ジュジラの街:(前半ライ視点)
「ライー、起きろー。ラーイー」
「止めろ、何すんだよ」
口の端が痛くて目を開けると、コウに引っ張られていた。イラっとしてその手を叩き落とす。
「やっと起きた!もう昼過ぎてるぞ」
「もっと普通に起こせよ!リュカが真似したらどうするんだよ」
リュカは何でも真似をしたがる年頃だ。最近は母さんの真似をしておままごとに勤しんでいるが、その前はコウの真似をして風呂上りにパンツ一枚でうろちょろ歩いていた。油断できない。
「お、その調子だとお前も記憶はしっかりとしてるみたいだな」
「記憶?」
「あのさ、」
まずはこの世界にいる僕らの両親に保護された事をコウは話してくれた。僕も気絶する前にアイツ……シグラさんと会って話をしたので、別に驚く事は無い。
しかし、リュカが記憶を失った事を聞くと、一瞬虚脱感を覚えた。
「僕が一緒だったのに無理させ過ぎたんだ……、まだ小さいのに、どうしよう。可哀想な事をした……」
まあまあ、とコウが宥めてくる。
「色々とショックな事がありすぎたからな。青竜とか俺の怪我とか」
“コウの怪我”と聞いてハッとして顔を上げた。
「お前、傷は大丈夫なのか?」
「俺は平気。昨日の夜にシグラさんに血を飲ませてもらったからさ。……まあ、まだ身体の中の焼かれた部分にちょっと違和感があるけど、すぐにそれも無くなると思う」
ホッとした。
僕が気絶する前、最後に見たコウは、とても顔色が悪かったから。
「そう言えばレンだけどな。俺らよりも先にシグラさん達に保護されてたみたいだぞ。ええっと、何処かの街で暴漢に襲われていたらしい」
「保護されてたのか!本当に良かった!それでレンに怪我はー……無いか。暴漢と言っても人間だろ?」
コウは頷く。
「だけど、やっぱり記憶は無くなってる。何だろうな、未来から来た奴はショックな事があったら記憶が消える仕様なのかな?……とにかく、シグラさん達が保護した時には既にレンは自分の名前すらわからない状態だったんだってさ」
「僕たちの記憶は消えていないんだし、レンやリュカはまだ小さいから、ショックで一時的に記憶が消えているだけじゃないか?」
人見知りの激しいレンにとって、独りぼっちでこの世界に来てしまったのは、とてつもないストレスだった筈だ。
「……僕がリュカを追いかける時にレンの手を握っていれば、辛い思いをさせずに済んだかもしれないな」
「過ぎた事は仕方ない。それに死んでないんだし、死ぬこと以外はかすり傷だって!」
「それを格言にするのは止めろって担任と母さんに言われてるだろ」
こいつはドラゴンという自負があるので、結構めちゃくちゃな事をする。学校でも悪ふざけをするので、ちょくちょく担任から家に電話が掛かってくる程だ。
「悪ふざけが過ぎると、アイツに威嚇されるぞ」
「大丈夫、大丈夫。ギリギリのラインはわかってるつもりだから」
コウは特に気にする事もなく「それよりマジで暇だったんだよなー」と言いながら窓際にある机の傍に行き、机上のカードの束を手にとった。
「それ……トランプか?」
「そうだよ。死ぬほど暇だって愚痴ったらキララちゃんがくれた。でも一人で遊ぶもんじゃないからさあ」
そんな事を言いながらカードを軽くシャッフルして配っていく。
「取り敢えずポーカーかな。神経衰弱とかブラックジャックでもいいけど」
「はあ……」
思わず溜息が出た。我が弟ながらマイペース過ぎる。
「キララさんもこの世界にいるのか?」
ポーカーの合間に会話を続ける。
「いる。しかも俺らより小さいぞ」
「15年前だからな。まだ小学生か、不思議な感じだな」
最初の勝負はコウがワンペアで勝った。
「暇ならキララさんに遊んでもらえば良いのに」
「キララちゃん達は街に行ったよ。この家にいるのは俺とライと隣の部屋で寝てるリュカだけ」
手元のトランプを見て、ストレートの役が出来そうだなあと思っていると、腹が鳴った。
「食堂にパンあるぞ。この勝負が終わったら行こう」
「あ、それと」とコウが言葉を続ける。
「母さん、て言うの禁止な。シグラさんに、俺達の正体は出来るだけ黙っていてほしいって言われた。未来から来たこともな」
「何で?」
「何でって、そりゃ……」
理由は至極単純なもので、シグラさんは自分の番に負担を掛けたくないだけだという。
「こっちのシグラさんも向こうのアイツと本質は変わらないな」
「そりゃそうだろ。それに俺もドラゴンだから、気持ちはわかる」
「まあね」
ちなみにリュカは“ママ”と呼んでいるらしいが、記憶が無い為に母親だと間違えているのだろう、と母さんに思われているのでセーフとのこと。リュカの記憶が戻った時に大変だな、これは。
「でも自分の母親を名前で呼ぶのは嫌だな」
「なー。俺もそう思う。父さんの方はブネじゃなくてシグラだから良いけどさ」
良く言えば大らか、悪く言えば適当で大雑把なコウですら流石に名前は呼びにくいようだ。
その後コウと話し合った結果、母さんの事は“先輩”と呼ぶことにした。僕らの通っている学校は母さんの母校だし、構わないだろう。
……ちなみに、名前で呼びにくいと同調していたくせに、コウはすぐに“ウララ先輩”と普通に呼ぶようになったのは、言うまでもない。本当に適当な奴だ。
■■■
野菜、果物、穀物、肉、魚、乳製品。ジュジラの街の食材事情はかなり優秀だった。温暖な気候のお陰もあるかもしれないが、国境を守る辺境伯爵の御膝元なので、戦争になった場合に自給自足ができるようにと相当力を入れているのかもしれない。
更にこの街には大きな港があるので、輸入雑貨を取り扱う店も多数あった。
輸入雑貨目当てにバイヤーや他領の貴族も来るようで、宿泊施設も多く、相当裕福な街のようだ。
「私らにとってはこっちの世界の物は全部珍しいけど、それでもここでしか買えない物があるなら買っておきたいな」
「無駄遣いは駄目だよ、キララ」
「わかってる」
予めキララには銅貨1枚を渡したので、ロナと共に楽しそうに露店などを見ている。
今日の目的はレン、ライ、コウ、リュカの服や日用雑貨の調達だ。
ただ、レン以外の子供たちは別棟でお留守番中なので、私達が勝手に選ばせてもらうことになる。出来るだけ無難なデザインのものにしてあげないと。
「ウララさん、服は縫うんじゃなくて買われるんですよね?」
「あ、はい」
アウロに確認するように言われて、ふと思い出す。
―――この世界では既製品の服を買うのは裕福層だけだったっけ
私も手縫いに挑戦してみようかな。素人の域なので最初は自分の分だけになるだろうけど、きちんとした服が縫えるようになると何かと便利だろう。シグラの服も綺麗に繕えるようになるだろうし。
思い立ったが吉日、子供たちの服を一通り購入した後に布屋にも寄ることにした。
当たり前だけど、最初の村で見た布屋よりも格段に種類は豊富だ。
飾りにつかうビーズや石、更に皮類も売っており、ブーツもいくつか置いてあった。
「そう言えば、ライ君たちって皆靴を履いてなかったよね、シグラ」
「そうだね」
お金にはそれなりに余裕があるのだし、子供を裸足で歩かせるわけにはいかない。早めに用意してあげないと。
「……でも、流石に靴は本人を連れてこないと駄目だよね」
「サンダルはどうだ?あれなら調整できるから多少サイズが合ってなくても大丈夫だろ」
そう言いながら、キララは店の外を指さした。夏だからか、道行く人はブーツよりもサンダルで動く人間が多かった。
「そして私もサンダルが欲しい」
「何で?」
「海で遊ぶのに必要だろ」
まだキララの頭の中から海に遊びに行く計画が消えていなかったようだ。
ルランの事もあるのであまり遊ぶ気にはなれないけど、キララは行くまで騒ぎ続ける気がする。
「海に行くなら、早めに行った方がよいぞ」
アガレスの声が響く。
「そろそろ嵐の時期じゃ。嵐は遠海におる海の魔獣を海岸まで運んでくるからのう」
お盆の後にクラゲが大量発生する感じかな?
「姉!魔獣だって!急がないといけないな」
キララが目を輝かせながら私を見る。
ここまで期待されたら……仕方ないなあ。
「皆と話し合ってからにしようね」
「じゃあ今日の晩飯の時に計画を立てるぞ!」
「はあ……」
思わず溜息が出た。
靴屋でサンダルを買い、ほくほく顔のキララと手を繋いで今度は輸入雑貨を取り扱う店を覗く。
陳列棚にはちょっと劣化したパッケージの商品が並んでいて、遠くの国から船に乗ってやって来たのだなあ、としみじみ思ってしまう。
店に入るとキララは私と手を繋ぐのを止め、ロナと一緒に楽しそうに店内を見て回りだした。やはり友達と回る方が楽しいのだろう。
ちょっと寂しさを感じつつ、私はシグラとレンと一緒にコウに頼まれていた炭酸飲料水を探すことにした。
しかしざっと見て回ったが、ここには残念ながら炭酸飲料水は売っていなかった。が、代わりと言ってはなんだが、水で溶かすタイプの炭酸系の粉ジュースはあった。
「これしかないね」
レンが粉ジュースの袋を一つ手に取って、カサカサと振った。
「どうしてジュースの形で売ってないのかな?炭酸が抜けるからかな?」
「うーん、ここにあるものは全部お船で運ばれてくるから、粉として運んだ方が楽なのかもしれないよ。ジュースは重いし嵩張るでしょ?」
「なるほどー」
レンとのんびりと会話をしていると「嫁御、嫁御」とアガレスに呼ばれた。
「どうしたんです?アガレスさん」
「その粉ジュースなんじゃが、多めに買ってくれんかのう?湖竜のクロの好物なんじゃよ。シュワシュワが好きみたいでのう」
「別にいいですけど、アガレスさんは実体が此処には居ないじゃないですか」
「そのうち遊びに行くでの。頼んだぞい」
遊びに来るって……もしかして湖竜を連れて来るつもりなのかな?それはちょっと遠慮して欲しい。
「次は何処に行くんだ?」
雑貨店を出た後、私達は適当にぶらぶらと街を歩いていた。
「酒屋さんに行ってみようかなって」
「姉はこの世界の酒にはめちゃくちゃ弱いだろ」
「お酒を買うんじゃなくて、炭酸水があるかなって思って。ほら、お酒って炭酸水で割って飲んだりするでしょ?」
「さあ?知らん」
未成年なんだから、そりゃそうだ。
「あれ?」
とある一画で人だかりが出来ていた。私達は一旦立ち止まって遠巻きにそれを見た。
「どうしたんだろう?」
「どうやら羽振りの良い貴族が来ているそうですよ」
「貴族?」
人だかりは宝飾店の周りに出来ているので、あそこに件の貴族が来店しているのだろう。
野次馬も凄いが、貴族の護衛や従者らしき人間も多くいて、ちょっとしたパレード状態になっている。
「向こうに行こうか」
人の感情が流れ込んでくるククルアにとって人混みは好ましいものではない。
私達は逸れない様に手を繋いだりして、早々に進路を変えてその場を立ち去ったのだった。




