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妖精香:(村人視点・後半からシグラ視点)

母と二人で食事を取る。食卓はいつもと代わり映えのしない、野菜メインの皿が並ぶ。

村の代表として大きな屋敷に住んでいるが、食卓は他の家庭と大差ないだろう。いや、肉料理が無い分、他よりも質素かもしれない。


『今日はどういう訳か、客人が多いねえ』

『黒竜が出たらしくて、それでジュジラの街に入れなくなっているらしい』

『そうかい。黒竜様様だねえ。これで新しい血が入ってくれる』


野菜の煮物を食べる。偶には肉料理が食べたいが、俺の母は獣臭さが苦手だと言って、作ってくれない。

嫁が出来ればなあ。

そうは思うものの、村の娘は野暮ったくて食指が動かない。


昼間に屋敷で見た客人達を思い出す。

子供から年増までいたが、俺の目には全員垢ぬけた綺麗な女性ばかりに映った。


しかし、そのような娘がこのような田舎に嫁に来るとは思えない。実際、俺の話に興味の欠片も無いような様子だった。その中で、たった一人真剣に話を聞いてくれた娘がいた。艶々とした黒髪と、白い肌。何より胸の大きさが印象的な娘だった。

隣にシミ一つない綺麗な顔をした男がいたが、恐らく夫だろう。そして反対隣には夫とそっくりな少年もいた。……子供だろうな。絵に描いたような幸せな家族。

だが、熱心に俺の話を聞いていたのだから、彼女は今の生活に見切りを付けている証拠だと思えた。

一見幸せそうな家族であろうとも、どこかに綻びがあるものだ。


食事の後、村の男衆数名を屋敷に呼んだ。全員不貞腐れたような顔をしている。血の為とはいえ、他所の男に村の女を差し出すのが気に食わないのだろう。


『嫁に迎えたい者がいる。夜這いを手伝え』

『遂に嫁取りですか?若旦那。このタイミングということは、お客人に良い人がいましたか』

めでたいなあ、と男達は祝ってくれた。

『宝石か何か、贈り物は用意していますか?このまま素の状態で夜這いに行ったところで、失敗しちまいますよ』

男の一人がそう言うと、同意する声がいくつか上がった。確かに、俺が嫁になれと言ったところで、女にも選ぶ権利はある。

しかし、俺には勝算があった。


『これは?』


懐から小袋を皆の前に出した。

『妖精香だ。お前らは見るのが初めてか?』

男達がどよめく。効能だけは知っているのだろう。

『お貴族様が使う催淫香じゃねえか。何処で手に入れたんです、若旦那』

『ちょっとした伝手でな。俺の夜這いを手伝ってくれたら、お前らにも分けてやる』


妖精香とは妖精草と毒蛙の毒を混ぜ込んだものの事で、これに火を付ければ、身体の自由を奪い綺麗な幻覚を見せてしまう成分を出す。そして催淫効果があり、とんでもない快楽を与える事ができるらしい。依存症も誘発し、手籠めにしたい相手がいるならこれを使うのが確実だそうだ。


『でもこれ、俺らも幻覚にやられるんじゃないですか?お貴族様はどうやって使っているんです』

『この玉を飲み込めば良いらしい』

小袋を傾け、虹色に光る小さな玉をいくつか手のひらに転がした。

『それは?』

『人工魔法核って名前だったかな』


魔法の核を体内に入れる事で、魔法が使えるようにならないかと錬金術師が研究した結果、出来た物だそうだ。

核の力が微弱すぎて、これを飲んだところで炎を出したり水を出したりすることは出来ないが、妖精草の神経攻撃からは身を守れるらしい。

『これを飲んで副作用は?』

『無いと聞いた。胃の中で全て溶けるらしい。まあ、お貴族様が使うような物だから、変なものじゃないだろう。溶けるまでの間しか神経攻撃は防げないが、10時間は持つって話だ』

男達は口々に『すげえ、すげえ』と言い、俺の手のひらから玉を取ろうとしたので、咄嗟に握りしめた。


『これをお前らにやる条件、覚えているな?』

『若旦那の夜這いを手助けするんでしょう?』

『誰を夜這いするんです?』


男の一人が食い気味に訊いてくる。こいつは門番だから、客人の女のことは一通り知っているのだろう。

『名前は知らんが、胸のでかい、黒髪の女だ』

『ああ、あの姉ちゃんか。確かウララって名前だったような。でもあの姉ちゃんには旦那がいましたよ?あと多分子供も』

『関係ない、抱いたもの勝ちだ。妖精香で女の夫は動けないから楽勝だ』

何なら、男の目の前で犯すのもいいだろう。心を折ってくれれば、離縁もしやすかろう。子供は此方が引き取る事になっても、人手が増えて一石二鳥だ。

その事を男達に話すと、趣味が悪いと笑われた。



■■■



風習の件もあるので、今夜はアウロとククルアには馬車の方で眠る様に言っておいた。何かあれば深夜に叩き起こされて車から締め出されると察したのか、2人は喜んで馬車の方へ移った。ロナは今も作業中だが、アウロと共に馬車で眠るだろう。

ライとコウは車に居ても構わなかったのだが「檻の結界を張るなら、何処で寝ても同じ」と言って馬車の二階にクッションを敷き詰めてゴロゴロしていた。

ビメの居場所は知らない。私の檻の結界の中にいると自由に動けない事を昨夜、身をもって知ったからか、結界を張る前に姿を消していた。


車に居るのは私とウララとキララとリュカとレンの5人。

時刻は22時過ぎ。

ウララはシャワールームにいて、キララとリュカは既に寝室で寝息を立てている。レンは私の膝の上で舟をこいでいた。

ウララが一番柔らかいが、レンも柔らかい。リュカもだ。今日ビメがリュカの頬を容赦なく突いていたが、酷い事はするなと注意した方がいいだろう。奴はウララの胸に痣を付けたという前科があるので、油断できない。


音が出る物は全て切っているので、ウララがシャワーを浴びる音がよく聞こえる。


何だか落ち着かなくて、ダイネットの傍の窓のカーテンを少し開けると、ちらちらと松明の灯りが見えた。人間達が松明を片手に、村を歩き回っているようだ。迷惑な風習だ。


そう言えば先程からずっと、複数の雄の気配がこの車の傍にある。まさかとは思うが、ウララを狙っているわけではないだろうな?……想像しただけでも苛々する。


「……え?」

「うらら?」

ガタン、とシャワールームから物音がして、慌てて様子を見に行く。


「どうかした?」

「あ、シグラ……、よくわからないんだけど、急に体から力が抜けちゃって……どうしよう、動けないの……」

扉を開けていいかと訊ねると、その前に収納籠に入れている新しいバスタオルを取って欲しいと言われたので、差し入れる。


「は、恥ずかしいから、あまり……見ないでね」

扉を開けると、差し入れたバスタオルで前だけを隠して、床に座っているウララがいた。

喉が鳴りそうだったが、慌てて我慢する。


「どうしたの?どこか、いたい?」

「ううん、何処も痛くないし、怪我もしてないよ。ただ、身体の力が抜けちゃって。でもこれ、最近経験した感覚に似てる気がする」


出っ放しだったシャワーを止め、シャワールームの中に予め用意してあったバスタオルでウララの身体を包み、横抱きにして抱き上げた。


「ごめんね、シグラ。濡れちゃったね」

「だいじょうぶだよ」


ウララを抱いたまま寝室に続く階段に座る。

身体が冷えてはいけないので、魔法を使って温風で彼女を包む。


「それで、なにに、にているの?」

「妖精草の症状。幻覚は無いけど、力の抜け方があれと一緒なの」


ウララを泣かせた忌々しい草か。

あれは魔法を使う者には効かないので、私には何も感じる事は出来ない。

妖精草の神経攻撃はドラゴンの涙などの体液で治す事が出来るが、元を無くさなければ、またその攻撃を受けてしまうだろう。

妖精草の成分を吸わなければ良いのだろうが、それを遮断するには、空気の流れも遮断しなければならない。人間は酸素が無いとすぐに死んでしまうので、それは出来ない。


「げんかくは、みていないんだね?」

「うん。でもね、今がとても幸せだから、幻覚が見えてもそこまで悲しい気持ちにはならないと思うよ」

ウララはふわっと微笑むと、私の頬に口付け、首筋に顔を寄せた。


動けない。いや、動きたくない。


治さなくても大丈夫な程に症状が軽いなら、ウララをこのまま寝かせ、元凶を根絶してこようと思ったのだが……。甘えてくる番を振り切って外に出る事が出来るドラゴンの雄がいたら、会ってみたい。


「うらら……」

柔らかくて良い匂いのする身体を抱きしめて、彼女の頭に頬擦りする。

幸せ過ぎて震えてしまう。

「シグラ……良い匂いがする。好き……」

ウララの腕が背中に回り、更に密着する。身体を包んでいたバスタオルも肌蹴け、今にも床に落ちてしまいそうだ。

いつもより積極的に私に触れてくる。嬉しいのだが、何となく違和感が……。


―――ウララは、このような事しないのでは?


いつもの彼女なら、ここまで密着する前に顔を真っ赤にして「嫌じゃないけどまだ駄目」と言う筈だ。

顔を覗き込むと、トロンとした目と目が合った。

その目を見ていると、ウララがいれば違和感などどうでもいい、そんな気分になる。


「シグラ!お主らの近くで村人が妖精香を焚いておるようじゃ。加減の知らん者が使っておるようじゃから、早う止めさせるか、効果が届かぬ場所まで移動するんじゃ!」


耳元でアガレスが大声を出し、現実に引き戻された。


「妖精香は神経をおかしくする成分が凝縮されておる。これを普通の人間が大量に摂取すれば、後遺症が残る可能性があるぞ」

「こういしょう?」

「人によって症状は違ってくる。じゃが人間は心も体も脆い、ドラゴンの血では治せぬ事が起こるやもしれんぞ」


「そ、それはだめ……!」


ウララを害するような事は放ってはおけない。

「うらら、ちょっとまってて」

「……シグラ、私の傍にいてくれないの?行かないで……」

「あわわわわ」

バスタオルが2枚とも足元に落ちる。


抗いたくないが、ウララの為にも抗わなくては!


目を固く閉じて、ウララを寝室に入れた。

なおも私を呼ぶウララの声を振り切り、車の外へ出る。


「はあ……はあ……」

外の少し冷たい空気を思いきり吸い込んで、ゆっくりと吐く。

時空の概念と争った時よりも、力を使った気がする。


妖精香はどこにある?もういっそのこと村ごと消し去ってやろうか。

苛々しながら、人の気配がある方へ向かった。



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