連鎖:アミー視点
『壊したい人間が居るんです。私の元夫と伯爵家の末娘です。奴らの大事な物、肉体、心、命、尊厳まで全て、汚く壊してやりたいんです』
そんな愉しい事を言う割に、見た目はそこら辺にいるような女だった。そこそこ真面目に暮らして、それなりの幸せを享受しているような、至って普通の女。
強欲な生き物以外が俺の元に来るのは珍しい事だった。
でも俺は真面目な奴は好きだ。だってこいつら、ぶちぎれた時の爆発力が半端ないからな。
だから、力を貸してやる事にした。対価は命だ。
女は少し前まで街の代表をしている男の妻だったそうだ。3人の子供をもうけ、仲睦まじくしていたそうだ。しかし、旦那にアルク伯爵の末娘との縁談が突如と持ち上がり、旦那もそれにノリノリだったらしい。
邪魔になった女と子供は捨てられた。しかも普通に捨てられたのではない。
3人の子供は不慮の事故で死に、その責任は全て女にあるとされたそうだ。
罰として伯爵の末娘の目の前で這い蹲らされ、鞭打ちにされ、山賊が徘徊する森に捨てられた。幸か不幸かボロボロすぎて山賊にも見向きもされず、命からがら隣の街へと逃げ込んだんだとさ。
そして、この女が逃げ込んだ街の連中も、良い感じに憤怒が溜まっている状態だった。
皆、伯爵に見捨てられたと嘆いていたよ。
だから俺は『見捨てられてはねえよ』と慰めてやった。
『捨てるも何も、伯爵様はお前らの存在すら知らねえんだからさ』
俺の言葉に勇気づけられた奴らは喜々として行動を始めた。良い事をした後は気分が良い。
だから、この街に滞在して勇気の出る言葉を掛け続けてやることにした。
それから数か月が経った。
あの時俺に会いに来た女が、嬉し泣きしながらペリュトンに乗り疾走していった。
『殺してやる、殺してやる、殺してやる!!泣き叫びやがれ、くそったれ共が!!』
街の人間も同様だ。全員晴れ晴れとした表情でペリュトンに乗って出かけて行った。
愉しい奴らだ。
本懐が遂げられるとでも思っているんだろうな。
標的に止めを刺す前に魂が砕けるようにしてやってるんだけどなあ。
命まで賭けたのにさ、怨敵の目の前で動かなくなる身体。やり遂げる事が出来ない、その絶望。
その絶望を見るのが、今から愉しみだ。
『アミー様、人間共を先走らせてよろしいのですか?』
『そうですよ。アミー様が壊す人間が減りま……熱ッ!!俺の髪の毛が!』
俺を崇拝する聖騎士共。俺の後ろをいつも付いて来るうざい奴らだ。
『あー、うるせえ。折角俺、愉しんでるのに。次何か言ったら顔面燃やすから』
でもまあ、俺も断末魔は聞きたいから、そろそろ行くか。
俺はペリュトンに乗り、聖騎士共は馬に乗った。
手駒にする魔獣がこの辺りにはペリュトンぐらいしかいなかったが、中々良い乗り心地だ。
『おーい、アミーよーい」
『あん?何だジジイ。人が楽しんでるところに水を差しやがって』
この声はアガレスだな。干からびたジジイだから、よく燃えそうだ。
『悪い事は言わんから、手を引いた方が良いぞ?』
『ああ?』
『お前さんらが行く街にはな、シグラ……いや、ブネがおるぞい』
ブネ?どっかで聞いた事あったなあ。
『ドラゴンじゃよ。ほれ、いつも寝ておる物ぐさ小僧じゃ』
『ああー…、そういうのもいたなあ。それがどうしたっていうんだよ、ジジイ。寝てりゃいいさ、そのまま永遠に目が覚めねえようにしてやっからよ』
苔が生えてそうなドラゴンなんざ、今更どうってことないだろ。俺に歯向かうなら殺すまでだ。
『嫁御と一緒に居るでの、あまりおいたが過ぎたら、燃やし尽くされるぞ』
『嫁だあ?へえ?じゃあその嫁、ブネの目の前で犯して、その後胴体を引き裂いてやるか』
『若いのは恐れを知らんのう』
『おい、クズ共。俺に防音の結界を張りやがれ。加齢臭通り越して死臭が付き纏いやがる』
俺の後ろを付き従う俺の聖騎士に命じた。だが、すぐにそれは撤回した。
『あー、やっぱ止め止め。これ張ったら断末魔も聞こえねーからさ』
『あーあ……、もう知らぬぞい。精々良い地獄めぐりをするんじゃな。さらばじゃ、アミー』
何言ってんだ、この死臭ジジイ。
まあ良い。後であのジジイの住処も襲撃してぶっ壊してやる。
でもジジイは案外人気があって、守る聖騎士は結構数が多いからな。
どうやって壊してやろうかな。
そんな事を考えていると、ブツン、という音が頭に響いた。
また死臭ジジイか?と一瞬思ったが、口の端に熱を感じて手を当てると、ぬるっとした感触がした。
『何だこりゃ。血……ぐぎゃっ!!』
もう片方の口の端にも熱が走り、口元に当てていた手の指も吹っ飛ぶ。
その血しぶきが目をかすめ、反射的に目を閉じてしまった。そして次に目を開けると、ギラギラと光る金色の目と目が合った。
『は、はあ!?』
俺が乗っているペリュトンの頭の上に赤毛の男が乗っていた。
『ガぁッ!?』
男が俺の頭を掴みやがった。うざすぎる!!
『俺を虚仮にしやがって!!てめえ、灰すら残さねえ!!』
掴まれた頭を炎に変え、逆に男の手を包み込んでやる。
俺は炎が本当の姿だ。
しかし肉の焼ける臭いはしなかった。
『……んだあ?てめえ』
今度は全身を炎に変えて男を飲み込んだ。だが、何故か男の身体に火が浸透しねえ。
結界か?
人間如きが張った結界に俺の炎が負けるだと?あり得ねえ、何かカラクリがある筈―――
『!』
男が動く素振りを見せると、俺は反射的に距離を取ってしまった。
この俺がビビったってのか!?
目の前が赤くなる。こんな屈辱、生まれて初めてだ!絶対に許さねえ!!
ペリュトンの頭に奴が、尻尾に俺が乗り、睨みあう。
ひらひらと男のリボンタイが揺れる。青いリボンだ。
面白い物を見つけた。
―――コイツの女は青い服を着ている
どうにかこいつを出し抜いて、その女を八つ裂きに出来ないだろうか。
そんで、その死体を磔にして晒してやるんだ。
それが俺を虚仮にした代償だ。
『おい!聖騎士共!てめえらでこの男の相手をしてやれや!』
後ろにいる聖騎士に声を掛けたが、返事がない。
『てめえら!ご主人様が声を掛けたら……』
背後に目を遣ると、馬だけが追従しているだけでその上に聖騎士の姿は無かった。
『は?逃げやがったか?』
ヒュッと風が吹く。
『ぐぎいっ!!』
嫌な予感がして咄嗟に身体を捻ると、バクンっと体の半分を削がれた。奴の斬撃か!
削がれた身は檻の結界に閉じ込められてしまう。
『はん!無駄だ。俺を閉じ込めたけりゃ、全部閉じ込めねえと意味はないぜ?』
人間如きが作りだす結界、カラクリごとぶち壊してやるよ!!
俺の半身を閉じ込めた結界に向かって炎弾を当てる。
『なんでだよ!?』
だが、やはりヒビさえ入らなかった。どういう事なんだ?
『俺は、俺はアミー様だぞ!?そんな馬鹿な事があるわけねえだろうが!!』
何度も何度も炎弾を当てるが、全て掻き消された。
『ひぎいい!!』
今度は左腕が削がれる。
くそが!
一旦退かねえと、どんどん力が削がれていく!!
身体を炎に変え、ペリュトンから飛び降りた。
だが、男はそんな俺を執拗に追ってくる。
『くそ、くそ!!何なんだよ!!うぜええ!!』
逃げている目の先に俺の聖騎士共が目を回して転がっているのが見えた。逃げたわけではなく、落馬していただけらしい。恐らく、初っ端で俺の口端を割いた、あの金目の男の斬撃の流れ弾が当たったのだろう。
『使えねえ奴らが!!』
後ろを振り向けば、ただひたすらに俺を目の中に捉える、金目の男がいて。
『何なんだよ!!俺が、何したっていうんだあああああ!!』
『私の番に心労を与えた。私の番に害意を抱いた。それ以上の罪がどこにある?』
はあああ?
番、番……もしかして!!
『てめえ、ブネ……』
目の前に膜が張った。
■■■
く、くそ……。
封じられる前に俺の加護をやった聖騎士に意識を移し、何とか聖騎士の身体を乗っ取る事は出来たが……俺の身体は全部ブネに取られちまった。
ブネの奴、このままでは終わらせねえ。
ドラゴンってのは番の雌に絶対服従だと聞いた。ブネの嫁を俺の奴隷にしてやれば、間接的にブネを奴隷にできる。
ヒヒヒ、と思わず口から笑いが零れる。
『俺は雌の調教は得意だ』
癪だが、今は一旦退かねえとな。だが取り敢えず、ブネの嫁の顔は見ておくか。
『……ッ』
こいつの身体、落馬した時に胸の骨でも折ったのか、動くとずきずきと痛む。
聖騎士だろうが人間の身体には変わりないって事か。うぜえ。
たまに口から血が出ながらも、ペリュトンの死骸が散乱する道を歩く。
足元でカサリ、と音が鳴った。
見覚えのある女の、干からびた死体だった。
ブネが邪魔したから、こんな道半ばで干からびちまったか。
本当、うぜえ野郎だ。
門が見えて来た。今は人間の身体だが、あまり近寄るとブネに勘付かれるかもしれねえから、門の陰から街の中を見る。
ブネの姿があった。そしてその傍らに青のど派手なドレスを着た女がいた。あれか。
紫色のウェーブのかかった長髪。目の色は……ああ、目の色も紫だ。
へえ?可憐そうな良い女じゃないか。
とことん弄りまくってやるよ。
覚悟しておけ、ブネ。お前の絶望した顔が今から愉しみだ。




