ナダ子爵領:(途中からシグラ視点)
ガビ子爵家からは暫く滞在してくれと言われたそうだが、ルランは丁重にお断りし、私達は昼の間に屋敷から発った。
子爵家からはお礼として宝石箱を貰い、中には金貨50枚と指輪が入っていた。この指輪は感謝状のようなもので、指輪としての価値ではなく、子爵家から感謝されましたよという意味を持つものだ。
ちなみにゴーアン家にも同じような指輪は貰っている。
これらはアウロが貰ったものだからと彼に持っているように言ったのだが、敵を退けたのはシグラだし、子爵家までマディア達を送り届けたのは私だということで、金貨10枚と指輪だけをアウロがとり、残りの金貨40枚は私達にくれた。私達への取り分が多すぎると言ったのだが「衣食住をお世話されているので当然です」と返されたのだった。
でも、嗜好品類や雑貨、服はほぼほぼ日本と変わらない値段か若干高いくらいではあるが、正直食べ物に関してはこの国の物価はかなり安く、ジャガイモを箱買い(重さは大体20キロぐらいだろうか)したところで銅貨2枚(2000円)もかからない。日本の5分の1ほどではないだろうか。
……まあ折角のご好意だし、タンス預金にしておこう。
「しゃお?」
子爵家を出て、順調に道を進んでいると、ダイネットに座っていたルランが驚いたような声を出した。それをアウロが通訳してくれる。
「ガビ子爵家とアルク伯爵家の領境でドラゴンが出たらしいですよ。ルランさんの懐中時計の魔道具にその報せが入ったみたいです」
「ドラゴンですか?」
「金竜だそうです。特に被害はなく、プルソンルラへ向かっていったそうです」
アガレスが言ってはいたが、本当にドラゴンという存在は目立ち、動向が逐一情報共有されるんだなあと、少し憂鬱な気分になる。
「ドラゴンだって!」
助手席から楽しそうな声がする。横目で見ると、レンがシグラの膝に座って楽しそうに彼にじゃれ付いていた。
ちょこちょこ動くレンをジュニアシートに座らせたくてウズウズするが、日本ではないのでそんなものを用意出来るわけがないのも理解している。
「レン君、良い子にしてないと危ないよ。シグラも、ちゃんと抱っこしてあげて」
「うん!」
「わかった」
シグラの腕がお腹に回され、またレンは楽しそうに笑った。
「ドラゴンは格好いいの」
「レン君はドラゴンを見た事があるの?」
「うん。大きくて、紅いんだよ。凄く速くて、僕もお兄ちゃん達も追いつけないの」
おや、と思った。
「レン君にはお兄ちゃんがいるの?」
「え?……ん?」
レンがすんっと静かになって、そして「わからない」と首を振った。
「でも、居たような気がする」
「そっか」
不安になったのか、レンはシグラの腕にぎゅっと抱き付いた。シグラも何か思うところがあったのか、抱きつかれていない方の手で、レンの頭を撫でてやっていた。
■■■
プルソンルラを迂回するルートとして、やって来たのはナダ子爵領だった。この子爵領を越えると目的地のジュジ辺境伯爵領となる。
ガビ子爵領とナダ子爵領の関所を越えた頃には、既に辺りは暗くなっていた。夕方頃にもう少しで関所があると聞いたので、きりが良い所まで走らせようとした結果である。
関所傍の街に寄るかどうか訊ねると、アウロは首を横に振った。
「この時間帯だと、もう街の門が閉じていると思います」
「じゃあ、街の囲いの傍に車を停めてキャンプしましょうか」
シグラの結界に守られ、更にバスコンで寝泊まりする私達には、街の中だろうが外だろうがあまり関係ないことだ。
夕食は時間が無かったので、和風パスタと鶏肉の照り焼き、マルデツナのサラダで勘弁してもらった。
「手抜きですみません」と堪らず謝ると、「十分すぎますよ」とアウロにフォローをされた。
火を熾し、その灯りを頼りに折り畳みのテーブルを2台と椅子を10脚だして、5人ずつテーブルに着いて食事をする。
「後で傭兵の人達にもご飯あげないといけないね」
ちゅるるっとパスタを食べながら、馬車の上に視線を遣る。シグラの檻の結界で囚われている5人の傭兵達。トイレ休憩などは定期的に設けているが、自由に歩き回れない彼らに少し同情する。
「檻の結界だから暑さも寒さもなく、雨も凌げるんだから、そこまで地獄じゃないだろ」と言うのはキララ。
「成人男性5人が同じ空間で閉じ込められているんです、地獄そのものだと思います」と言うのはアウロ。
そして結局「悪さしたんだから、仕方ない」とキララは締めくくった。
マレインによると、傭兵5人はジュジ辺境伯爵領まで連れて行き、後からルラン達と合流予定で行軍してくるゴーアン家の兵士達に身柄を渡す事になるそうだ。
「あ、シグラ。おかわりいる?」
「うん」
空になった彼の皿にパスタを大盛りに乗せる。
「レン君は?」
「僕もいるー」
ソースでベタベタになっているレンの口周りをハンカチで拭き、彼の皿にもパスタを乗せた。すると、まだ欲しいと言われ、結局大盛りになってしまった。
「こんなに食べれるの?お腹いっぱいになったら無理せず残して良いからね?」
「うん!」
レンは頷くと、口いっぱいにパスタを頬張った。そんなレンをキララは呆れたような顔をして「顔も似てるけど、胃袋のサイズも似てるな」と茶化した。
食後に、時間がある時に焼いておいたクッキーを出して、まったりとお茶をすする。
そんな時、一台の荷馬車がバスコンの傍に停車し、運転席からぺこりと頭を下げながら中年の男性が降りて来た。挨拶がてら何か話掛けられたので、アウロが対応した。
「彼は商人だそうです。山賊が恐いので、傍で野宿していいかと仰っています」
「構いませんよ、とお伝えください」
この商人はナダ子爵領で店を開いているらしい。商談でガビ子爵領に行っていたのだが、それが長引いてしまい、帰りがこの時間になったそうだ。
夜道を行くのは危ないが、山賊が恐いので停まる事も出来ずに困っているところに、貴族の荷馬車が停まっているのを見かけ、隣に停車させてほしいということになったらしい。
バスコンはともかく、馬車の方は侯爵家が用意してくれたものだし、貴族も居るし、貴族の馬車で間違いではないか。
ルランとマレインは明日のルート確認の為に馬車へ、私はシグラとレンを連れて早々にバスコンへと引っこんだ。しかし好奇心旺盛のキララはアウロ、ロナ、ククルア、ナギと共に商人と焚火を囲んでもう少し話をするようだ。まあ、傍にアウロやナギが居るのだから、放っておいても大丈夫だろう。身内以外の大人と交流する事も、いい刺激になるだろうし。
「シグラ、キララ達が戻る前にレン君と一緒にお風呂入っちゃって」
「わかった」
シグラは頷くと、自分の足にじゃれ付くレンをひょいっと小脇に抱えてシャワールームへと入った。
彼はきちんと世話をしてやっているようで、中からはレンがきゃっきゃとはしゃぐ声が聞こえて来る。
私はバスタオルと着替えを廊下に置くと、ダイネットへ移動した。
■■■
違和感のある子供だ。
洗髪剤の泡を洗い流すため、目を手で覆ってしっかりと目を瞑るレンに湯を掛ける。
この国の言葉は全く喋れないのに、日本語は達者なことにウララは違和感を覚えていた。
だが私は、異世界の産物であるこの車を見ても何一つ驚かない事。その方が余程おかしいことだと思った。
それに……
レンの身体には確かに魔法の核はあるが、魔力の粒子が飛んでいないことから肉体強化の魔法を発動しているわけではない。それを踏まえてレンの小さな肩を、力を入れて掴む。
しかし、痕が残るどころかビクともしない。これはレンと初めて会った時、寝ている時、車に乗っている時にも試したが、同じ結果だった。
ウララの場合はビメが少し掴んだだけで数日消えない痣が残ったのに、おかしい。
―――やはりこいつは、人間ではない
ウララは柔らかいから、接触させるとこいつの力でウララを傷つけ兼ねない。今までも気を付けていたが、確信した以上、より一層こいつがウララにじゃれ付く前に回収する事を心がけよう。
そもそも何故ウララに張った異性を弾く結界が発動しないのだろう。
あの結界はウララの近親者は弾かない。それは近親者がウララと子を成す“雄”として認識されない為だ。
雄と認識されない……。
「……。」
念のために下半身を見るが、ついていた。
親でないのなら兄弟かとなるが、ウララ曰く「それは無い」とのこと。
シャワーを止めると、レンはぶるぶると頭を振るい、水気を飛ばした。そして私を見上げてにっこり笑った。屈託のない表情だ。
私と同じ色の髪と目。顔の造りもよく似ており、初めて見た時にはかなり驚いた。自分では良くわからないがウララによれば、仕草も似ているらしい。
「……」
この違和感に対して一番簡単な答えがある。しかし、それは同時に絶対にあり得ない答えでもある。
それはレンが、私とウララの子供であるという事だ。
まだ私達は交尾すらした事が無いのに、あり得ない答えだ。
しかし、今はいなくとも、未来にはいるかもしれない。
異世界へ行くことは出来た。ならば、過去や未来へ行くことは可能か?
そう言えば、ウララは賢者には色々な年代の人間が召喚されているようだと言っていた。つまり、可能なのだろう。
ならばやはり、こいつは……未来から来た私の子供か?
しゃがみ込み、レンの顔を覗く。
「どうしたの?」
「……!…………いいや」
まずはドラゴンかどうか確かめてやろうと思った。
指の一本でも切り落とせば、身体を離れたその指は魔力を失い、擬態が解けて本性を表すのだが……出来なかった。
私にそっくりなくせに、不思議そうに目を丸くする仕草がウララに似ているような気がしたからだ。
一度そう思ってしまえば、もうレンを故意に傷つける事は出来そうにない。
しかし、もしも本当にこいつが私の子供ならば、早々にドラゴンである自覚を持たさねばならない。
ひょんなことから擬態が解ければ、大参事になるだろうから。




