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小さな紅竜

「え?」


シグラ達の後にシャワーを使い、タオルで髪の毛を拭きながら外に出ると、扉の前にレンを抱き上げているシグラがいた。そしてその話は聞かされた。


「レン君、ドラゴンかもしれないの?」

「うん。すくなくとも、にんげんじゃ、ない」

「僕ドラゴンなの?」


レンも初めて聞かされたのか、きょとんとしている。

でもレンはシグラにそっくりなので、ドラゴンかもしれないと言われても、妙に納得してしまう。


「いまのれんは、どらごんの、じかくがないから、とてもきけんだよ。きちんと、じかく、させたほうが、いい」

本当にドラゴンならば、今は無自覚に擬態で人間の姿をしているが、力の使い方を忘れているせいで、うっかり擬態を解いてしまう可能性があるそうだ。

確かにそれはとても危険な事だ。

「どうやって自覚させるの?」

「いちど、どらごんの、すがたにさせる」

「……どうやって?」

「しぐらが、どらごんになって、れんを、しげき、してみる」

呼び水のような事をするって意味かな。車で言えばジャンピングスタートのような。……そんな事を思っていると、シグラに手を引かれた。一緒に来てくれということだろう。

「ちょっと待って。用意するから」

鞄にシグラとレンの着替えを入れ、湯冷めしない様に上着を羽織る。シグラにはバスタオルを羽織る様に差し出したが、彼は自分は大丈夫だと言い、受け取ったそれをレンの身体に巻きつけていた。

バスタオルを巻きつけられたレンは、遊んでもらっていると思ったのか楽しそうにはしゃいでいた。好奇心旺盛なお年頃なんだろう。


車の外へ出ると、まだキララ達は商人と話をしている途中だった。

「どうしたんだ、姉」

「ちょっと散歩に行ってくるね。すぐに戻ってくるから」

シグラが私を連れ出すのは珍しい事ではないので、キララやアウロに引き留められる事は無かった。ただ、ナギがにやにやしていたので、碌でもない事を想像されたような気がして、思わずジト目になってしまった。


シグラに手を引かれ近くの雑木林へと入って行く。

葉先が鋭い草や低木が所狭しと繁茂しているようなので、足元に気を付けないと。……そう、思った瞬間にシグラに抱き上げられる。私に危ない道を歩かせないつもりなのだろう。

「シグラ、私歩けるから」

今はレンを既に抱きかかえているのだからと降りようとしたが、シグラは「だめ」と頑なに聞き入れてはくれない。


―――こう言う時は絶対に私の言葉を聞いてくれないんだから


溜息を一つ吐くと、せめて邪魔にならないようにしようと思い、彼の首にそっと腕を回した。


「何処でドラゴンになるの?近くに街があるんだし、こんなところでなったら、大騒ぎになるよ?」

「ぼうしのけっかい、はるから、だいじょうぶ」


暫く歩くと立ち止まり、シグラは目の前に魔法反射の結界を張った。その中に炎を放ち、結界の部分だけを焼いてちょっとした広場を作る。そして照明として数個の炎を浮かべさせた。

「うらら、ここにいてね」

広場の隅に私を下ろし、靴を脱いでシグラはレンを連れて広場の中央へ行く。


「れん、みていて」


傍らにレンを下ろし、シグラはドラゴンへと姿を変えた。雑木林よりも大きな体躯なので、防視の結界はきちんと機能しているのだろうかと内心ハラハラしてしまう。


「う、わあ……」


レンは口を開け、そしてぺたんと尻もちをついた。


至近距離でドラゴンを見るのは刺激が強すぎたかもしれない。ちょっと冷静になってシグラを見れば、人間の時に比べると表情は分かりにくいが、とても優しい目をしているのがわかるのだけど……。


「大丈夫だよ、レン君。怖くな……」

「凄ーい!紅い竜だ!!」

おっと、怖がってはいなかったみたいだ。レンは尻もちをついたまま、シグラに向けて手を伸ばした。


「おまえも、なれる、はずだよ」

「僕も?え、え、どうやって?」

「……うーん」

シグラは首を傾げ「だっぴ、するような、かんじ?」と少しだけ自信がなさそうに言う。感覚的なものなんだろうなあ。

大丈夫かな、と思ったが。


「んっ!」


レンが力を入れると、バンっ!と背中から紅い翼が出た。勢いよく出したので、その風圧が私のところまできて、髪の毛を揺らした。


―――うわー、シグラと同じ翼だ!


「わー!!翼が出た!出たよー!」

私のテンションも上がったが、レンのテンションは更に上がったようで、びゅんっと上に飛んでいき、シグラの目の前の高さでくるくると旋回した。


「そのちょうしで、どらごんに、なってみろ」

「はーい!」


んんんっ!と力むと、小さな体から煙が出はじめる。そして徐々に身体を大きくしていき、やがてシグラの三分の一ほどのサイズの紅竜となった。


「わーい!なったよー!僕もなれたー!」

「あまり、さわぐな」

シグラは楽しそうに旋回するレンの首根っこを難なく捕まえ、そっと地面に置いた。


「つぎは、にんげんに、ぎたい、してみて」

「……どうやって?」

「…………うーん」

またシグラは首を傾げて唸る。

そして私を指さした。

「うららをみて、ああいうふうに、なりたいと、おもってみて」

そう言えばシグラは初めてドラゴンから人間になった時、私の事をじっと見ていたっけ。

レンは言われた通り私の方をじっと見つめ、そして靄を出しながらしゅるしゅると身体を小さくした。

靄が晴れると、そこには見慣れた赤毛の男の子が立っていた。


「出来たよ!」

「うん」


レンが人間になったのを見届けると、シグラも人の姿になる。


「やりかた、わかった?」

「はい!」

「きほんてきには、にんげんの、そのすがたで、すごすんだよ。できる?」

「はい!」

「それと、これはだいじなこと、なんだけど、うららは、やわらかいから、しんちょうに、さわって……」


「話は服を着てからにしようね。風邪ひいちゃうから」

何だか話が長くなりそうだったので、鞄に詰め込んできた着替えを二人に渡した。



「でもレン君、本当にドラゴンだったね」

シャツをもごもごと着ているレンを見兼ねて手助けをしてやっていると、「うらら」とシグラに呼ばれた。

男の子であるレンと少し近づきすぎたかなと反省しつつシグラを見遣れば、彼は何だか戸惑っているような表情をしていた。

「どうかしたの?」

「……ん。ううん、やっぱり、なんでもない」

何だか歯切れの悪い様子だ。でも、レンとの距離を咎められているワケではなさそうだ。


「言い難い事なら無理には訊かないけど、何でも遠慮なく言っていいからね」

「うん」


服を着終えたレンがいつものように私にじゃれ付いてこようとしたが、シグラがそれをいち早く抱き上げた。

そして私の事も抱き上げ、また雑木林の中を歩きだす。


「れん。おまえが、どらごんだというのは、だまっておいたほうが、いい」

「どうして?」

「どらごんを、ころしたいやつは、おおい。まだおまえは、こどもだから、ねらわれやすい」

シグラの言葉にレンは身を竦めた。


「しぐらの、そばにいれば、まもってやれる。でもしぐらは、うららを、ゆうせんして、まもる。それだけは、おぼえておいて」


小さく「わかってる。お嫁さんだもんね」と呟くレンに、シグラは頬を寄せた。

何だかレンに対するシグラの態度が徐々に軟化しているような気がする。ドラゴンの子供だと確定したから、親近感がわいたのかな?


キャンプ地に戻ると、焚火の傍ではナギと商人が話に盛り上がっていた。キララ達の姿は無いので、もうバスコンへ引っこんだのだろう。ナギ達に会釈をすると、私達もバスコンへ入った。



■■■



―――次の日の朝


「昨日の商人が言っていたけどさ、そろそろ嵐の時期が来るらしいぞ」

「嵐の時期?」


パジャマから着替えたキララを寝室のベッドに座らせ、髪を丁寧に梳いてやる。今日は赤いサクランボの髪飾りで括ってあげようかな。


「この国の南の方では8月の最後らへんから、10月の最初まで嵐が来やすいんだってさ」

「へえー。台風みたいなものかなあ」


どれくらいの威力なんだろう?

シグラの結界があれば吹き飛ばされないかな。……でもあまり彼に無理はさせたくないなあ。


シグラならその程度大丈夫だとアウロもアガレスも言うだろうが、それでもシグラにだって休みは必要だ。私の目が黒いうちは、過労死なんて辛い事、絶対にさせない!


しかし紛争地に救援に行ける場所に留まると宣言してしまった以上、嵐を避けて北へと行くわけにはいかない。

しっかりとした車庫のある宿屋があれば良いんだけど。


朝食を済ませると、私達は商人と別れを告げ、旅を再開させる。

残りの距離はおよそ600キロ。このまま何事もなければ明日の朝にはジュジ辺境伯爵領に入れるだろう。


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