妖精草の余波:アウロ視点
『はあ……』
大きな溜息を吐きながら、ルランさんが車内に入って来る。
彼も妖精草の被害に遭ったようだが、ウララさん達に比べると軽症だったようで、ちょっと休んだだけで既に元の彼に戻っていた。
『災難でしたね。妖精草が繁茂しているなんて』
『ええ。後から来る部隊にこの廃村には気を付けるように報せないと』
妖精草は真っ先に駆除される対象なので、人間が住む場所には滅多に繁殖しない植物だ。
廃村になってしまって、全く人の手が入っていないのだろうな……。
『廃村とは言え、街道の近くにここまでの妖精草群生地を放置するのは、あり得ない事です。アルク伯爵は怠慢すぎます』
孫の誕生日を豪勢に祝う前にやる事があるだろうと、若干苛々しながらルランさんが愚痴る。
『そう言えばナギさんは大丈夫だったんですか?外に転ばされていましたけど』
『はは……。本人の名誉の為に、マレインが猿轡をしてましたね。今は馬車の中で休ませていますよ』
彼は女性の名前を呼びながら泣いていた。苦笑するルランさんの様子からして、ナギさんの許されざる恋の相手か、馴染みの娼婦の名なのだろう。
『それで……あの』
ルランさんは寝室のある奥の方に目を向けた。
『奥様は大丈夫なのですか?先程からシグラ様と奥様の言い合うような声が聞こえてくるのですが……』
『ははは……。ウララさんも、早い段階で元に戻っていたんですよ』
ウララさんがあまりにも悲しそうに泣くので、シグラさんも釣られてボロボロと泣きだしてしまったのだが、その涙が偶然ウララさんの口に入ると、すぐに妖精草の症状は治まったのだ。
血や唾液に治癒効果があるドラゴンだから、涙にもその効果はあったようだ。
キララさんもそれで症状を治め、今は外でロナとククルアさんと共に気晴らしに走り回っている。
『どちらかというと、ウララさんよりもシグラさんの方が大変な様子です』
ルランさんは『はあ、』と首を傾げる。私は苦笑した。
『ドラゴンもエルフも人間も、好きな相手にあんなに泣き縋られれば、心穏やかではいられませんよ』
「けっこん、しよう、うらら!」
ルランさんは日本語が解らないから、彼らがどんな会話をしているのかわからないだろうが、先程から寝室ではシグラさんが熱烈にウララさんへプロポーズをしているところだった。
「落ち着いて、シグラ」
「げんじつで、けっこんしてないから、うららは、そんなげんかくをみて、かなしくなったんでしょ?」
「し、シグラ、」
「にほんに、もどらないと、うららののぞむ、けっこんが、できないとおもった。だから、さきのばしにしてた。でももう、うららのこと、なかせたくない!」
妖精草にシグラさんとの結婚式の幻覚を見せられ、それを中断させられたからウララさんが泣いていると知ったら、シグラさんならこうなってしまうよなあ。
熱いお茶を飲みながら、ほう……と息を吐いた。
「しぐらと、けっこん、して!」
■■■
顔を真っ赤にしたウララさんが、しょんぼりとするシグラさんの手を引いて寝室から出てきたのは、3時頃の事だった。どうやら洗濯物を取り込むために、話を一旦中断したようだ。
ルランさんもウララさん達の後を追い、車内は私一人となった。
それにしても、彼らの会話の中で、結婚は感情的になっている時に流されてするモノではない!というウララさんの言葉が聞こえてきたが、こういう事は勢いも大事だと思う。私なんて勢い余って駆け落ちしたからね。
「そもそも、既に番なのに、結婚など必要かのう?」
アガレスさんの声が聞こえて来た。
「ウララさんにとっては、大切な事なんですよ、きっと」
ロナもアニメでお姫様が王子様と結婚する場面になると、異様なテンションになる。きっとそれと同じ憧れをウララさんも持っているのだろう。
それに番ではあるが、ウララさんはまだシグラさんに対して一線を引いている。ウララさんは真面目な人だから、結婚をするまではこの一線は守り続けるつもりだろう。
温くなったお茶をちょびちょび飲んでいると、キララさん達と外で遊んでいたロナが勢いよく戻って来た。嬉しい事でもあったのか、その頬は上気している。
『どうしたんだい、ロナ』
『あのね、あのね。シグラお兄ちゃんにね、指輪を作ってくれって言われたの!』
『指輪?』
ウララさんにプレゼント攻撃でもするのだろうか。
既にウララさんはシグラさんの事を“夫”として見ているのだから、そんな事をする必要はないように思うが。
そう思っていると、ロナは『ふふふー』と笑った。
『ロナ、知ってるよ。お姉ちゃんの世界では、結婚する時に指輪を交換するんだよ!』
ロナの手には、綺麗な光沢を持つ紅い板が握られている。もしかして、それは
『シグラさんの鱗?』
『うん!ドラゴンの素材には魔法が使えないから、全部手で加工しなきゃいけないの。結構時間が掛かると思うから、早く取り掛からなきゃ!』
そう言うと、収納スペースから大工道具を取り出した。
一大事な仕事を任されたものだ。
これが出来上がったら、シグラさんは改めてウララさんに結婚を申し込むつもりなのかな?




