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元気が無い理由

シグラがしょんぼりしている。


これは絶対に私が悪い。そもそも私の方が以前からシグラに責任を取って結婚しろと迫っていたのに、その彼からの申し出を断ってしまうなんて……。そして彼を傷つけてしまうなんて、自己嫌悪である。


……結婚をしようと言われて、とても嬉しかった。それは嘘ではない。

でも、私の心の中でブレーキが掛かってしまった。その時頭に浮かんだのがマダオだった。


断じてマダオに未練があるのではなく、奴が私の中で“本能”のまま生きている象徴だからだ。

マダオは私より良い相手を見つけたから、私の都合や気持ちなど考えずに本能のままに駆け落ちした。


では、シグラは?


シグラは人間ではなくドラゴンだ。番の雌に絶対服従だなんて滅茶苦茶なことを当然のように受け入れる彼を見ていると、本能には抗えにくいものであるというのが容易にわかる。……今は私の事を好きでいてくれているが、強い雌が現れたらどうなるだろう。いとも簡単に私は捨てられるのではないだろうか。


また、私は捨てられる……。


ズキリと心臓が痛む。想像だけでこの痛みだ。現実となると、本当に再起不能になるかもしれない。

心の中で掛かったブレーキは安全装置だったのかもしれない。


「……」


シグラの方を見ると、彼はルランとロナと3人で何か話していた。この国の言葉なので、私には話の内容はわからない。


彼から視線を逸らすと、そっと溜息を吐いた。

取り敢えず洗濯物を取り込もう。



■■■



「あれ?ロナちゃんは?」

夕食の後、キララと一緒にお風呂に入ってもらおうと思ったのだが、ロナの姿が見当たらなかった。


今車の中に居るのは私とシグラ、そしてキララとアウロとククルアだ。ルランは馬車の方に行ってマレイン達と打ち合わせをしている。


「ロナなら馬車の荷物置き場の方にいますよ。やりたい作業が出来たので、暫くはそこで籠りたいと言っていました。風呂も夕方頃に済ませたようです」

「そうなんですか?」

でも、荷物置き場の方は明日には騎士の二人が使う事になるんだけどなあ。

そう思っていたのが顔に出ていたのか、アウロが「ナギさん達は了承してますよ」と教えてくれた。

「ロナくらいの子供だと邪魔にもなりませんし、あの子がやりたいのは大掛かりな作業ではないので、構わないと」

「そうですか」

当人同士が納得しているのなら、私が口を挟むことではないだろう。


「じゃあ、キララお風呂行ってきな」

「りょ」

シャワールームに向かうキララを見送ると、ふと思う事があった。

そう言えば、マディア達はお風呂はどうしているんだろう、と。

マレインやナギは自分達の手持ちの水の魔石で水浴びをしているようだが、マディアのように小さな子供が水浴びだけで済ませているのは可哀想に思えた。


でも、このバスコンの中に極力人を入れるわけにはいかないし……。

お湯だけでも提供したほうがいいだろうか。


「どうしたの、うらら。なにか、かんがえごと?」

「あ、ううん」


シグラに声を掛けられて、思わず肩が震えた。


「……し、子爵家のお嬢様達のお風呂事情がどうなっているのか、気になっただけだよ」

「マディアさん達なら、濡れタオルで身体を拭くくらいではないでしょうか」

アウロがそう言い、じとりと私を見る。

「可哀想でもシャワーを使わせようとは考えてはいけませんよ、ウララさん。後々面倒な事になりますからね」

「わかってますよ……。お湯だけでも、と思ったんですが。夏とは言え、水だけだと寒いでしょうし」

「ああ、それなら大丈夫ですよ。彼女たちが火の魔石を持っているのを見かけたので、水のまま使うのではなく、きちんとお湯にして使っていると思います」

「ああ、そうだったんですね」

ちょっとホッとした。少なくとも、マディア御一行に関しては。


「…………。」


ちらりとシグラを見ると、元気が無さそうな、しょんぼりとした顔の彼と目が合う。


うわあああ!

お昼の事が原因で、あんな顔をしているんだよね?ど、どうしよう。

彼にあんな顔をさせておくのは嫌だから早く釈明したいのだけど、なかなか二人きりになるタイミングがない。


―――寝る前の時間まで待つ?


時計を見ると、まだ19時。消灯時間は大体22時頃だから、まだ3時間もある。それまで放置だなんて、そんなの可哀想すぎる!


どうしよう、どうしよう!

思わず溜息が出そうになったが、シグラに心配されるから、慌てて堪えた。


どうしよう……!


「姉、姉」


名を呼ばれて、はっと顔を上げる。

「な、何?キララ。え?もうお風呂からあがったの?」

「“もう”って。いつも通りの時間だと思うけど」

時計は19時20分だった。

少し自分の世界に入ってしまっていたようだ。


「……あれ?アウロさん達は?」


ダイネットを見回すと、シグラとキララだけだった。

「花火が上がってるから、外に行ったってシグラが言ってるぞ」

「あ、本当だ。花火の音が聞こえる」

誕生日の夜なので、朝に引き続き伯爵家が花火を上げているのだろう。


「こえ、かけたんだけど、うらら、ぼんやりしてたから」

「う、あ。そ、そうなの?ごめんね、ちょっと疲れたみたい」

あははは、と胡散臭い作り笑いが出た。

「疲れたなら、姉は休んでろ。私は花火見て来る」

「う、うん。寒くない格好で行きなよ。湯冷めするから」


キララはパジャマの上に上着を羽織って、外へ行ってしまった。外にはアウロがいるから、私が付いて行かなくても大丈夫だろう。


と、急に視線がぶれる。

シグラに抱き寄せられたのだ。


「つかれたの?だいじょうぶ?」

「!」


至近距離で彼の顔を見るのは、今はハードルが高すぎる。目をぎゅっと閉じて顔を背けた。

しかしすぐに釈明しないといけない事を思い出し、緊張で少し高くなっている声で「お昼は、ごめんなさい」と何とか言う事が出来た。


「おひる?」

「あの……結婚しようって言ってくれたのに、有耶無耶にしちゃったから……」


シグラは「ああ、」と呟くと、向き合う様に体勢を変えた。


「けっこん、ちょっと、まってくれる?」

「……へ?」


ゾクっと身体が震えた。


―――もしかして嫌われた?


「し、シグラ……」

彼に嫌われたら、もう立ち直れない。怖くなって彼の背中に手を回して思いきり抱きついた。嗅ぎ慣れた彼の匂いに、涙が滲む。

「うらら?」

「私の事嫌いにならないで……!」

「ん?ならないよ?どうして?」

「だ、だって、結婚を待ってくれって……」


シグラの大きな手が私の頭を撫でる。


「ごめんね、うらら。うららが、ないてたから、しぐら、まわりがみえなく、なっちゃってた」


「…………え?」


先程より距離が近いが、今度はちゃんと彼の顔が見られた。

そしてシグラはまた元気のない顔で私の事を見ていた。


「しぐらは、どらごんだから、にんげんのきもちが、わかってないって、ろなにいわれたの。ごめんね、うらら」

「そんな事ない、シグラはいつも私の事考えてくれてるよ」

ドラゴンはとても賢い種族だから、私が自分の望みに気付く前に先回りされているくらいだ。


「……ねえ、うらら。うららが、ことわった、りゆう。しぐらに、おしえて?」

「!」


ぴしっと身体が硬直する。


「かんじょうに、ながされちゃ、だめって、うららはいってた。でも、うららが、こばんだりゆう、まだあるよね」

「ど、どうしてそう思うの?」

「うらら、すごく、もうしわけなさそうに、してるから」


シグラには隠し事が出来ないのかもしれない……そんな事を頭の片隅で思う。


―――言わなきゃ、駄目かな……


どくんどくんと心臓の音が耳につく。


ドラゴンの本能の事を批判するような事かもしれないし……。

それに元婚約者(マダオ)の事も説明しなくてはいけないだろう。


もう二度と私の人生に関わってくる予定の無い人物だから、シグラ達の前でマダオの事を話題に出した事はなかったし、出来れば話したくない。


―――でも、婚約破棄した過去があると言う事を話さないのも、不誠実……だよね


「……あ、あの……」

「うららを、くるしめてること、しぐらに、きかせて?……おねがい」

「え?あ……」


シグラは私の身体を抱き込み、背中を優しくぽんぽんと叩いてくれる。

その仕草で気が付いた。彼の元気が無いのは、彼自身が傷ついているのではなく、私が悩んでいる事を心配しているだけだったのだと。


鼻の奥がツンとして、涙が滲んでくる。


「ごめんね、シグラ。お昼も凄く嬉しかったのに、素直に頷けなくてごめんね」

「うれしかったの?」

「うん」

私が上体を起こすと、嬉しそうに「よかった」と笑う彼と目が合った。


「……断った理由、きちんと話すね」


もう、全部話そう。



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