コウ
「ん~~~っ」
ベッドの上で思い切り伸びをする。
私の隣でリュカは枕を抱きしめて気持ち良さそうに眠っている。昨日はリュカと一緒に寝入ってしまったみたいだ。
少しだけカーテンをはぐると、隣のベッドでシグラが眠っているのが見えた。彼と同じベッドで眠っているレンは寝相が悪くて、シグラの足を枕に眠っている。
彼らのベッドも天蓋付きなのだが、2人はカーテンを下ろさずにそのまま眠ったようだ。
夏だから暑かったのだろう。
ふと部屋にあるソファセットに目を遣る。
あれ?
2人の少年がドラゴンだとわかり、念のためにシグラの傍に居させた方が良いだろうとソファに寝かせていたのだが、眠っているのは1人だけになっていた。ドラゴンになった形跡はないけど、探しに行った方が良いかな?
天蓋のカーテンの中に戻り、急いで支度を整えていく。
が、すぐにワンピースの後ろのファスナーに困る事となった。いつもはキララに上げてもらっているのだけど……。
もう一度カーテンをはぐる。
今度はシグラが上半身を起こして目を擦っているのが見えた。私が物音をたてていたので、起きたのかもしれない。
「シグラ、シグラ」
「んー……?どうしたの、うらら」
私を視界に入れると、彼はふにゃりと微笑んだ。
「背中のファスナー、あげてくれる?」
彼の傍に行って後ろを向き、髪の毛を手で持ちあげる。
シグラは“ふぁーい”と欠伸と返事を同時にしながら、きゅっと上げてくれた。
「ありがとう、シグラ」
「んー……」
彼はぼけーっとしながら、自分の足元にレンが居る事に気が付くと、抱き上げて枕元に寝かせてやっていた。私はその仕草を微笑ましく思いながら、支度をする為に再びカーテンの中へと引っこんだ。
自分の支度をすませてカーテンから出ると、シグラも服を着替え終えていた所だった。私の今日のワンピースと同じ生地のリボンタイを彼に渡そうとすると、結んでほしそうに顔を寄せてきた。
「ついでに髪も結ってあげるから、ベッドに座って。……それにしても今日はとても眠そうだね。もしかして昨日、男の子達の事を見る為に1人で遅くまで起きてたの?」
「そうじゃないよ。ほかの、おすのけはいが、うららの、ちかくにないから、きがゆるんだ、だけ」
少しだけ掠れた声でそう言いながら、彼はベッドに座る前に私を抱き寄せた。寝起きなので少し体温が高くて、ドキっとしてしまう。
「れ……レン君やあの男の子達がいたのに?」
「あのこたちは、いいの。おはよう、うらら」
シグラは私の髪の毛にすりすりと頬擦りし、それから頬にキスをする。だから私も「おはよう」と言って彼の頬にキスを返した。
彼は嬉しそうに“ふふふ”と笑った。
今度こそベッドに座らせ、彼の赤い髪の毛に櫛を通していく。
「そう言えば、男の子の一人が居ないけど、どこに行ったかわかる?」
「となりの、へやだよ」
私が眠った後に男の子の一人、コウが目を覚ましたそうだ。彼は少し記憶が混濁していたようだが、自分がドラゴンである自覚はあったらしく、空いている部屋に移ったそうだ。
「ライ君はどうする?そろそろ下に降りて朝ご飯の用意したいんだけど」
「……こうに、みていて、もらおうか」
髪を結い終え、リボンタイも結んであげた後、2人で部屋を出た。隣の部屋をノックすると「はいはーい」と声が返って来た。
「あ、おはよー」
寝癖をぴんぴんと付けたコウが親し気に挨拶をしてくれたので、私も「おはよう」と返す。シグラが警戒していないので悪意のある子ではないと思っていたけど、社交的で良い子みたいだ。
「二人揃ってどうしたの?あれ、母さ……」
「しゃおおおしゃおしゃ」
コウが私に向かって何かを言おうとしたのを被せるように、シグラがフィルマ王国の言葉で何かを喋った。するとコウはハッとした顔になり、彼も「しゃお……」とフィルマ王国の言葉を口にした。
「え?コウ君はこの国の言葉が喋れるの?」
「あ、そうなんすよ。俺、小さい頃はこっちに住んでたんで。ライの事、了解です。朝飯、甘い卵焼きがあったら嬉しいです」
「ああ、うん。わかった。ありがとうね」
急に敬語っぽくなっちゃったなあ。
■■■
おにぎりを10個。甘い卵焼きを3人前。ハムとマルデツナのサラダ、そして味噌汁。あとお茶。
コウの為の朝ご飯をお盆に載せていると、キララが「流石に量が多くないか」と呆れたような声を出した。
「これでも少ないと思ったんだけど。だって食べ盛りだし」
ドラゴンだし、とは言わない。まだ彼らがドラゴンだと言う事はキララやアウロ達には言っていない。希少な素材の為に命を狙われやすい立場にある子供ドラゴンだから、正体を明かすのは私のような他人ではなく、彼ら自身が納得した上でしなければいけないだろう。
「姉、今日は街に出るのか?」
私とシグラがお盆を持って二階へ行こうとした時にキララが話しかけてきた。
「うん、お昼からね。朝は掃除するから、そのつもりで準備しててねー」
うへえ、というキララの声を背に私達は二階へと上がって行った。
ノックをして、コウの部屋へと入る。コウが、ライの様子を見るのは良いけど、私達の部屋だと落ち着かないと言うので、今はこの部屋にライを寝かせているのだ。
「朝ごはん持ってきたよ」
「おおお!俺、腹めちゃくちゃ減ってたんスよー!」
「肉類が少なくてごめんね。ご飯が足りないようだったら、下の食堂にパンがあるから遠慮なく言ってね」
前もって此方で自炊するとは言っていたが、コックさんが朝食用のパンをおすそ分けしてくれたのだ。
一つ食べたけど、クロワッサンのようにぱりぱりしてて美味しかった。
テーブルにお盆を置くと、早速コウは手を合わせて「いただきまーす」と言って味噌汁を啜りだした。
「口に合ったらいいんだけど。コウ君は生粋の日本人ではないみたいだし」
彼の金髪はきっと地毛だ。目も蜂蜜色をしているし……そもそもドラゴンだし。
「あ、大丈夫っス。美味いです」
お世辞ではなく、本当に美味しそうに食べているのでホッとする。
「ねえ、少し訊きたい事があるんだけど、食事中だけど良いかな?」
コウはちらりとシグラを見た後に「良いですよ」と頷いた。
「コウ君は日本語を喋ってるし、服装からして日本で暮らしてたみたいだけど、ドラゴンなんだよね?」
「そうっスよ。父親がドラゴンです」
明け透けな性格の子だ。ちょっと心配になってくる。
「訊いた私が言うのもなんだけど、あまり軽々しくドラゴンの事は言わない方が良いよ?」
そう小声で言うと、コウは頷いた。
「大丈夫っスよ。俺、人を見て言うかどうか判断してますから」
にっと笑った彼は微塵も私やシグラの事を疑ってはいないようだった。
嬉しいけど、やっぱり心配だ。まだ中学生なんだし、悪い人に騙されない様にきちんと気を配ってあげないと。
「それで、お父さんがドラゴンで……小さい頃にこの世界に居たって、さっき言ってたよね」
「はい。小学校に上がる前まで居ました。母さんが日本出身の賢者なんで、俺達をちゃんとした学校に行かせたいからって日本に移住した感じですかね。それに当時はレンがまだ卵の状態だったんで、生まれる前にあっちに行った方が良いだろうって」
コウの話を聞きながら“移住……気軽に出来るものなのかな”と考えていると、不意に“レン”という名前が出てきたので、驚いて「レン?」と訊き返していた。
「もしかして私達の部屋で寝ているレン君のこと?」
そう言えばあの子も日本語を話すドラゴンだった。
私の言葉に「あ」とシグラが声を出した。
「うらら、ごめんね。いうの、わすれてた」
シグラはそう言って、レンがコウ達の兄弟であることを教えてくれた。
「コウ君達、レン君のお兄さんだったの?」
「そうっス。この世界に来る直前までレンはライと一緒に居たみたいなんですけどね。そもそも俺達がこの世界に来たのは、リュカが誘拐されそうになったのを追いかけたのが発端だったんです。それでその過程でレンは逸れたみたいで」
「ゆ、誘拐!?」
聞き捨てならない言葉だが、すぐにコウが「無事に取り返してきたんで大丈夫っス」と親指を立てた。
「大丈夫じゃないでしょう!もしかしたらまた狙われるかもしれないのに!犯人は捕まったの?犯人の目的は?」
「うらら、おちついて。だいじょうぶだよ、しぐらが、まもるから」
「誘拐の目的はよくわからないんスよ。ドラゴンになって遊んでたら連れて行かれたみたいなんで、ドラゴンの素材が目的だったのかも。子供のドラゴンは成体に比べたら狩りやすいし……」
ああ……やはりドラゴンだと知られるのは危ないんだ!
「ふつうは、こどものどらごんの、そばには、おやどらごんが、いるんだよ。いまは、しぐらが、そばにいるから、あんしんして、うらら」
シグラに肩を抱き寄せられる。
もしかして、シグラがレンの傍に居ようとするのは、親代わりになってあげてたからなのかな。
シグラがそのつもりなら、私も手伝わないと。
「……大きな声を出してごめんね。でも、本当に危険だと思うから、親御さんの所に戻れるまでは私達と一緒に行動しよう。それで良い?コウ君」
「はい」
「あ、それでレン君はリュカちゃんと同じで記憶が……」
「はい、シグラさんに聞きました。でも、何とかなると思います。ドラゴンなんで、死ぬこと以外はかすり傷っス」
やっぱり軽いなー。
ドラゴンは傷とかすぐに治っちゃうから、何に対しても危険だと思えないのかな?本当に心配になってくる。
「日本に帰る方法なんだけど、これは聞いた?」
コウは頷く。
「その事もシグラさんから聞きました。困った事になったなーって感じです」
「そう言えば、コウ君達の家族はこの世界から日本へ移住したんでしょう?その時はどうやって日本に行ったの?」
コウ達を送る事は勿論の事、可能なら私達も便乗して戻りたい。しかしコウは難しそうな顔をして「よく分らないんですよね」と首を傾げた。
「俺、その時はまだ小さかったんで」
「ああ!そう言えばそうだよね」
小学校に上がる前ならコウは6歳以下、丁度今のリュカと同じくらいだっただろう。いくらドラゴンが賢い生き物でも、それは仕方がない。
コウ達の両親に会いたいなあ、と切に思う。移住の件もそうだけど、母親の方はドラゴンと結婚をして子を成している先輩でもあるし、その事も話してみたい。
「あ、話は変わるんだけど、今日のお昼から街にお買い物に行こうと思っているの。コウ君はどうする?誘拐の事もあるし、出来れば一緒に行動した方が良いと思うんだけど」
「うーん、行きたいのは山々なんスけど、ライもこの調子だし、俺も本調子じゃないんで、パスしたいです」
「しぐらが、おりのけっかい、はっておくから、あんぜんだよ」
―――何だかシグラの負担がまた増えちゃったなあ……
でも頼らざるを得ないのも事実だ。よし、夕飯は疲労回復する食べ物にしよう!そしてお風呂上りにマッサージしてあげよう。
「何か欲しい物があったら買ってくるけど」
コウは少し考えた後「炭酸系のジュースあると思います?」と訊ねて来た。
欲しい物が凄く男子中学生っぽくて、ちょっとおかしかった。
「……どうだろう?炭酸水は凄く簡単に作れるし、歴代賢者が頑張ってくれてたらあるかもね。探してみるね」
「マジで?ありがとー……ございます」
「別に無理に敬語とか使わなくていいよ?」
「でも、何だか混乱するし……うっかり“母さん”とかって呼ばれたらビビるでしょ?」
真面目な顔で言うコウに「何それ」と笑ってしまった。
先生をお母さんって呼んじゃうような感じかな。
「私ってそんなにコウ君達のお母さんに似てるのかな?リュカちゃんも間違って“ママ”って呼んでたし」
記憶の無いリュカが間違うのだから、雰囲気も合わせて似ているのかもしれない。それとも私自身から母性愛でも滲み出てるのかな?
「えーっと、まあ。背格好とか似てますよ。……見た目も。母さんは年取らない体質だし」
「アンチエイジングしてるのかな?……ちなみにどんな方法?後学のために聴いておきたいなあ」
「さあ?そう言う事は訊いても恥ずかしがって教えてくれないんで、知らないっス」
またコウ達の母親に訊きたい事が増えてしまった。
アルファポリスさんで同タイトルの漫画を載せています。良かったら見てみて下さい。




