青竜:ライ視点
ブネは大きなドラゴンだ。翼を広げればさらに大きい。しかし偶に叱られて威嚇される事はあるが、怖いのはその時だけで、恐怖の対象ではなかった。
しかしこの目の前の青竜は。
「…………っ」
ごくりと喉が鳴った。
ブネと同じくらいの大きさなのに、感じた事も無い威圧感に気圧され、鋭い視線に身体が竦んでしまう。本能的に、コイツに逆らえば取り返しのつかない事になると感じ取ってしまった。
ドラゴンの目が僕の下に行く。
「……!リュカ!」
リュカを見ているのだと気づくと、震える身体を何とか動かして妹の前に立ち、腕を広げた。
取り敢えず砲弾から守ってくれた礼を伝えておこうか。ありがとうと言われて、嫌な気分になるモノはそんなにいないだろう。
『た、助けて下さってありがとうございます!』
『助けた?……ああ、聖騎士が転がっているな。因縁でも付けられたか?』
青竜が降り立った衝撃に耐えられず、あの狂人達は地面に倒れ伏して、ぴくりともしていなかった。
『私は貴様らを助けたつもりはない』
青竜は更に視線を鋭くさせ、続きを言う。
『我が番の命により金竜を殺しに来ただけだ』
―――金竜を殺しに来た?
心臓がきゅっと痛くなった。
『な、何故?』
喉から弱弱しい声が出て来る。
僕は金竜だ。そして赤みを帯びているがリュカも金竜だ。
何か悪い事でもしただろうか?
ああ、確かに先日リュカを助ける為に豪華そうな屋敷の窓ガラスを割ったが、それだろうか?それにしても、それだけで殺されるのか?
僕の問いかけに青竜は『わからない』と首を振った。
『理由はわからないが、我が番の命令だ』
理不尽。しかし、それもまかり通る程に青竜の存在は大きかった。
何とかしないと……勝つのは勿論のこと、逃げ切れるビジョンすら全く浮かばないが、何とかしないと。
緊張から呼吸が浅くなっていると、青竜はふいに視線を外した。
『だが、赤みを帯びた金竜の事は指示されていない』
『え……』
『去れ』
僕をドラゴンだと認識していない?それにリュカの事も細かい事を理由にターゲットから外された。
―――……良かった……
ほー……、と深く息を吐く。
『金竜はあそこだな』
『え?……!』
不意にそんな言葉が僕に届く。そして青竜が見上げている先を僕も見ると、そこには、見慣れた金竜が此方に飛んで来ていた。
僕の双子の弟の、コウだ。
何故コウが居る?!
静まりかけていた心臓がどくんと跳ねた。
「コウ!!逃げろ!!」
僕が叫ぶと同時に、青竜が地面を蹴って飛翔する。速い!
そして青竜は腹を大きくし、コウに向かってブレスを吐きだした!
ブレスの勢いが地上にいる僕たちの所まで衝撃として伝わる。それくらい、容赦のない攻撃だった。
「コウーー!!」
カタカタと身体が震えた。あんなものを喰らったのだ、コウはただでは済まない。最悪、消失しているかもしれない……!
だが。
コウにぶつかった筈のブレスは―――何故か青竜に反射した。
―――もしかして結界?
「あ……父さんの結界だ!」
小学校で友達とボール遊びして変に跳ね返ったのを境に、人間っぽく振舞う上で必要ないと、拒否していたアイツの結界。
青竜は跳ね返された自分自身のブレスに当たり、悲鳴を上げた。
その隙にコウが僕たちの元へ降り立つ。
「良かった、合流出来たな。よし、帰るぞ!!」
「か、帰れるのか!?」
「あの光を辿れ。あれは父さんの力だ」
空の向こうに、魔法の粒子のような光が見えた。
しかし、今にも消えそうな程微かだ。
「さっきのブレス攻撃のせいで、大気中の力がかき混ぜられて溶けかかってるんだ。急げ!」
コウに急き立てられるがまま僕はドラゴンになり、自分のリュックとリュカを手に持ち、飛び立った。
しかし行く手を青竜のブレス乱射に阻まれる。
『貴様もドラゴンだったか!!』
「リカバー速すぎだろ!」
コウはそう叫ぶと僕の尾を掴んだ。
「結界で守られてる俺が壁になって攻撃を防ぐ!ライは飛ぶ方に専念しろ!」
「何でお前だけ、結界が張ってあるんだよ!」
訊いている場合ではないが、何かを叫んでいないと、怖くて仕方なかった。
「俺は父さんの力に包まれて此処に来たんだ。多分あの光の粒子が消えるまでは持ってくれる筈だ!」
その粒子も、青竜のブレス乱射により更に力がかき混ぜられたのか、もう……
―――お願いだから帰らせてくれ!
手を目一杯伸ばした。だが……
「あ……」
最後の粒子が、ブレスにかき消される。
「嘘だろっ!!」
手をばたつかせるが、アイツの力の粒子は何処にもない。
「たすけて……父さん……!」
視界が涙でぼやけてくる。しかし泣く暇はないと思い知らされたのは、大きな衝撃が僕を揺らしたからだ。結界が消えたコウに、遂にブレスが被弾したのだ。
細かく乱射されたブレスなので、力を溜めたブレスとは違って威力は落ちているだろうが、それでもこの衝撃からしてコウは大怪我をしただろう。
「コウ!」
「俺は良い、から。このまま、盾になるから、逃げることに専念しろ!」
何処に!
そう思いつつも、僕の身体は南を目指す。
「ん……ライちゃん?あれ?コウちゃんもいる」
もぞもぞとリュカが動き、顔を上げた。先程の衝撃で目が覚めたようだ。
「リュカ、今逃げてる最中なんだ。良い子にしてな」
「焦げ臭い?コウちゃん、怪我してる!!」
「リュカ!」
困った事にリュカが大人しくしてくれそうにない。僕の肩によじ登り、そこからリュカは目にいっぱい涙を溜めて、まだブレスを乱射してくる青竜をキッと睨み付けた。
「悪者めー!!」
「駄目だ、リュカ!手の中に戻れ!」
「リュカ、俺なら大丈夫だから!良い子にしてろ!」
「うううううーー!!」
リュカは腹を大きくし、大きな口を開けてブレスを吐いた。
幼いドラゴンのブレスだ、大した威力もなかっただろう。しかし青竜を一瞬怯ませることはできた。
猛攻が途切れたことに気付いたコウが叫ぶ。
「ライ!リュカ!一斉に人間に擬態するぞ!」
考える暇もなく言われた通り僕らは人間の姿になる。推進力を失い、僕たちは一気に森の中に落ちた。
ドラゴンだからこれくらいの高さの落下なら問題は無いが、怪我人のコウと幼いリュカにはキツいかもしれない。僕はコウとリュカを抱え、地面に着地した。
コウは僕に礼を言うと、地面に手を当てて魔法を叩き込んで地面を深く抉った。
「この穴の中に入れ。俺は土をかぶせるから、ライは結界を張るんだ!」
コウの意図する事がわかり、僕は探知を妨害する結界を張る。檻の結界も素早く張れれば良いのだが、今の僕にそれは出来ないから、仕方ない。
お願いだから見逃してくれ!!
僕もコウもリュカも息を殺し、お互いを抱きしめ合う。
―――!
地面が揺れた。青竜が地面を抉るような攻撃をしたのだろう。怖い。僕たちのいる穴はかなり深いが、ここまで攻撃が届くかもしれない。
それから何度か地面が揺れる。だが揺れる度にその震源地が遠ざかって行っているのを感じた。
やがて、揺れなくなる。
ホッと息を吐くと、キュポンっと間の抜けた音がして、びくりと身体を震わせた。
魔法の粒子を飛ばして辺りを照らすと、コウが水筒に口を付けていた。
「悪い、驚かせたか?これ、父さんの血だよ」
さっきまでは気を回してやる余裕が無かったが、今漸くコウの状態を知る。
背中と足が炭化しているようだ。しかしそれもすぐに肌色に戻っていく。アイツの血のお陰だろう。
「大丈夫なのか?」
「まだ体の中が燃えるように熱い。ブレスの熱が燻って俺の身体の中を焼いているんだろうな」
コウは更に血を飲んでいく。
「コウちゃん、大丈夫なの?」
えぐえぐと泣きながら、リュカはコウに抱きつく。
「大丈夫だよ、リュカ。あの青竜のブレスの威力より俺らの父さんの血の回復量の方が勝ってる。死にゃしない」
「パパの血、偉いね。頑張って……」
そう言ったかと思うと、ぱたりとリュカは倒れてしまった。リュカはブレスを吐いたのは初めてだったから、その疲労と、コウの怪我がショックすぎたのだろう。
「……出来れば、リュカが寝てる間に解決してやりたいんだけど……」
「コウ、お前もちょっと寝た方が良い。身体、辛いんだろ」
死にはしないが、身体の中を今も焼かれているのだから死ぬほど痛いだろう。やせ我慢をするコウに休むように言うと、僕は魔法で周囲を拡張した。
「様子見で暫くはここに居よう」
僕は自分のリュックからリュカの着替えを取り出し、目を覚まさない妹に着せてやる。これは、夏祭りで母さんに着せてもらった浴衣だ。ドラゴンになって遊ぶときに脱ぎ捨てたから、拾って普段着の着替えと共にリュックに入れておいたのだ。
「ライ。俺のリュックには制服とジャージが入ってるから、ジャージの方をお前にやるよ……って、それ凄いな」
「ん?」
コウの視線は僕のリュックの側面、時空の概念が入っているガラス瓶を向いていた。ガラスなのに今までの衝撃を耐えて割れていないのが凄いという事だろう。
「これには時空の概念が入っているんだ」
「時空の概念?何それ胡散臭くないか?」
「この世界のアイツの事を知っていたから、連れて来た」
「え?アイツって……父さんがいるのか?」
時間はたっぷりあったので、一から順に僕たちの体験した事をコウに説明した。
「ここ、過去の世界なのか……」
「コウは?どうして此処に来たんだ?僕たちが来る切っ掛けになったあの霧は、お前が学校から帰った時にもまだ晴れていなかったのか?」
「霧と言うか靄だな、あれは。俺は父さんにほぼ無理やり空間の裂け目みたいなモノに放り込まれたんだよ」
コウが言うには、アイツはリュカの悲鳴を聞いてすぐにあの森へと飛んできたようだ。しかし既にリュカも僕もそしてレンの姿もなく。代わりにあの靄……閉じそうになっていた空間の裂け目があったそうだ。あれが閉じたら拙いと直感で思ったのか、アイツは閉じない様にそこに手を突っ込んだらしい。
そんな時に事情を知らずに呑気に現れたのが、コウだった。
「相当分厚い結界を張ってくれたけど、有無も言わさずだったわ」とコウがうんざりしたように呟く。
アイツは母さんから離れる事はできないと言い、コウに迎えに行けと送りだしたらしい。母さんは身重だから、その判断で良かったと僕も思う。まあ、母さんが身重じゃなくても、アイツは母さんから離れなかっただろうけど。
「父さんは自分の血を水筒に入れて俺に持たせてさ。それでライ達の魂の気配を探って、俺をその傍に送り込むって言われてさ」
ああ、だからコウはいきなりあんな所に現れたのか。
「でも、かなりラグがあるな。僕たちは2、3日前にはこっちに来てたぞ」
「マジで?俺はついさっき此処にきたんだけどなあ」
向こうの世界でアイツが空間の裂け目を維持させているのがわかって良かった。出口が健在ならば、帰れるような気がする。
ホッとしてリュカを撫でる。そしてふと気づいた。
―――さっきコウは“リュカも、僕も、レンの姿も無かった”と言ったか?
「……レンは?」
「ん?お前達と一緒じゃなかったのか?」
僕たちはお互いの顔を見た。
そして同時にある可能性に行きつき、顔を青くした。
「「まさか……」」
レンもこっちの世界に来ていて、更に一人で彷徨っているのかもしれない。
リュカよりは年長ではあるが、殆ど団栗の背比べだ。それにあいつは度胸のあるリュカとは違い、人見知りが激しい。
更に僕の脳裏に白い鎧を着た狂人達がよぎる。
青竜も恐ろしいが、この世界はあまりにもドラゴンに優しくない世界だ。レンもドラゴンだとばれたらすぐに殺されてしまうかもしれない。
早く見つけてやらないといけない。しかし、手掛かりがない。
「どうしよう、コウ」
「……取り敢えず……父さんって呼んで良いのかわからないけど、その、シグラさん?の所に……」
コウは言葉の途中で呻いた。
「大丈夫か?」
「ああ。さっきもリュカに言っただろ。大丈夫だ」
コウは顔色が悪いまま、笑う。水筒に入れられた血液の量では完治までは無理だった。今のままなら歩くのも辛いだろう。
「コウ、僕の血も飲め」
「いらねえ。腹の足しにもならない」
「飲まないよりはマシだろ」
「いらねえって。お前まで力を削がれたら、ヤバいだろ」
そう言うと、コウは目を閉じた。




