた。
そして私の両肩に手を置き、真剣そうな顔で私の顔を覗き込む。
「うららのたましいを、さわっていい?」
「触るの?それって、どうなるの?」
「うららのたましいを、おちつかせるの。きっと、かごをあたえようとする、つよいえいきょうりょくをかんじて、おびえているだけだから」
「お願い、シグラ。触って!」
「ほんのすこしだけ、きおくがきょうゆう、されるかもしれない。でも、ほんのすこしだから」
記憶の共有。シグラとだから、構わないかと思う。
「あ、あまり私の恥ずかしい記憶見ないでね」
そこまで恥ずかしい生き方をしてきたつもりはないが、内緒にしたい事はそれなりにある。シグラは苦笑した。
「どちらかといえば、しぐらのきおくを、うららに、あたえるほうが、こわいんだけど……」
あああ、それもそうか。出来るだけスプラッタ的な物はありませんようにと心の中で願いつつ、シグラに再度触ってくれとお願いをした。
「加護が付く方が危険だから、お願いシグラ」
「わかった」




