大騒動:(前半はビメ視点)
壺の中に血を満たすまでの間のこと。
≪卵の孵化のさせかたですか?≫
兄上から思ってもみなかった事を訊かれ、オウム返しをしてしまった。
≪私の番は人間だ。孵化の事もだが、ドラゴンの子の育て方がわからないと不安になっている≫
兄上の番の雌に目を向ける。
相変わらず柔らかそうな雌だ。
≪子が出来たのですか?≫
≪いいや。だが、生まれてからだと遅いだろう≫
≪まあ、そうですが……しかし、教える事など何もありません≫
放っておけば勝手に孵化するし、雄が運んでくる餌を適当にやっておけば、勝手に大きくなる。
≪強いて言うなら、自分の傍に卵を置かない事でしょうか。卵の段階で踏み潰すと、流石に死にますから≫
とは言え、この柔らかい雌にドラゴンの卵を踏み潰せるような硬さも重さも無いだろう。まあ、この柔らかい雌が産むのだから、卵も柔らかいのかもしれないが。
≪私の場合は、面倒だったので檻の結界に入れておきました≫
≪そうか。それなら簡単だな≫
兄上は私との会話を打ち切り、番の雌と話しだした。私の知らない言語だ。
番の雌は兄上との少しの会話の後、私に向かって頭を下げた。どうやら感謝の意を表しているようだ。
≪ウララが教示を感謝している≫
≪そうですか。特別な事を言ったわけではないのですが、会心されたのでしたら何よりです。しかし兄上……失礼ですが、子は出来にくいことはご存知ですよね?≫
自分よりも弱い格下の雄に圧し掛かられる事をドラゴンの雌は嫌がるので、滅多に交尾などしない。実際私も吐き気がするので、末の息子が生まれた後は番の雄を近寄らせていない。かれこれ700年以上は経つのではなかろうか。
兄上たちの場合は兄上の方が格上なのだから雌は嫌がらないだろうが、今度は種族が違うことが壁となるだろう。
ドラゴンはどの種とも子を成す事は出来るが、それでも異種となれば出来にくい。
兄上は少し考えた後に≪先程金色の髪をした子供たちがいただろう≫と話しかけてきた。
≪いましたね。それが何か?≫
≪あれは15年後の未来の世界から来た存在だ≫
≪……≫
―――未来?
一瞬だが、呆けてしまった。
確か兄上の傍には時空に関する存在がいたようだが、それの能力なのだろうか?
兄上は言葉を続けた。
≪事実だ。子供達だけではない、私は未来の私に魂を触れられ、少しだけ情報を共有させられた≫
≪……≫
やはり俄かには信じられない。しかし兄上は冗談を言うような方ではないので、正否は別として一旦頷いておく。
≪それが、今の話と何か関係があるのですか?≫
≪金髪の子供2人、赤髪の子供1人、赤みを帯びた金髪の子供1人。あれは、私の子供だ≫
≪は?!≫
思わず手に持っていた壺が落ちそうになったが、兄上の番の雌が察知してそれを支えたので、落とさずに済んだ。
あれが兄上の子?
4人の子らは人間に擬態している為にどれだけの力があるか、いまいちわからない。それどころか、全員かなり人間に擬態する事が上手く、ドラゴンであることすらわからなかった。
≪……子供らの力は如何ほどで?柔らかいのですか?≫
≪能力は知らん。だが、ブニのブレスを喰らっても消滅しない程度には固い≫
≪ブニ?我らの弟の事ですか?≫
≪ブニは負傷して本調子では無かったようだがな≫
馴染みのある青竜の顔が頭に過る。
アレも兄上程ではないがそれなりに強いので、番探しには苦労していた。だから何度か見所のある雌をブニの住処にも放り込んでいたのだが、弟はいつの間にか住処から消えていた。自分から嫁を探しに行ったか、感心感心と思っていたのだが……そこから何故兄上の未来の子にブレスを吐くに至ったのだろう。
≪番の命令だと言っていた。ブニはあの子供達が私の子だとは知らなかったようだ≫
成程、ブニにも番ができたのか。喜ばしいことだ。
子供に向かってブレスを吐いて来いという命令を下すような雌とは、私は仲良くできる気はしないが。
≪そうですか。しかし、ブニのブレスを喰らって消滅しないとは、相当ですね≫
ブニのブレスは、成体のドラゴンを消滅する程度の威力はある。少なくとも私の末の息子は消滅する。それがあのような子供に耐えられたのだとすれば、相当子供の身体は頑丈なのだろう。しかし……
兄上の番の雌を見る。
―――兄上の子だと思えば納得だが、この雌の子でもあるからな
≪力をみたいです≫
≪駄目だ。此処でドラゴンになれば人間が騒ぐ≫
≪人間にバレなければ良いですか?ならば、別の場所で……≫
≪駄目だ。私の手が届く範囲から連れ出すのは許さない≫
海に目を向けた。
≪海底ならどうですか?海底ならば人間の目は届きません。そこで檻の結界もしくは、探知妨害の結界を張れば、気配を消す事も出来ましょう。それに、正確に力量を知っておいた方が、守りやすいと思いますが≫
“早く兄上の子の力を見たい”という逸る気持ちを抑えながら、兄上の出方を窺う。
幸運な事に兄上も私の言い分に一理あると思ったのか、不承不承に番の雌に声をかけてくれた。しかし返って来た答えは≪今すぐは駄目だ≫だった。
■■■
「あー……やっぱり」
ビメに血を渡してすぐにジュジラの街の門の前まで戻ってきたのだが、既にそこはとんでもない騒ぎになっていた。
ドラゴン出現の情報により警戒して街の門は閉じられ、門の近くにあるスラム街では暴動が起こっていたのだ。
騒ぎに巻き込まれない様に遠巻きで見ていると、門番のいる建物から多くの兵士が出てくるのが見えた。
兵士達は私達を素通りし、海岸へと向かって行った。恐らく彼らは斥候のようなもので、ドラゴンの出没地点の様子を見に行ったのだろう。
ビメはライ達の力を知りたいと言って、海の底なら人間の目は届かないので大丈夫だろうと提案したが、とんでもない。ドラゴン探索の為に暫くの間はそここそ人間たちの目が集中する場所になるだろう。
そのビメはと言えば、相当ライ達の事が気になるのか、血が手に入ったのに住処には戻らずに今は馬車の二階でライとコウの傍にいる。
ライ達はビメに警戒する素振りは見せていないが、そのうち折りを見て様子を見に行った方が良いだろう。何せ、彼女はシグラや自分の息子の住処に雌を放り込むという、結構めちゃくちゃな事をするドラゴンだから。
「街の規模の割に結構行動が早いですね。門が閉じるのも、ここまで早いとは思いませんでした」
アウロの言葉に「そうですね」と頷く。
門は門番の一存で簡単に閉じて良いものではないだろう。つまり、この街には既にドラゴン対策があり、ドラゴンが現れた場合はどうすれば良いかマニュアル化されているのだと思う。
「プルソンルラでのドラゴン騒ぎもあったからのう、過敏になっておるのじゃろう」
のんびりとした調子でアガレスが言った。
「それにしても困ったなあ。今日中にお屋敷に戻れないかもしれない」
時計を見ると18時過ぎだった。
「別に良いだろ、私らはキャンピングカーで寝れば良いんだから」
そう言うキララは呑気にダイネットでロナと一緒に貝殻を広げて見ている。
「ご飯どうするの?」
「何も無いのか?」
「何も無い事はないけど……」
エンジンを切り、運転席から居住空間の方へ移動した。
まずは冷蔵庫を開ける。お昼の残りの肉と野菜が入っていた。
それからパントリー部分を覗くと、7人(私・シグラ・キララ・アウロ・ロナ・ルラン・ククルア)が3日は食べられる程度の小麦粉とパスタと米があった。これはいざという時の為の非常食として、常時確保している物だ。そして調味料は一通りある。
うーん、と少し悩む。
「お好み焼き……は卵ないから、固めのもんじゃ焼きみたいな物になるのかな。それにしようか?」
「おー、それで良いぞ」
塩と小麦粉を水で溶かしてそこに切った野菜と肉を投入して焼くだけの簡単なモノだ。あり合わせの材料だけで作ったものだから、味は保証できないけど。
「ソースさえ美味しければ、それなりに食べれると思うし、我慢してね」
そう言い訳をしつつ、私は調理に取り掛かったのだった。




