足止め
「待機ですか?」
朝食の席でマレインとルランが深刻そうな顔をしていた。
「ここから1キロ先にアルク伯爵領とガビ子爵領の関所があるんですが、そこで暴動が起きているそうです」
「暴動ですか」
「あ、暴動というのは語弊がありました。正しくは、アルク伯爵が人を領地から出さないように封鎖しているそうです。ガビ子爵領側からはアルク伯爵領に入ってこれるようですがね」
一方通行ということかな。
それに対して旅人たちやガビ子爵領に用事のある人間たちが抗議をし、関所の人間とにらみ合いをしているそうだ。
「何でまた……」
何か深刻な問題でも起きたのだろうか?だったら、行軍の予定を修正する必要が出てくるだろう。
ルランがパチン、と音を立てて通信機器兼懐中時計の蓋を開けた。何か連絡が入って来たようだ。
それを見た彼はすぐに呆れたような顔になり、懐中時計を隣のマレインに渡した。
「しゃおお、しゃおしゃ。しゃおおしゃお」
ルランの言葉を聞いて、アウロは苦笑する。
「伯爵の孫娘の我が侭だそうです。どうやら明日孫娘さんがお誕生日だそうで、多くの人に祝って欲しいのだと仰っているそうですよ」
「……はあ……」
マレインは懐中時計をルランに返すと、「しゃお……」と話し出した。
「マレインさんが言うには、貴族家の子息で、更に任務中のルランさんであれば関所を通れるだろう、と。しかし思ったよりも関所での騒ぎが大きく混乱しているそうで、通るにしても1日は掛かるのではないかと。ならば、ここで2日待機した方がマシではないかとのことです」
「私は構いませんが、そんなに悠長にしていてよろしいのですか?」
アウロがマレインに私の言葉を告げる。するとマレインは頷いて「しゃおおしゃお……」と話した。
「元々1月半を予定していたのに、僅か6日で半分まで来ました。安全を重視して待機で構わないそうです」
「それなら良いです」
ここで半分か。足止めを喰らった事もあり、結構時間がかかったな、というのが私の意見だ。
でも私も10日をイメージしていたので、ここまでは概ね予定通りでもある。
「姉、食料は大丈夫なのか?」
「うん。2週間分積んで来てるから、あと1週間は大丈夫だよ」
水の魔石があるお陰で水の心配もないし。
「それにしても、アルク伯爵家ってのは面倒くさそうな奴らだな」
「だね」
暴動を起こすほどの領民達の怒りを買っているのに、祝って貰えると本気で思っているのだろうか?
「ちなみにお孫さんは何歳になるんですか?」
「さて……しゃおしゃお」
アウロはルランに訊ねてくれ、すぐに私に向き直った。
「23歳だそうですよ。伯爵の最初のお孫さんだそうです」
「姉と同じ歳じゃん」
キララの言葉に、アウロとロナとルランが一斉に私の顔を見た。キララがしている念話のイヤリングを通して、ロナとルランにもキララの言葉が伝わったのだろう、タイミングがばっちりだった。
「ウララさん、23歳だったんですか?」
「はい」
「てっきり10代後半かと」
一瞬言葉に詰まる。
「……流石にちょっとお世辞になってませんよ、アウロさん」
若く見えるのは嬉しい事だが、流石に10代に見られるのは子供っぽいと言われているようで嫌だ。
するとキララが「お世辞じゃないだろ」と言った。
「地球でも日本人は若く見られがちだからな。それと同じ感覚だろ」
「あー……。でも10代後半なんて、まるでシグラが少女趣味みたいで申し訳ないかな……」
シグラはきょとんとする。
「うららは、おとなだよ?せいじゅくした、めすの、けはいがする」
せ、成熟?!
「何だか恥ずかしいから、その言い方止めて」
彼はドラゴンだから、人間の見た目に関しては疎く、本能的な部分で感じているのだろうけど……。
「まあまあ、10代だろうが20代だろうが、シグラさんの前では誤差ですよ」
「人間にとっては、子供か大人かの大事な境界線じゃないですか」
きっと殆ど化粧をしていないから、若く見えるのだろう。シグラにロリコンという不名誉な称号が他人から与えられる前に、営業用のバッチリメイクをするべきか。
一応、女の嗜みとしてメイク道具は持ってきてはいた。
アウロは苦笑しながら首を振った。
「この国では10代後半……18から大人として扱われるんです。なのでウララさんは確かに若くは見えますが、子供には見えませんよ。シグラさんだって20代の青年に見えてますし、お二人は釣り合ってますよ」
そんな言葉で煙に巻かれて、この場はお開きとなったのだった。
■■■
さて。
降って湧いてきた2日のお休み。
と言っても、こんな廃村で何もする事は無いけど。
関所の傍には街があるそうだが、暴動騒ぎで混乱しているだろうから近寄りたくないし。
針仕事でもしようかと、裁縫道具と椅子を持って外に出て座る。
外ではキララとロナがナギに遊んでもらっていた。
「うらら、それ、しぐらのふく?」
「うん。翼が出て破れちゃった所を直そうと思って」
「……ごめんね、うらら」
「これくらい、どうってことないよ」
でも私のような素人が普通に縫って直しても不格好になるに違いない。ヨーク(肩から背中にかけての切り替え部分)に布を足して、セーラー服の衿みたいにしてみようかな。
ちくちくと縫っていると、シグラは私の足元に座った。そして嬉しそうに私を見上げる。
「見てて楽しい?」
「うん」
退屈じゃないのかなと思うけど、本人が楽しいなら私が口を挟む事でもないか。
少し乾燥した風が吹き、私の髪の毛を靡かせる。
時折シグラの様子を見ると、にこにこ笑う彼と目が合った。
うーん、やっぱり気になる。ずっとそうしているつもりなのかな?
早く作業を終えよう。そう思い無心で手を動かした1時間。漸くぷつんと糸を切った。
「こんなものかな」
ばさっと彼の服を広げる。それにしても大きな服だ。
アウロはああ言っていたが、やはり大きな身体のシグラと10代に見える私とでは、釣り合わない気がする。
ちょっとメイク道具を引っ張り出してみようかな。
そう思っていると、ガラガラと馬車の車輪の音が聞こえてきた。
馬車は急いでいるようで、私達の前を横切って行く。
が、すぐに引き返してきた。
「何だろう?」
馬車は私達から少し距離を取った所で停まり、1人の男性が降りて来た。
それに対して此方はマレインが対応をしてくれるようで、男性の方へ行ってくれる。
彼らの様子を見ていると、
「……うらら、くるまに、もどろう」
急にシグラに肩を抱かれ、バスコンへと押し込まれた。
バスコンの中ではククルアが少し苦しそうな顔をしていて、それをアウロが介抱してやっているところだった。
「アウロさん、ククルア君はどうかしたんですか?」
「急に調子が悪くなったみたいなんです」
ククルアは人の感情にとても敏感な子だ。負の感情が近くに来ると調子を崩してしまう。
「もしかして、あの馬車の男性は山賊とかだったりする?」
だったらキララ達も此処に連れてこないと。
しかし私が外に出ようとすると、シグラに止められた。彼の顔を見上げると、とても微妙な顔をしていた。
「……どうしたの?」
「うららは、でちゃ、だめ」
どういう事?と訊こうとした所で、キララの声が聞こえてきた。
「おーい、姉ー。急患だぞー。大怪我してるって言ってるぞー」
「急患?」
「しにかけてる、にんげんが、いる。だから、うららは、ここにいて」
あ、シグラは私に大怪我している人間を見せないようにしたかったのか。
そしてククルアはその怪我人の苦しみの感情が流れ込んできて、調子を崩したんだ。
事態を把握したアウロが「どっこいせ」と立ち上がった。
「怪我なら私の回復魔法が役に立つかもしれません。ちょっと行ってきます」
Twitter始めました。
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