影響力:(後半からシグラ視点)
シグラは少し考えた後、困ったような顔で
「たましいは、すごく、うるさい」
と教えてくれた。
全ての柵から解き放たられた魂は、建前など最早意味はなく、好き勝手に喋るそうだ。
しかも魂は防音だろうが檻の結界だろうが、どの結界でもすり抜けてくるので、声を遮る事はできない。
だから未熟でまだこの力を制御できなかった頃の彼は慢性的な寝不足だったそうだ。
彼が寝るのが大好きなのは、これが要因しているのかもしれない。
「どれくらいの間、寝不足だったの?」
「……」
「シグラ?」
「……1000ね……500ねんくらい」
言い直した。私を心配させない様にしているんだ……500年も十分長いけど。
「魂はどんなことを言っているの?」
「いろいろ。しんぱいごとや、うらみごと。あとは、かなえられなかった、がんぼうや、こうかい」
あまり良い事は言っていなさそうだ。
幼い頃のシグラが気の毒になる。
「でもね、でも、もうだいじょうぶ。いまは、せいぎょ、できるから。だいじょうぶ、だからね」
シグラは「大丈夫」を繰り返す。きっと今、私は心配そうな顔をしているのだろう。
「過去はどうしようもないからね」
手を伸ばし、シグラのこめかめ辺りを撫でた。
「でも、今なら色々してあげられる」
身を起こし、シグラと私の間で眠っているキララを寝室の端に丁寧に転がすと、シグラの方に向き直った。
シグラはきょとんとして私を見ている。
そんな彼に向かって腕を広げた。
「添い寝。私がたっぷりと寝かせてあげるから」
きょとんとした顔に、喜色が浮かぶ。そして勢いよく私の胸に飛び込むと、ぐりぐりと懐いた。
身体をゆっくりと横たえて、ぽんぽん、と大きな背中を緩く叩く。するとすぐにシグラの動きは緩慢になり、しばらくして身体が弛緩した。
「おやすみ、シグラ」
すーすー、と寝息を立てだした彼から身を離し、布団を掛けてやった。
■■■
ぼやー……とする視界は、すぐにピントが合い、見覚えのある岩肌を映し出す。
此処は私の最初の住処だった洞窟だ。
どうやら夢を見ているらしい。眠る前に私の能力の事が話題になったから、それが呼び水になったのだろう。
私の足元には無様に衰弱した過去の私がいる。
その傍らには、私を作ったドラゴンの番共がいた。
紅竜が母で、白竜が父だ。
白竜は幸せそうな顔をして紅竜に傅いている。そして紅竜はそんな白竜にさっぱり興味の無い素振りで鉱石を齧っていた。この2頭は典型的なドラゴンの番だと思う。
滑稽なものだ。
今となってはそんな感想が浮かぶが、当時の自分は素っ気なくされても、一生懸命にご機嫌を取る白竜を見て、紅竜の事が大事で大事で仕方がないのだろうと、本気で思っていた。
≪眠りたい……うるさい……≫
過去の私は目元を腫らし、耳から血を流しながらそんな事を呟いている。
耳を潰して死者の声から逃げようとしても、ドラゴンの再生能力がそれを許さない。
それを知っているのに、足元でぐちゃっと音がする。また耳を潰したようだ。
無駄な努力を。
だが、白竜が生きていると言う事は、まだマシだった頃だ。
これがもう少し厄介になるのは白竜が死んでからだ。
大雨が降っていた在る日のこと。いつも通り、紅竜に使いを頼まれた白竜は、酷使され続けボロボロになっていた身体を引き摺りながら住処から出て行った。そして彼は二度とこの住処に戻る事は無かった。
その代わりに、白竜の魂が私の傍に現れるようになり、
“ああ、死んだんだな”
そう思った。
親だった存在だ、私は思わずその魂に触れてしまった。
その瞬間、今まで感じた事も無いような苦しみが私の身体を駆け巡った。触った事で魂と繋がってしまったのだ。
そして耳元で騒ぐ魂達とは比べものにもならない、頭に直接響くような声で白竜の魂は紅竜への呪詛を吐き始めた。
白竜は紅竜が大事なわけでは無かった。幸福そうな顔は本能によるものであり、実際は自分を下僕として扱う紅竜に対して、殺したくて殺したくて仕方ない程の憎悪を抱いていたのだ。
そしてその憎悪は私にも向けられていた。
それが直撃した幼い私は暫く発狂する羽目になる。
また、足元でぐちゃりと音がした。
鬱陶しい。
足を振りあげ、過去の私を踏み潰す。
≪もう、消えろ。自傷する私をウララが見たら、彼女が悲しむ≫
≪でもうるさくて、しかたないんだ≫
≪魂の声なら、聞かなくて良い。それでも鬱陶しければ消し去れば良い≫
過去の私が血溜まりからにゅっと立ち上がる。
≪無理だよ。心の中に刻まれてる声は消せない≫
洞窟が消え、紅竜が消える。
存在するのは私と過去の私と白竜だけだ。
白竜は醜悪な顔で私を見ている。
奴の頭を吹き飛ばす。だが、すぐに再生して減らず口を叩きだした。
今度は全身を吹き飛ばす。しかしやはり、すぐに再生してまた恨みつらみを吐き出す。
本当にキリがない。
「シグラ、大丈夫?」
不意にウララの声が聞こえてきて、ぎょっとする。
振り返ると、にこにこ笑う彼女がすぐ傍に立っていた。
「どうして、うらら」
ウララは私の言葉を無視し、過去の私のところに歩いて行く。
そして耳を潰している手をひょいっと掴んだ。
「シグラが死んだら、私も死ぬからね。私が大事なら、自分の身体も大事にして」
≪……これは新しく心の中に刻まれた声だ≫
そう呟くと過去の私は消えた。
次に彼女は罵詈雑言を繰り返す白竜の元に行くと、ふっと息を吹きかけた。
あんなにしつこかった白竜はそれだけで霧散する。
「シグラ」
にこにこしながら、ウララは私に向かって腕を広げる。
「私の傍に、ずっといて。私、シグラが傍に居るだけで幸せだから」
・
・
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飛び起きると、もう朝だった。
「……ひえっ……」
ウララの固い声が聞こえてきて、そちらを見ると、寝間着を脱いで下着姿になった彼女がいた。
手にはワンピースを持っているので、着替える途中だったようだ。
「うらら……」
あの夢の事もあって、無性に抱きつきたくなり、固まっていた彼女を抱き寄せる。
「うらら、うららぁ」
「だだだだだ、だめぇ……」
夢中になって擦り寄っていたら、腕の中でウララがぐったりとしてしまう。慌てて彼女の顔を見ると真っ赤になって気絶していた。
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