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金竜の行方:(前半はキャリオーザ視点・後半はシグラ視点)

『ブニが戻ってこない?……あの、無能が!』


金竜を殺すためにプルソンルラに遣ったブニが数日経っても戻ってこない。金竜に返り討ちにあったのだろうか。

人間に擬態させているドラゴンを目の前で跪かせ、肩を踏みつける。ビクともしないのが腹立たしい。


―――しかし、ブニを返り討ちにするほどの力を持つドラゴンか……


人間とドラゴンの間に出来た子供ドラゴンは、ざらに金竜となる。


以前、奴隷女にドラゴンを産ませて頭数を増やすという、ドラゴンの生産工場を試験的に作った事があった。

わたくしのドラゴン達に何度か奴隷の女を宛がい子を作らせたのだが、その8割方が金竜となった。全てが金竜になったわけではないが、自然界で金竜は観測されたことは無いので、“金色”は人間が産んだドラゴンの色と言って差し支えは無いだろう。


まあ、8割方といっても、生まれた子ども自体が少ないので、これも正確な数字ではない。

異種間では子は産まれにくく、更に番以外の女を相手にするのが相当ストレスになるのか、生産に携わらせた雄ドラゴン達はすぐに死んでしまい、効率が悪かったので早々に生産工場は閉鎖したのだ。


しかも理由はわからないが、生まれたドラゴン全てが何処かしら異常のある個体ばかりで、殺して素材にしてしまう他なかった。


私は人間が産んだ正常なドラゴンの存在を知っているから、この工場に何か問題があるのだろうが……。


一応、別の種族の雌とも交配させたが、やはり結果は同じで、異常のある個体ばかりが生まれた。

兵隊を増やすつもりだったわたくしとしては大失敗だった計画を思い出し、苛々して目の前のドラゴンの頭を踏みつけた。


プルソンルラに向かった金竜がいると聞いた時、最初に考えたのは閉鎖したドラゴンの生産工場から何かの手違いで金竜が逃げ出したという可能性だった。そしてその次に人間の女がドラゴンと番になっているという精霊教会で囁かれている噂のことを思いだした。


生産工場から逃げ出した個体ならば、わたくしに恨みを抱いている可能性がある。わたくしの命を脅かす存在は潰さなければならないが、所詮素材にしか使い道がなかったドラゴンだ。そこまで脅威は無い。


問題は後者の、ドラゴンの番となった人間が生んだ子である場合だ。わたくし以外でドラゴンを従える人間がいるのは、脅威になる。そしてその人間の戦力である金竜は必ず殺さなければならない。


そう、思っていたのだけど。

わたくしはたった今、ブニを返り討ちにするほどの力を持つドラゴンが欲しいと思ってしまった。

“ふふふ”と思わず笑いが零れる。


―――わたくしの番にしてしまえば良いんじゃないかしら?


敵だから脅威なのだ。味方にしてしまえば、そっくりそのままその戦力はわたくしの物になる。


『わたくしをプルソンルラに連れて行きなさい』

わたくしの命令にドラゴン共は淡々と頷いたが、従者の男が『危険だ』と逆らった。

『ブニですら歯が立たなかったドラゴンがいるのです。どうかお止め下さい!』

『わたくしは連れて行けと言っているの。お前にそれを止める権利があるとでも?』

最近のお気に入りの従者だが、面倒な事を言うならば首を切ろうかしら。……まあ、いいわ。今は金竜の事で頭がいっぱいだから、見逃そう。


わたくしに意見する思い上がった従者は捨て置き、ドラゴン達を引き連れて、尖塔の上へ向かう廊下を歩く。


すると、賢者の部屋から出て来る王太子と偶然鉢合わせてしまった。


『ああ、叔母上。此方に何か用ですか?』

王太子は少しやつれている様子だ。王族の者が口々に今回の賢者は扱い辛いと言っていたが、その言葉に間違いはないようだ。

淑女の礼を取り『尖塔へ、景色を見に参ろうかと』と微笑んでさしあげた。

他の男ならばわたくしの微笑みに対して蕩けたような笑みを返すが、この生意気な甥は張り付けたような笑みで『そうですか、風が強いので、お気を付けて』とだけ言って、わたくしの前を通り過ぎて行く。


気に食わない。


南の国の香しい香辛料も、東の国の珍しい織物も、西の国の貴重な宝石も、北の国の見目麗しい男達も。わたくしは、欲しい物なら何でも手に入れて来た。

唯一手に入らなかった物は、王位の座だ。


わたくしよりも“上”の座にいる者が憎くて仕方がない。


無能な兄から生まれた、血筋だけで王太子となっただけの、凡庸な男。

わたくしの計画に気付くはずもなく、今だって無防備にその背中を此方に向けている。


わたくしが一言『王太子の首が欲しい』と言えば、わたくしの後ろに控えるドラゴン共がすぐにその首を跳ね飛ばすのに。でも今はまだその時ではない。まだ準備が整っていないのだから。



尖塔を登ると、王太子が言ったようにビュウビュウと風が吹いていた。しかしこの程度で怯みはしない。ドラゴンに命じて尖塔の壁を壊し、欠片を拾わせた。


これは“不可視の魔石”だ。


賢者を隠すための“不可視の力”が絶えずこの尖塔を包み込んでいる為、その力が溶け込んだこの尖塔の壁は“不可視の魔石”と化しているのだ。これを使えば完全に不可視となり、例えドラゴンに騎乗して王都上空を回ったとしても、誰にも気づかれる事はない。

量が少ない為に贅沢に使う事は出来ないが、とても便利な物である。


元々賢者の住まいの近くは王族と限られた使用人以外は立ち入り禁止だ。その上、わたくしのお気に入りの場所だから独占したいとお父様(前国王)にお願いし、それを聞き入れて下さったので、王族たちですら此処に近寄る事は出来ない。

だから、此処がこのような魔石になっている事は、わたくししか知らない。

賢者の部屋の壁も同じように不可視の魔石になっているだろうが、部屋の壁など目的もなく壊すものではないので、気付かれることはないだろう。


尖塔に用意されているわたくし専用のソファに座り、それごとわたくしに檻の結界を張れとドラゴンに命令する。ドラゴン共は愚かで気が利かない為、いちいち命令をしなければ結界一つ張ろうとはしない。

まあ、道具に自主性は不要なので、矯正しようとは思わないが。


不可視の魔石を使い、適当なドラゴンの一頭に擬態を解くよう命令する。

『わたくしを連れて、プルソンルラへ。他のドラゴン達は人間に擬態したままこのドラゴンの背に乗りなさい』



■■■



それは真夜中、眠る前にウララと会話をしている時だった。

それなりに大きな気配が近づいてくるのを感じ、咄嗟にウララを抱き寄せた。


「シグラ?どうしたの?」

「ううん、なんでもないよ。ただ、おすのけはいが、するから……」

“雄の気配”と言っておけば、ウララは納得してくれる。それに実際間違ってはいない。この大きな気配は雄の物だ。そして恐らくドラゴンだろうが、ウララにいらぬ心配はかけたくはないので、この事は黙っておく。


「雄って、ライ君たちの事?」

「ちがうよ。そとにいる、やつだよ」

「ああ、スラムの人達かあ」


結局あれから私達は街の中に戻れずに、スラム街の傍で車中泊をすることになった。

馬車にライとコウが眠っていて、車の方ではウララと共にキララとリュカが寝室に、その傍の廊下で私とレンが。ダイネットにはククルア、バンクベッドにアウロとロナが眠っている。

どうでもいいが、ビメは馬車の上にいるようだ。


ウララは“シグラ(わたし)がスラムの人間を警戒している”と素直に勘違いしてくれて、大人しく私の腕の中に収まってくれた。そして、宥めるように手を伸ばして私の頭を撫で始めた。

「気配がわかるのも、大変だね」

彼女の手はとても気持ちが良い。マルコシアスのような犬に擬態すれば、もっと触ってくれるだろうか?

そんな事を考えながら、ぼんやりとウララの顔を見ていたが、気に障る気配が更に近づいてきたので、我に返った。


少し力を使うが、檻の結界をドラゴンのブレスにも耐えられるように強化しよう。重ね掛けしても良い。

ウララの身に何かあってからでは遅いのだ、やりすぎぐらいが丁度いい。


「シグラ、今結界張った?」


指摘されてびくりと身体が震えた。

「は、はったけど、どうして、わかったの?」

「心臓の音が凄く速くなってる。鼻血は?」

頬をウララの両手で包まれたかと思うと、ぐいっと彼女の顔の近くまで引っ張られた。

「う、うらら……」

「……大丈夫そうだね。前にも言ったけど、丈夫だからって自分を適当に扱わないで。今は人間の姿なんだから、身体の負担を考えないと」

「……うん」

「……私はシグラの事が大事だから言っているのに、本気にしてないでしょう?その……」


ウララはもじもじとした後、顔を真っ赤にして、先程よりも顔を近づけ……ちゅっと私の唇の端に口付けをした。


「うらら?」

「貴方が好きなの」

「……」

「あ、愛して、るの……」

「あい?」


余程言い慣れていない言葉なのか、ウララは耳まで赤くし、私の胸に額を当てた。そして「とにかく大事なの!辛い目に遭って欲しくないの!」と言い、私に抱きついた。


一瞬ぽかんとしてしまった。


愛、という意味は知っている。時空の概念に勧められた恋愛小説でよく見かけた言葉だ。確か、あれは……

「あ、あの、うらら。それって……」

小説の場面を思い出し、心臓がバクバクと音を立てはじめた。先程の結界を張った時以上の速さだ。


「こうびの、きょか、なの?」

「へ!?」


ウララはびくんっと身体を震わせ、すぐに「ちがうちがうちがう!」と首を振った。

そして全力で否定した後、更にウララは何かに気付いたように目を見開き「別に嫌なわけじゃないからね!そうじゃなくて、まだ婚前だから駄目なだけで!」と一生懸命に弁解をしだした。


ウララの勢いに圧倒されていると、ガチャリと無遠慮に車の扉が開けられた。


≪兄上、何か外がおかしいです≫

ビメだった。


ウララはビメを見ると、慌てて私の腕の中から出てしまった。それがとても残念で、原因となったビメを睨む。

≪勝手に入ってくるな≫

≪申し訳ありません。もしかして、交尾中でしたか?≫

≪違う。ただ抱擁していただけだ≫

ビメは不可解そうな顔で≪はあ≫と曖昧に頷いた。

さぞビメにとっては不思議な光景に見えただろう。ドラゴンの雌は交尾以外で雄と身体を密着させることは無いのだから。


≪それで、外の様子がどうかしたのか?≫

≪兄上も感じたでしょう、大きな気配を。恐らくドラゴンかと思われます≫

≪ああ≫

≪しかし不思議なのです。気配はすれど、姿はないのです≫


姿を消す能力でも持っているドラゴンなのだろうか?


≪今の所は攻撃などはうけておりませんが、どうしますか?≫

≪敵対していないのなら、放置で構わないだろう≫

≪しかし気になります。兄上、檻の結界を解いて下さい。私が調査に行って参ります≫

≪駄目だ。貴様はすぐに事を荒げる。気になるのなら、私の結界を自力で壊すか、もしくはアガレスに訊け。この結界は空気の流れまでは遮断していない≫


ビメはぶすっとした顔をする。私がウララの為に全力で張った結界なのだ、ビメ程度の力で壊せるわけがない。


≪私はもう眠る。目視で不測の事態を捉えたなら、また来るが良い。その時には結界を解いてやる≫

そう言うと、傍に居たウララを再度抱き寄せて、彼女の胸に顔を埋めた。その途端にウララが「ひゃいッ」と悲鳴を上げた。

「し、シグラ!ビメさんの前で恥ずかしいから!レン君もそこで寝てるし!それに駄目だよ?駄目だからね!まだ、婚前なんだから!添い寝だけだからね!」

≪さっさと出て行け。私の番が恥ずかしがっている≫

≪……わかりました≫


納得していないような、不貞腐れた声でビメは了承し、車の外へ出て行った。



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