海
私達が海へ向かったのは、買い出しから三日後の事だった。少し時間が延びたのは、ライ達の身分証が発行されるまで待っていたのだ。海は街の外にあるので、任務中という肩書が無い今、外に出てしまえば全員分の身分証が無ければ街に入れなくなるからね。
それにライ達の体力回復の為にも、この三日間は必要な期間だった。
そしてゴーアン侯爵から身分証を発行してもらえたその日。私達はバスコンに乗って海へ向かっていた。
「「海ー!海ー!」」
「しゃおーしゃおー」
ダイネットから、きゃっきゃと楽しそうな女の子達の声がする。キララとロナとリュカだ。
リュカは人懐こくて、すぐにキララ、ロナ、ククルアと仲良くなっていた。一方レンはまだまだ壁があるらしく、今日も助手席に座るシグラの膝の上にいる。まあ、人それぞれよね。
ライとコウも同行しているが、彼らは馬車が珍しかったようで、そちらに乗っている。それも2階にだ。私達は荷物置き場にしてしまっているが、本来ならそこにも乗客席がある場所なので、危なくはないだろうと思い許可をだした。……実際、ジュジラの屋敷に着くまで、ずっと檻の結界に閉じ込めた傭兵達を乗せていた場所でもあるし。
海岸近くの広場に車を停めると、既に水着に着替えていたキララとロナが元気よく飛び出した。
ちなみにこの世界に水着というモノは特に無く、シャツと短パン。もしくは下着姿で泳ぐらしい。
キララは流石に日本で買った水着を着用しているが、ロナはワンピースを脱いだだけの姿だ。
日本人の感覚では“ロナはあれで大丈夫なのかな?”と思ってしまうが、父親のアウロが何も言っていないので、まあ、問題はないのだろう。
アウロは暑さから“ひーひー”言いつつも、ロナの後を追っていく。
シグラとアウロはブーツを脱いでいるだけで、それ以外は普段と変わらない格好だ。あまり遊ぶ気は無いようだ。
「リュカは兄ちゃん達と一緒にいような」
馬車から降りて来たコウがリュカを抱き上げた。
リュカはシャツと下着姿で、ライとコウはシャツと短パン姿だ。
「レンも一緒に行こう」
ライがレンに手を差し伸べると、レンは私とシグラをちらりと見た後、ぶんぶんと首を振った。
「僕はここに居る」
「えーっと……」
ライが気まずそうに私達を見るので「大丈夫だよ」と笑いかけた。
「レン君は私達が見ているから、ライ君達は遊んでおいで」
「えっと、すみません」
ライは律儀に頭を下げると、リュカを抱き上げたコウと共に砂浜を歩いて行った。
バスコンの前に残ったのは私とシグラとレンとククルアの4人だ。
「じゃあ、私達は拠点を作ろっか」
バスコンから荷物を入れた袋とアウトドアチェア2つ、そしてテーブルを持ちだすと、砂浜の適当な場所でそれを下ろした。
袋から敷物を取り出して砂浜に敷き、飛ばされないように重しとして荷物を置く。
「テントも張っちゃおうかな」
「しぐらがやるよ?」
「大丈夫、簡単だから」
テントのパネル部分を巻き上げれば、熱気は籠らないだろう。
「日差しがきつかったら、テントの中に入ってね。シグラ、ククルア君にもそう伝えてくれる?」
「わかった」
「あ、追加で“喉が渇いたら、お茶があるからいつでも言ってね”って伝えて」
私はチェアに座り、楽しそうに遊んでいるキララ達の方を向いた。
シグラもククルアに一通り説明した後、私に倣ってチェアに座った。
「うららは、うみで、あそばないの?」
「うーん。今はそんな気分じゃないかなあ。一応水着は服の下に着てるけどね」
これはキララ達が溺れた時に助けに行く為に着ているだけだ。
「それに、海用の日焼け止め持ってないから」
「ひやけどめ?」
「ドラゴンはならないのかな?人間はね、日差しが強い場所にずっといたら、軽い火傷をするの。海だと照り返しがあって余計に焼けやすいし。私は体質ですぐに赤くなってヒリヒリし出すんだよね」
「いたくなったら、いって。しぐらが、なめてあげるから」
「あはは……」
シグラは人間の身体に全く興味がないから、偶に過激な事言うんだよね。
「あ、でも私以外の女の人にそんな事、言っちゃ駄目だよ?」
シグラは首を傾げる。何を言っちゃ駄目なの?と言いたげだ。
「ほら、舐めるっていう言葉。言うだけで誤解されるし、そもそも奥さん以外の女性の肌は舐めちゃ駄目だからね」
「なーに小学生の前でエロい会話してんスか、ウララ先輩」
コウが楽しそうにしながら、こちらに歩いて来ていた。
「……い、今の聞かなかったことにして。単なる注意喚起のつもりだったし……」
コウに言い訳をした後、ちらりとレンを見たが、こちらはシグラの足を砂に埋める作業に夢中のようで、何も気付いている様子は無かった。
「気を付けて下さいね。俺は思春期なんで、ゴルフ実況ですらエロく感じますから」
笑いながらコウはぐっと親指を立てた。
うーん、真面目なのかふざけているのか、わからない子だ。
コウはお茶を飲むと、釣り道具はあるかと訊いてきた。
「バスコンの後ろの外部収納にあるよ」
「借りて良いですか?」
「良いけど、本格的なものじゃないよ?」
外部収納を開ける鍵をコウに渡す。
「弘法筆を選ばずって言うでしょ。釣り漫画は読んだ事あるんで期待してくれていいですよ」
走り去っていく彼の後ろ姿を見つつ、
「あの子、キララにちょっと似てる気がする」
「うん。しぐらも、そうおもう」
と、私達は呟いたのだった。
■■■
昼は砂浜にバーベキューコンロを準備して、バーベキューをした。予め朝のうちにおにぎりを用意して持ってきていたので、それも肉や野菜と共にテーブルに並べる。
追加でコウが数匹の魚を釣り上げたので、処理してそれも焼いた。
「どうだ、リュカ、レン。兄ちゃんが釣った魚だぞ」
「凄く美味しい!偉いね、コウちゃん」
リュカは記憶が無いものの、コウ達を兄として受け入れている。一方で、レンはまだちょっと受け入れるのに時間が掛かるのか、私とシグラの傍で魚を齧っていた。
「はー……めちゃくちゃ夏を満喫している気がする」
片手におにぎり、片手に肉を刺した串を持ち、キララがしみじみと呟く。
夏の太陽に照らされ、海がキラキラと輝いている。そして水平線には入道雲が見える。
「満足した?キララ」
「もうちょっと遊ぶ。貝殻いっぱい集めるんだ。な、ロナ」
「しゃお」
開放感からか、キララとロナは豪快にガフガフと肉を食べている。まあ、こんな所で気取って食べるのも味気ないけどね。……でもやり過ぎじゃないかなあ。
「リュカちゃんがマネするから、もう少しお淑やかに食べなさい」
「今日くらいは良いだろ。な、リュカ」
「うん!」
人様の大事なお子さんだから、変な癖は付けたくないんだけどなあ。
「リュカちゃん、今日だけだよ?明日からはお行儀よくしてくれないと、私、リュカちゃんのお父さんとお母さんに怒られちゃう」
リュカは不思議そうな顔をしながら「うん」と頷いた。
食事を終えて食休みをしていると、そのままレンとリュカは眠ってしまった。バスコンで寝かせても良いが、子供だけを車の中に寝かせるのは怖いので、テントの日陰の下で寝かせる事にした。
「僕がレンとリュカ達のことを見ているので、先輩たちは海の方へ行ってもらって構わないですよ」
そう提案してくれたのはライだった。
ライはコウとは違ってとても真面目な子だ。中学生に気を使われると申し訳ない気持ちになるが、好意を無碍にするのはもっと申し訳ない。
「じゃあ、ちょっとだけ散歩でもしようか、シグラ」
「うん」
ライに軽く手を振ると、シグラにその手を取られた。そのまま手を繋いで砂浜を二人で歩く。
柔らかい砂地なので歩きにくいが、シグラは私の歩きやすい歩調で合わせてくれるので、ありがたかった。
「海、綺麗だね」
「うらら、きにいった?」
「そうだね。また一緒に来たいね」
岩陰になり、皆の視線が届かない場所に来ると、
「……シグラっ」
思いきってシグラに抱きついた。何だかんだと言って、私も気持ちが盛り上がっているみたいだ。
シグラも嬉しそうに笑い、私の背中に腕を回して抱きしめてくれる。
心地よくて暫くそうしていたが、キララの声が聞こえたので、身体を離した。
「キララが呼んでるから、行こっか」
「……うん」
と、その時。陰を作っていた岩に波が当たり、水飛沫が掛かった。
「あらら、ちょっと濡れちゃった」
胸元に飛沫が掛かっただけだ、大したことは無い。照れ隠しにシグラの方を向いて小さく笑う。
ところが、何故かシグラは目を丸くした後、かああああっと顔を真っ赤にしてしまった。
「ど、どうしたの?」
「な、なんでもない。ぬれたなら、しぐらのふくを、きて」
「いや大丈夫だよ、これくらい」
日に当たれば数分で乾く程度だ。どれだけ過保護なのかと苦笑する。
「だめ!き……「しゃおしゃお!」
シグラの言葉に被さる様に女性の声が聞こえ、それと共に爆音と海水が私達の上から降って来た。
「な、な、な、何事!?」
頭からつま先までずぶ濡れになり、驚いて前を向くと、シグラの肩越しに見たことのある黒竜の姿があった。
「び、ビメさん?」
どうやらビメがドラゴンのまま勢いよく着水したことにより、大量の水飛沫が私達に掛かったようだ。
私とシグラはお互いびしょ濡れになってしまい、流石にこれは着替えないといけないなあと思っていると、シグラと目が合った。しかし、何か様子がおかしかった。
「え?ど、どうしたの?」
彼は耳まで真っ赤にして私を見ていたのだ。そして私が話しかけると、びくりと肩を震わせた。
「うらら、はしるから、したを、かまないように、きをつけて」
そう言うとシグラは私をひょいと抱き上げ、ビメを一瞥する事なく砂浜を走りだした。それもかなりのスピードで。
あっという間に拠点に辿り着いたが止まらず、「姉、ビメが―――」というキララの言葉も最後まで聞かず、シグラはバスコンまで走った。
「うらら、しゃわーして、はやくきがえて」
「う、うん?」
良く分からないまま、私はシグラにシャワールームへ押し込まれたのだった。




