神殿と雷
「いいてんき、だね」
「……うん」
神殿傍の公園のベンチで、シグラを真ん中にして私とレンは彼に凭れ掛かっていた。レンは純粋に眠っているだけだが、私の方は……
「うらら、だいじょうぶ?」
「……うん」
まさか、神殿が野戦病院のような場所だったとは思わなかった。
神殿にやってきた私達がまず見たのは、テレビなら確実にモザイクが掛かっているような状態の兵士達の列だった。血の臭いが充満していて、慌てて鼻と口を手でふさいだ。
私達が驚いていると、神殿関係者が『聖女の神殿が近くにあるので、この街の軍隊ではかなり厳しい訓練をしている』と教えてくれた。
その時点で私はキララに「もう帰ろう」と提案したのだが、キララとコウが自分達だけでも見学に行ってくると譲らなかった。
子供だけで行かせるのは危ないと言っていたのだけど、丁度その時、自力で歩く事も出来ない重傷患者を乗せたタンカが横を過って行き、そこで私の意識は途切れた。
気が付いた時には、シグラに抱きかかえられた状態でこの公園に居たのだった。
彼から私が気絶した後の事を聞けば、ビメがいるから大丈夫だろうと、キララ、ライ、コウ、リュカ、ビメは神殿の見学に行ったという。
レンは私やシグラから離れたくないと言って、私達に付いてきたそうだ。
「ライ君とコウ君はしっかりしているし大丈夫だよね。誘拐犯の類がいてもビメさんが守ってくれるだろうし……」
「そうだね。それに、しぐらも、ちゃんとけっかい、はっておいたから」
暫くぼんやりとしていたが、夏の生温い風が公園の木々を揺らす。
空を見上げると、入道雲が出ていた。
「雨、降るかな?」
「どうだろう。くるまに、もどる?」
「でも、キララ達の事を待っていないと……」
「くるまにもどったら、あうろたちにたのんで、ねんわをとばして、もらえばいいよ」
ドラゴンであるビメ達には念話は通じないが、人間のキララには有効だ。
「そう、だね。それに、確かキララはロナちゃんと念話が出来る魔道具も付けているし、やり取りできるんだったっけ」
私が頷くと、シグラは私とレンを抱き上げた。いつもなら自分で歩くから下ろしてくれと言う所だけど、今はその元気はない。
シグラの肩越しに、神殿へ向かう兵士達の姿が目に入る。ぼたぼたと血が垂れているようだったので、咄嗟に目を瞑り、シグラの肩に顔を押し付けた。
■■■
あれだけ晴れていたのに、車に戻った頃には空は真っ黒な雲に覆われていた。
これはいつ雨が降ってもおかしくない。ソーラー発電の為に外に駐車していたが、早々に駐車用の納屋にもっていった方が良いだろう。
嵐対策の為なのか、納屋は頑丈な造りになっている。これならシグラが檻の結界を張らなくても済むはずだ。
そうシグラに伝えると「そうだね」と笑顔で頷いてくれた。
結界は必要だと思えば勝手に張ってしまうのだとシグラは言っていたが、負担の大きい檻の結界を必要と思う事は滅多になく、普通は負担の少ない物理反射と魔法反射と害意を弾く結界があればほぼ事足りる、というのはアウロ談だ。
つまりシグラに檻の結界を張らせない為には、私達が安全な場所に居て、彼に檻の結界までは必要無いと思わせればいいのだ。
「最近はずっと夜の間は檻の結界を張ってたんだから、ここに居る間はきちんと休もうね」
「うん」
車を納屋に移す前に、馬車の中にいるアウロと話をしようと思い、馬車の扉をノックした。返事がした後に扉を開ければ、ヒンヤリとした空気が出迎えてくれた。
「精霊魔法で空調を整えているんですよ」
「便利ですね。でも良かった、馬車ではエアコンが使えないから熱中症とか心配してたんですよ。あ、それでですね……」
一頻り感心した後、車を動かす旨と念話の事を話した。
「了解しました。念話ならロナにさせましょう」
アウロは馬車の居住スペースと荷物置き場を区切る扉をノックして「しゃおしゃおー」と声を掛けてくれた。ロナが作業部屋として使っているのは、荷物置き場の一画だ。その荷物置き場から「しゃおしゃお」とロナの声が返ってくる。
「ロナが言うには、キララさん達は今、神殿を見学中だそうです。帰る時に雨が降っていたら雨宿りするから、遅くなるかもしれないと」
「暗くなるようなら迎えに行くから、連絡しなさいと伝えて貰えますか?」
「わかりました」
傘はあったかな?
バスコンの方の収納を探そうと身を翻すと、その途端に大きな音が辺りに響いた。雷だ。
「凄い音ですね。もしかして何処かに落ちましたかねえ」
「本当……。キララ、大丈夫かなあ。あの子、雷が……」
「苦手ですか?」
「いいえ、その逆です。物凄くテンションがあがって、冒険に行きたくなる性質でして」
ライやコウ達に迷惑を掛けなければいいんだけど……。
車を納屋に駐車した後、きちんと綺麗に停められているか確認の為に一旦車外に出る。
「ひゃっ!?」
ピカッと光ったので心の中で数字を数え、2、と数えたところで大きな音が響く。かなり近くだ。
まだ雨は降っていないが、冷たい風が吹いているので、確実に土砂降りの雨が降るだろう。
「シグラ、車の中に入っていよっか」
車の方へ向くと、すぐにシグラに抱き寄せられた。
「ど、どうしたの?」
「おすが、きた」
彼はすぐに私を背中に隠す。すると間もおかずに数人の人影が納屋に走り込んできた。
姿からして兵士のようだ。
兵士は私達に気が付くと、ぺこりと会釈をした。
「多分、雨宿りをする為に来た人達だよ。警戒しなくて大丈夫だよ、シグラ」
「うらら。しらないおすに、ゆだんしちゃ、だめ」
「うっ、御尤もです。ごめんなさい」
異世界だからと気を引き締めているつもりだけど、やはりどこかで抜けている自分がいる。
この油断のせいでシグラに余計な気苦労をかけ、なおかつ結界が必要だと思われるのかもしれない。気を付けないと……。




