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私の中にある常識

私は救急セットを手に取ると、キララとシグラを連れてバスコンから飛び出した。

「…っと、パルちゃん!シグラに私の結界を解くようにお願いしてくれないかな?」

『わかりました』

パルが『あうあう』とシグラに話しかけると、彼は物凄い形相で首を横に振った。


『番から結界を解くなんてできるわけがない、そうです』

「でも、男の人を弾いちゃう結界でしょ?それじゃ怪我の手当が出来ないし、私達の拠点で休ませてあげることもできない」


そんな応酬をしながらパルの先導で森の中を走ること数分。洞窟のようなモノが見えてきた。

その洞窟の前で小さな女の子が外を向いて立っていて、女の子は私達に気が付くと、転ぶようにして走ってきた。


「しやおあおう、しゅうおう、おうしゅあお」


女の子が何かを私に向かって話してくる。何を言っているのかわからないが、涙と鼻水塗れの顔に、ただ事では無い事はわかった。

『お父さんを助けてくれ、助けてくれ、と言っています』

「シグラ、お願いだから結界を…」

もう一度お願いしようと彼を見上げる。私と目が合うと、シグラの中で何か色々と葛藤をしているような様子になったが…


「あううおうう…」


『結界の範囲を狭めました。今は半径20センチほどになっていますね』

「ありがとう!」

思わず笑顔になると、シグラも困ったような笑みを返してくれた。


狭めてくれたとしても、結界があるということは私は直接怪我の手当は出来ない。でも、怪我人の傍に行って指示を出す事はできる。

女の子に連れられて洞窟に入ると、地面にはぽたぽたと落ちた血の跡がいくつもあった。


「しやおう、おうおおおう」

洞窟の壁に凭れ掛かった人影があった。それに女の子が駆け寄っていく。

あれが私達に念話でSOS信号を飛ばしたエルフなのだろう。


彼はまだ動く力があるのか、私達に気が付くとよろよろと立ち上がる。

「しゅあおおう、おうおおおう…」

やっぱり何を言っているかわからない。パルを見ると『娘を助けて下さい、と言っています』と教えてくれた。


エルフの男性は私達と言語が通じないとわかるや否や、何か呪文を唱えだした。


「私の言葉が、わかりますか?」


びっくりした。急に日本語を喋りだしたのだ。


「えっと…はい。わかります。何かしたんですか?」

「私は…見ての通りエルフなので精霊魔法を少々使えまして。精霊ロノウェにお願いをして言語知識を授けて頂きました」


そんな便利なものが…。

目をキラキラとさせている妹の為にも『魔法』に関して詳しく話を聞きたいところではあるが、今は彼の容態を訊くのが先だ。


「刺突されたと聞きましたが、怪我は…?」

正直、もっと大怪我をしていると思って現場に駆け付けたので、見た感じ軽症な彼にホッとしたが…

「怪我なら何とか治癒魔法で塞ぎました。…ですが、血が多く出たのと、魔力もほぼありません…私は暫く戦うことは出来ません」

全然軽症じゃなかった。

でも傷が塞げているなら、出血死の恐れはないね。後はこの人達を保護して…と考えていると、エルフのお父さんは切羽詰まった顔で女の子の背中に手を当て、私の方へ押し出した。

「お願いです、下働きでも何でも良い…娘を雇って下さい。賃金はいりません、どうか荷馬車の隅に…置いてやって下さい」

「え?」

私には彼が言っている意味が解らなかった。雇えと言うのに賃金がいらない?いや、そんなことより療養が必要なのに、そんな事を言っている場合ではないですよね、と。

私が不可解そうな顔をしたのがわかったのか、彼は「どこかの集落に連れて行ってあげてほしいのです」と苦しそうに言った。


「つまり、保護をすればいいのですよね?」

「お願いです、ドワーフの血を濃く受け継いでいるので、体は頑丈です。お願いです…」


保護するに決まってるじゃないの、何をそこまで必死になって…と思いかけた私は、そうだ、ここは異世界だったと改めて思い出す。

何かを頼むのなら、見返りを渡さなければならない世界なのかもしれない。

そしてこのエルフは、自分では何も見返りが渡せないからと自分が助かる事は諦めているのだ。


「大丈夫ですよ」


平和ボケした日本ではない、生きていくためには逞しくならないといけない。

確かに形振り構っていられなくなる事も多々あるだろう。

だけど、まだ私はそこまで余裕が無いわけではない。

だったら助けたいと思う。

異世界の常識とかけ離れていようが、私の中にある常識ではそれが正解だから。


「きちんと娘さんは保護しましょう。貴方もですよ、お父さん」


エルフの男性は何かを言おうとしたが、口を閉じる。そして何かを我慢するように顔を伏せた。

それから肩を震わせながら顔を上げると、堪えきれなかった涙が零れたのだった。


私は結界があるから男性に触れないので、エルフの男性をシグラに頼む。

てっきり肩を貸すだけかと思えば、ひょいっと軽々と俵のように担ぎあげてしまった。

やっぱりシグラってドラゴンなんだよなあ…。


エルフの男性は傷は塞いだと言っていたから血は流れていなかったが、着ていた上着は血塗れでボロボロだった。

キャンプ地に戻ると、私はバンクベッドのシーツを整える為にバスコンへと乗り込み、その間に服を脱いでもらって、無理が無い程度に濡れタオルで体を拭いてもらうことにした。


ベッドの用意が出来ると、バスタオルを持って降りて彼に差し出した。

「ベッドの準備ができました。どうぞ休んで下さい」

「すみません、重ね重ねご迷惑をおかけします。…私が力を取り戻したら、必ずこの御恩はお返し致します…」

「気にしなくて良いですよ、さあどうぞ」

彼を車内に招くと、中を見てぎょっと体を強張らせたが、これ以上何かを言う気力も無かったのか、ただただキョロキョロと辺りを見回しただけだった。

シグラの手を借りてバンクベッドに登らせ、寝かしつける。するとやはり無理をしていたのだろう、気を失うように彼は眠りについたのだった。


さて、次にやることは。


洗濯だな。


スプラッタな現場なので、すぐにでも移動しようと思っていたけど、目の前に湖があるのだ。血だらけの服を洗わない手は無いだろう。


それに昨日キララが私の血だらけの身体を洗って拭いてくれたバスタオルもきちんと洗って干しておきたい。

シグラの貫頭衣も洗ってあげたいけど、あれ一枚で着替えが無いからなあ…。

服を破いた時に直せるように裁縫道具もキャンプ道具と一緒に持ってきているから、まともな服を縫ってあげても良いんだけど、布は流石に持ってきていないから、それだとまたシーツがいるよね。何枚か予備のシーツはあるけど、それも有限だ。

集落に下りて服を買ってあげたほうがいいかな。


買い物かー…

キャンピングカーの燃料も心許ないし、早く何かで稼がないと。


近くの集落の仕事ってなんだろうね、とパルに訊くと『農業、宿屋、商店、役所、自警団』とのこと。


どの職種も言葉が通じない私にはハードルが高いなあ。

というか、戸籍とかないんだけど雇ってくれるのかな?


本日もう一本アップします。

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