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疲弊:(ブニ視点・後半からライ視点)

『結界を解けだと!?番の雌に結界を張るのは、雄に与えられる少ない権利だぞ!』

『お前など、夫ではなくてよ。獣のくせに思い上がるでない』


番となったキャリオーザに最初に命じられたのは、人の姿となり、目の前に跪き、足先に口付けをすること。その次に命じられたのは、異性を弾く結界を解く事だった。


頭に激痛が走る。何故私はこんなにも脆弱な人間の女を番にしてしまった?

手を伸ばせばすぐに届く場所にある、細い首に目が行く。あんな枯れ木の枝よりも脆そうなモノ、すぐに折る事ができるだろうに!


『早くなさい、ブニ』


あまりにも力んだ為、牙が自分の口内に食いこむ。

屈辱と怒りにより目の前が真っ赤になりながらも、結局は番の命令には逆らえない。

『……承知、した……』

私が結界を解くとすぐに、キャリオーザの傍に複数の雄が寄ってくる。

そしてキャリオーザは私の目の前で、その雄達と戯れ始めた。それは私の心を折る所業だった。


奴は一頻り見せつけた後、雄を数名連れて何処かへ行ってしまった。


彼女が立ち去った後も、私は苦しみと気持ち悪さに苛まれ、その場に蹲ったまま動けなかった。すると、キャリオーザの傍に居た雄達の中で、キャリオーザに指一本触れなかった者達が近寄って来た。話を聞けば、彼らは私と同じドラゴンの雄であった。

キャリオーザはどのドラゴンに対しても自分の身に触れる事は許さず、奴が戯れていた雄は全員人間の雄だった。


≪お気を確かに、ブニ殿≫

≪貴殿らに気を使ってもらう資格など、私にはない。私は、貴殿らの仲間を……≫

キャリオーザはドラゴンの雄達を盾にして私のブレスを乗り切った。その際、十頭近くの雄ドラゴンを死なせてしまっていた。

そんな私の懺悔に、同胞達は頭を振るう。

≪我らも同じ方法であの女に番にされてしまったのです、ブニ殿の気持ちは痛い程わかります。しかしブニ殿に殺された同胞たちは幸せだった筈です。漸くあの女から解放されたのですから……≫


―――……確かにそうかもしれない

先程番になったばかりの私ですら、既にあの女から解放されたいと願っているのだから。


≪キャリオーザの目的はおそらく、ブネ殿でしょう≫

同胞の一頭がため息交じりにそう言う。


ブネ……。


私には兄上と姉上がいる。

両名とも名を馳せるドラゴンではあるが、特に兄上は当代のドラゴン種の中で一番強い力を持っている。

名はブネ。

キャリオーザが兄上を欲していて、私にしたような手で求愛行動を乗り切るつもりでいるなら、私はあの女の盾となって兄上のブレスを受ける事になるだろう。そして、確実に殺される。私もそれなりに強い方ではあるが、兄上には敵わない。


兄上が私をこの苦しみから助けて下さるだろう。しかし、その代わりに今度は兄上が同じ苦しみを味わう事になる。


ドラゴン種の最強を、あの女の前に屈服させるのは、あまりにも悲しい事だと思った。



―――それからキャリオーザは私が殺してしまったドラゴンを補充する為に、ドラゴンの雄狩りを始めた


これが終われば、兄上に挑むのだろう。

複雑な感情を抱きながら、私はキャリオーザの命令に従っていった。



そして時は満ち、遂にキャリオーザは兄上に挑むこととなった。

しかし、意気揚々と兄上の住処へ行ったが、そこに兄上は居なかった。


『ブネを探せ!!』


キャリオーザは顔を顰め、我らに兄上捜索を命じた。だが、兄上は一向に見つからない。もしかしたら、何かに擬態でもしているのかもしれない。


自分の思い通りにならない事に苛立ち、キャリオーザの八つ当たりは日に日に強くなっていく。

脆弱な人間の雌に、我らドラゴンがびくびくと震える矛盾。


『役立たず共が!!貴様、今すぐ絶命せよ。そしてその血でわたくしのバスタブを満たせ!』

≪ッ!……かしこまり、ました……≫


遂に最悪な命令が下され、同胞の一頭が自害した。その身体は他の同胞によって風呂場に持ち込まれていく。

何とも虚しい光景だ。

一方キャリオーザは自分のお気に入りの人間の侍従を風呂に誘い、部屋から出て行った。


≪ブニ殿、部屋に戻りましょう≫

≪ああ≫


心が疲弊している。

あの女の、他の雄と戯れる声が聞こえたところで、既に何も感じはしなかった。




湖竜と紅竜が現れたという地に我らは来ていた。だが、いつまでもそこに紅竜が留まっているわけもなく。

『また無駄足か』

そう言いながら、キャリオーザは剣で私の背中を斬りつけた。何度も何度も。

特に痛みはなく、ただ服が破れてしまっているなあとぼんやり思った。


そこに同じ街に勇者が滞在しているという報せが入った。キャリオーザはすぐにその者の元へ向かった。

目的は情報収集だ。勇者はドラゴンを狩る事を目標としている者が多く、ドラゴンに関する情報には詳しいのだ。


しかしこの勇者は兄上に関する情報は持っていなかった。

その代わりに、キャリオーザは勇者に頼み込み、懐中時計のような物を貰っていた。これは勇者同士がドラゴンの情報共有をする為の装置らしい。


その装置を手にキャリオーザは王宮へ戻る事にして、ドラゴンの目撃情報があれば、我々(ドラゴン)だけでそこへ向かう事となった。

キャリオーザはこれ以上長旅をするのが面倒だったのだろう。まあ、奴の枯れ木のような首、枯れ木のような手足なら納得だ。





中々ドラゴンの目撃情報が入ってこない中、一報が入った。それは“プルソンルラに金竜が現れた”というものだった。

『金竜、ですって?』

キャリオーザは表情を険しくさせる。


確かに金竜は珍しい。私ですら金竜は過去一度だけ現れたと聞いただけだ。黄竜なら多くいるので、それを見間違えただけかもしれない。


『まさか……!?いいえ、そんな事はあり得ない。そうよ、黄竜の見間違えよ。しかし、人間の女を番にしたドラゴンがいると……』


1人でぶつぶつと呟いた後、キャリオーザは私に向き直った。

『そのドラゴンを確かめに行きなさい。真実、金竜だったら殺しなさい!』

『……承知した……』



命令を遂行する為王宮の尖塔に行き、ドラゴンの姿に戻る。この周辺は何故か外部には不可視となっており、ドラゴンの姿になっても誰にもばれない。この下には賢者のいる不思議な部屋があるらしいが、どうやらその部屋が発する力により不可視となる力が発せられているようだ。

キャリオーザからは、王宮からドラゴンが飛び出すという醜聞は看過できないと。なので、外に出る時はここでドラゴンになり、素早く空高く舞い上がるように言われている。高度が上がれば私の身体は地上の人間からは鳥か何かの点にしか見えないだろう。


―――プルソンルラは南の方角だったな



■■■



プルソンルラの森の前、少し遠くに塔が見える場所。そこで僕はリュカを連れて途方に暮れていた。


『赤い髪の毛の男と、黒髪の女?さて、見かけないな』

『……そうですか』


プルソンルラに来たものの、僕たちは早々に追い出されていた。理由は簡単、信徒ではないからだ。

そもそも信徒って何だ。そんな事を時空の概念に訊ねたところ、この世界には名のある精霊という特別な存在がいるらしい。プルソンルラとは、プルソンという名のある精霊の郷だという。


今僕たちはプルソンルラの入り口で、森から出てきた人間やエルフ達にシグラさん達の事を見かけなかったかと訊ねているところだ。結果は惨敗。

余談だが、耳のとがった人間がエルフだと知り、驚いた。

ブネルラに居た時にも見かけたが、あの人達はエルフだったのか……。


「そもそも、僕たちが追い出されたくらいなんだ、アイツらもプルソンの信徒じゃなければ、この森には入れないよな……」


折角ドラゴンになってまで、急いでやって来たのに。

「アイツらの目的地は南の紛争地傍の街だったな。もう直接そこに行って待ち構えていた方が良い気がする」

『このプルソンルラの隣にあるジュジ辺境伯爵領にある街、ジュジラの街。そこがシグラさん達の目的地です。此処からなら比較的近いので飛んで行けばすぐですよ』

「……歩いて行くと、どれくらい掛かる?」

『どうしてライさんはドラゴンになる事を嫌うのですか?此処に来る前も、ドラゴンになる事に対して相当葛藤していましたよね』


それはアルク伯爵領でのことだ。関所もあるので、飛んでいくことを時空の概念に推奨されたのだが、僕は最後まで抵抗した。

どうしてって、そんな事決まっている。


「ドラゴンは裸だぞ!?」


僕は露出の趣味は無いし、日本では警察を呼ばれる案件だ。

『随分と人間臭い事を言うんですね』

「僕の母さんは人間だ。それにずっと人間社会で生きて来たんだ」

正直人間の女の子にはあまりときめかないが、健全な男子中学生なんだ。


「ライちゃん」


暇すぎて木の枝を使って地面に落書きをしていたリュカが、僕の手を引いた。

「リュカがドラゴンになるよ!それでライちゃんを乗せて行ってあげる!」

めちゃくちゃキラキラした笑顔だった。

リュカはドラゴンになって遊ぶのが好きだからな。でも絶対に駄目だ。


「とにかく歩こう」


「えーい!」


ぶわっと風がきた。

「りゅ、リュカ!こら!!ドラゴンになるな!」

「ふふふっ」


リュカは楽しそうに笑うと、僕を捕まえようと手を伸ばした。

だが、その手が僕に触れる前に爆発音が聞こえ―――


「ギャン!」


リュカの身体が吹き飛ばされた。


「リュカ!?」

慌てて駆け寄り、リュカの顔を撫でる。おでこのところが赤くなって熱を持っている。何かがぶつかったのだろう。幸いな事にドラゴンの身体に戻っていたので、これくらいなら怪我はないだろうが、脳震盪でも起こしているのか、リュカは目を回していた。


リュカに当たった物が飛んできた方を見る。

そこには白い鎧を身に付けた人間が3名立っていた。

あの白い鎧には何となく見覚えがあった。ブネルラに居た頃に僕らの遊び相手になってくれていた騎士達が着ていたモノに似ているような……?

しかし火薬の臭いが微かにし、白い鎧についての思考を一旦止める。慎重に嗅いで目で辿れば、森の塔の窓から大砲が此方を向いているのが見えた。リュカを吹き飛ばしたのは、あれから発射された砲弾だったのか。


『プルソンルラに金竜が来ていると報告があったが、本当に居たとは……』

『そこの金髪の君、大丈夫か!?』

『ドラゴンが倒れている間に早く此方に来なさい!』


どうやら彼らは僕がリュカに襲われていると勘違いしているようだ。

『大丈夫です!この子はドラゴンですが、まだ幼いので危険は有りません!」

誤解を解こうとそう説明したのだが。


『ん……?確かによく見ればまだ小さいドラゴンだな、これなら勇者じゃなくても、我らだけで退治が出来そうだ』

『ドラゴン素材で大儲けだな!おお、きっとこれはプルソン様のご加護に違いない!』


そう言いながら、鎧の人間は剣を持って走り寄ってくる。何だあれは、狂人か!?


『僕らに近寄るな!!』

『『『ッ!?』』』


取り敢えず威嚇をし、狂人共の足を止める。しかし、すぐに砲弾が発射された音が響く。

お仲間であろう鎧の人間が僕たちの傍にいるのにお構いなしだ。やはり狂人の仲間は狂人なのか。


だがこれ以上リュカを傷つけるわけにはいかない。そうだ、結界だ。物理反射の結界を……


駄目だ、僕の結界構築スピードだと着弾には間に合わない!

こうなったら僕が肉盾になろう。そう思った、その時。

さっと影が差し、僕らの前に巨躯が降って来た。


「うあッ!?」

それは砲弾の事など瞬時に忘れてしまう程の衝撃だった。身体が吹っ飛ばされそうになったので、慌ててリュカにしがみ付いた。


一瞬にして砂埃が辺りを覆い、巨躯が当たった事で砕けて舞い上がった地面が、一気に土砂降りのように落ちて来る。僕はリュカの顔部分に覆いかぶさり、地面の土砂降りから妹を守った。

そして静かになったのを見計らい、頭を振って前を向く。そこに居たのは……。


「あ、青いドラゴン……」


ブネに何となく似ていると思った。



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