子供達:(後半からシグラ視点)
屋敷の使用人との顔合わせと屋敷の案内が済んだ後、ルランと騎士2人は挨拶と打ち合わせの為、ジュジ辺境伯爵の元へ行ってしまった。
恐らく時間帯からして今日は辺境伯爵の元で一泊し、明日一度この屋敷に戻ってからすぐに紛争地へと向かうと思う、とマレインは言っていた。
そう言えば、この屋敷を発つ前にルランは彼が持つ懐中時計型の通信機と同じような物をシグラに渡していた。
あれは文字ではなくモールス信号のようなもので情報が送られてくるので、上級者向けだと思っていたが、一通り説明を受けただけでシグラはすぐに使い方を理解していた。ドラゴンって本当に頭良い。
私も何かあった時の為に“SOS”くらいは送れるようにしたいから、後でシグラに教えて貰おうかな。
それから時は21時を過ぎ。
食事と風呂を済ませ、レンを部屋に寝かしつけたあと、私とシグラは外に出ていた。車に寝かせている子供達の様子を見に行く為だ。
1時間に1度はこうしてシグラと共に彼らの元に行っていたのだが、結局就寝時間になっても目を覚ます様子は無かった。
「私達が眠る前に、この子達を別棟の部屋に連れて行こっか。そっちの方がこの子達が起きた時にすぐに対処できるし」
「そうだね」
私はリュカを抱き上げ、シグラはライとコウを抱き上げた。
と、その時。ううん、とリュカが身動ぎした。
「……まま?」
「おはよう、リュカちゃん。起きれそう?」
リュカはううう、とぐずり、私の肩に顔を埋めた。起きたくないらしい。
「そうしてていいよ。明るいお部屋に連れて行ってあげるからね」
「ねえ、ママ」
どうやらリュカは私の事を母親だと勘違いしているようだ。今は訂正しなくても良いかと思い「なに?」と訊き返す。
「お名前、なんていうの?」
「私はウララって言うの。よろしくね」
「ママのお名前じゃなくて、うー、のお名前」
うー?
あ、もしかして自分の名前ということ?
「……え?リュカちゃん、でしょう?」
「うーはリュカっていうの?」
リュカは不思議そうに呟いた。何だか嫌な予感がした。
「ねえ、リュカちゃんは何処からきたのかな?」
「?」
「えっと……リュカちゃんは何歳なのかな?」
「……わかんない……」
これはまさか。
「リュカね、どこから来たのか、何歳なのか、わかんないの。何も、わかんないよう」
「もしかしてリュカちゃんも記憶喪失……?」
私がそう言った瞬間に、シグラは私の腕からリュカを奪った。
「え、し、シグラ?」
両手に既にライとコウを抱えていた状態だったので、かなり無理をしてリュカの首根っこを掴んでいる。
「何してるの、乱暴に持っちゃ駄目だよ」
「うらら、だめ。あぶない。じかくがないなら、いつ、ぎたいがとけるか、わからない」
「え?」
「りゅか……ううん、この3にんは、ぜんいん、どらごんなの」
「え、ええ?」
「りゅか、じぶんが、どらごんだって、わかる?」
「どらごん?何それ」
シグラはその言葉を聞いた瞬間、3人に檻の結界を施し、私を抱えて急いで別棟に入ってレンを呼んだ。
今し方寝入ったばかりだったので、ぼけーっとしながらレンはシグラに手を引かれて歩いていた。
「レン君を連れてどうしたの、シグラ」
「れんに、てつだってもらう」
リュカにドラゴンである自覚を持たせるために、レンにした事と同じことをしなければいけない。しかし暫く滞在予定の街でドラゴン騒ぎは避けなければならない為、大きな身体を持つシグラがドラゴンになる事は出来ない。
とは言え街の外へ行こうにも門は時間的に既に閉じてある。更にここは城郭都市であり、多くの見回り兵がいるので、翼だけ出して飛んで行ってもすぐに騒ぎになるだろう。
そこでシグラは小さなレンにドラゴンになってもらい、リュカを引っ張ってもらおうと思ったようだ。レンなら5メートルサイズのドラゴンなので、この別棟よりも小さく、防視の結界さえ張れば目立たないだろうという事だ。
そう言えば、普段私は結界の中に入れられるばかりなので防視の結界が外からはどう見えているのか知らなかったが、別にステルスになるわけではなく、色がついて不透明な物体に見えるそうだ。なのであまりに大きすぎると目立ちすぎる欠点があるらしい。
でもシグラよりは小さいけど、5メートルも十分に大きいと私は思うんだけど。
ちなみに一番私に馴染みのある5メートルサイズと言えば、車両用の信号機の高さくらいだ。
「レン君、今ドラゴンになれる?」
「なれるよー」
レンは眠そうに目を擦りつつ、ドラゴンになった。それを目の前で見たリュカは「わー……」と声を上げた。私は上手くいくかな、とハラハラしていたが、リュカもドラゴンになれるとシグラが説明すると、少女はすんなりとドラゴンになる事に成功した。
レンの時も簡単にこなしていたが、本来の姿に戻る事は、然程難しいことではないのかもしれない。
灯りが乏しいので判りにくいが、リュカは赤みを帯びた金竜だった。赤さがシグラと少し似ているかもしれない。綺麗だなあ、と見惚れかけていたが、すぐに我に返る。
「わー!わーい!」
「あ、リュカちゃん!飛んでいっちゃ駄目!」
リュカはドラゴンになるのが楽しかったのか、調子に乗って何処かに飛んでいこうとしたので、シグラが慌ててリュカを檻の結界に閉じ込めた。
「小さな子供が夜のお外に遊びに行っては駄目でしょ」
「だって、楽しいよ?」
「迷子になったらどうするの。それにドラゴンを利用しようとする悪い人に連れて行かれちゃうかもしれないよ。そうしたらもう、此処には帰ってこれなくなっちゃうんだからね」
「え……」
「リュカちゃん、1人になっちゃうよ?それでも良いの?」
「ママともう会えないの?」
リュカの目にじわっと涙が溜まってくる。私が「そうだね、もう会えないかもね」と頷くと、遂にわあああんと泣きだした。
「やだ、やだ。リュカ、1人、嫌だ。ママ、ママー!」
リュカは私に向かって手を伸ばすが、結界に阻まれて私に触れる事が出来ないと知ると、更に泣きはじめた。
「りゅか、にんげんにぎたい、してごらん。うららと、おなじになりたいって、おもうんだよ」
シグラが指示を出すと、リュカはしゅるしゅると小さくなり、人間になった。それを見て、シグラも檻の結界を解除する。
リュカは邪魔な結界が無くなった途端に勢いよく私の胸に飛び込もうとしたが、それはシグラに止められた。
「うららは、やわらかいから。やさしく、さわらないと、だめだよ?」
「柔らかいの?」
「にんげん、だからね」
ぐずぐず鼻を鳴らして「わかった」とリュカが頷くのを見て、私はシグラからリュカを受け取った。
「リュカちゃん、ドラゴンになったら悪い人がくるから、あまり大っぴらにドラゴンになるのも駄目だよ」
「うん、ならない」
「自分がドラゴンだって言うのも、皆に内緒だからね?出来る?」
「うん」
「良い子だね」
背中をポンポンと軽く叩くと、すぐにくったりとリュカの身体から力が抜けた。どうしたのかと覗き込むと、すやすやと眠っているようだった。
シグラもだけど、ドラゴンの背中には睡眠スイッチがあるんじゃないかな……。
■■■
コウが起きたのは、深夜だった。
リュカに続いてライとコウも記憶を無くしていると危ないと思い、別棟の私達の部屋に連れてきてソファに寝かせていた。そこで暫く観察していたのだが、こいつは特に問題は無かった。
コウは起きてすぐに私を見て「うわっ父さん!」と仰け反っていた。
「しずかに。うららが、ねているから」
「あ、ごめん」
ウララは長旅の疲れが出たのか、リュカを自分のベッドに寝かしつけるとすぐに一緒に眠ってしまっていた。
コウはきょろきょろと辺りを見回し「ここ、どこ?」と訊いてきた。
「ここは、じゅじらの、まちだよ」
コウは首を傾げた。
「何か、喋り方おかしくない?てか、何その街。聞いたことないんだけど」
「ごめんね。にほんごは、まだなれてないから」
「へ?」と間の抜けた声を出した後、コウは両手で私の顔をぺちんっと挟んだ。
「父さん、だよね?」
何と答えたらよいのやら。
「こうは、ふぃるまおうこくの、ことば、わかる?」
「え?えっと……多分わかる。ブネルラで使ってた言葉だよね?」
コウの手を外し、はー……と息を吐くと、私は言語を切り替えた。
『ならば、そちらで喋らせてもらう』
「うわ?いきなりいつもの父さんになった」
この落ち着きのなさは、何となくキララに似ている気がする。まあ、キララはウララの妹だから、血の繋がりがある以上、似ていてもおかしくはない。
『私はお前の父親ではない。ライから何処まで聞いている?此処はお前達からすると過去の世界だと言うのは、知っているのか?』
『う、うん。知ってる。え?俺達……あ、未来に帰れなかったのか……あー、そっか。そうだったっけ』
少し記憶が混濁しているようだ。一応お前は自分がドラゴンである自覚はあるかと訊ねると、勿論あると答えが返って来た。
『どうしてそんな事を訊くの?』
『リュカは記憶を失い、ドラゴンである自覚がなくなっていた』
『へ?マジで?』
リュカは何処にいるのかと問われたので、ウララと一緒に寝ていると答えておいた。
『あの、此処は15年前って本当なの?ライは過去がかなり変わってるって言ってたんだけど、母さんと番になったって、マジなの?』
『何だ?未来の私はウララと番ではないのか?』
一瞬だけ魂に触れられたので、少しではあるが未来の私と情報が共有された。その際ウララの事を恋しく思う気持ちは伝わって来たが……。
『俺らの父さんは王女様と番になったんだ。それでその王女様に苦しめられている父さんを母さんは見ていたから、番になることは拒否したんだよ』
一瞬言葉が出なかった。
私が、ウララ以外の雌と番になっただと?想像だけでも気持ちが悪くなる。
『……番ではないのに子がいるのか?』
『そりゃ、結婚してるもん。番ではないけど夫婦じゃん』
結婚か。ウララは拘っているが、とても大事な事なのだな。
『まあ、今はその話はいい。本題に入るが、お前達は未来に帰る方法は知っているのか?そもそも、何故過去に来てしまったんだ』
コウは難しそうな顔をした。
『最初はリュカが見知らぬドラゴンに連れて行かれて、それをライとレンが追って……』
『レン、だと?』
腰を上げ、私のベッドで眠るレンを慎重に抱き上げてコウの所に戻った。レンの顔を見た瞬間、コウは『レン!』と名前を呼んだ。
確かにレンは私の未来の息子だろうと思っていたが、そうか。ライと逸れたのか。
『何だ、良かった。父さん……シグラさんのところに居たんだな。ライがレンの事を心配してたから、これで一安心だよ』
『レンもリュカ同様、記憶が無い』
『ま、マジか』
未来から過去へ来る際に、何かの負荷がかかるのかもしれない。まだ幼いレンやリュカはそれが元で記憶が消えやすくなっていたのだろう。
『それで話は戻すが、何者に連れてこられたかわかっているのか?お前達を襲っていた青いドラゴンだったのか?』
コウは“わからない”と首を振った。
『俺はリュカの誘拐現場にいたわけじゃないんだ。俺は父さんに無理やりこっちの世界に送られたんだよ』
『……は?私が?ウララの大事な子供を危険に晒す様な事、する訳がないと思うのだが』
大事、と言われてコウは少し照れたような顔をした。
『父さんは母さんから離れたくないから、俺が3人を連れ戻すようにって言われた』
ウララから離れたくないとしても、ウララを連れて助けに来ればいいだけだ。しかし聞けば、どうやら15年後のウララは身重らしい。確かに、それならウララを動かせないな。
コウ達が此処に来る切っ掛けとなった空間の裂け目は、未来の私が保持しているらしい。ならば、どうにかなるかもしれない。
『父……シグラさんは、未来に帰る方法知ってるの?』
『いいや。だが、可能だと思う。この国では賢者と言って、異世界から召喚されてくる存在がある。その賢者は未来や過去などランダムに召喚されるのだ、その召喚方法が手掛かりになるかもしれん』
しかし召喚しているのは王宮だ。結局王宮には行かなくてはならないようで、溜息が出る。
『時空の概念がいれば、何か知っているかも知れんがな』
『時空の概念?それならライが持ってたよ?』
『……は?』
ライのリュックサックに時空の概念が入ったガラス瓶が捻じ込まれていると聞いて、慌てて荷物を検める。だが、そんなガラス瓶は見つからなかった。
『もしかして、何処かに落としてきたのかな』
『だろうな。ならば、プルソンルラか』
また厄介な場所に。今回はブニが暴れていたお陰でプルソンにも奴が従えるエルフにも会わなかったが、奴らの特殊能力が面倒なので、極力関わり合いたくないのだが。




