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ラテラルの悪魔

作者: 葉月翔平

昔書いたものを見つけたので、初投稿です。

「他の先輩方だーれも来ませんね。今日は来るって言ってたのに」


目線を携帯から外し窓の横の時計を見上げると、五時を回ったところ。もうこんなに時間が過ぎていたか、少し空いている窓からは吹奏楽部の奏でる『centuria』が聞こえてくる。暗さの混ざった夕焼けが幻想的できれいだ。


「確か……。泉は数学の補習に出ていて、春野さんは生徒会の方で用事があるとか。そうそう、九重さんは広報委員会の用事で文化祭についてのビラを刷っているとか言ってたかな」

「文化祭ですか……うちのクラスまだ何やるのかすら決めてないですよ」


ほんともうやんなっちゃう、と彼女は愚痴をこぼした。


「そんなもんだろ。ああいうのは、ほどほどに楽しめばいいんだよ」


文化祭を受験が近いからといって、やる気を出さないクラスメイトを見ていると、もったいない気がしてくる。けどそんなもんだ。


「……今日の間に部費払ってくれるって約束してたのに!」

「ああ、だからずっと残ってるのか」


あいつらは、ほとんど幽霊部員。この部室に本を借りに来ることや、部誌に作品を載せることはあっても、ここに残っていることはほぼない。俺は時々顔を出すものの、たいていはこの後輩がいつも同じ場所に一人で座っているだけだ。


「暇すぎて、暇すぎて。死にそうなんですけど!」

「本読んでいればいいだろ……。いつもみたいに」

「そして、先輩はまた携帯いじってるんですね。文芸部なんですから本の一冊でも読んだらいんじゃないですか? 私がオススメ薦めても後で後で、って全然呼んでくれないじゃないですか!」


その通りだった。俺はどうしても本を読んでると眠くなる。俺が好きなのは本自体ではなく、本に囲まれて紙の匂いが分かるこの空間なのだ。このことをどうにも理解してもらえない。


「それに読み終わっちゃいましたよ、持っている本は……。仮にも待ち合わせしてるんだから、勝手に図書室にも行けないし」


以外と律儀なやつだな。気にせずにいなくなるタイプかと思っていた。


「で? 図書室行く間に来た部員を、部室にとどめればいいのか?」

「違いますよ! だいたい今日は書庫整理とかで、図書室休みです」

「ふーん。……この部室にある本でも読めばいいんじゃないか?」

「ここにある本全部読んでないのは、先輩くらいですよ」

「おい、マジかよ。泉とか絶対全部読んでないだろ!」


彼女は深くため息をついた。いや、絶対に全部は読んでいない。逆に言えばここの本を全部読んでいてもおかしくないのは、こいつくらいだ。彼女はいつも窓際の席で風に吹かれながら本のページをめくっている。


「というわけで……先輩。ゲームしません?」

「どういうわけだよ!」

「いいじゃないですか、先輩も暇でしょう?」

「おい、勝手に人のことを暇人認定するな、部誌の作品を書いてるんだ」


まぁ、今はちょっと携帯いじってたけどな。


「先輩。水平思考パズルって知ってます?」

「知らん」

「本当に知らないんですか! 一昔前、水面下でブレイクしかけていたんですよ!」

「そういうのは、流行っていないっていうんだ」


俺の言葉を完全に無視してこいつは説明を始めた。


「ルールは簡単です。私が先輩に対して問題を出します。その問題に対して先輩はYesかNoで答えられる質問を複数回します。その質問によって正解にたどり着くというゲームです。決まった質問回数内に答えが分かったら先輩の勝ち。分からなかったら、私の勝ちってわけです」


確かに単純なルールだな。


「へー。……だけど、それってずいぶん解く方が有利じゃないか?」

「やってみればこのゲームの難しさが十分に分かると思いますよ。じゃあ、第一問です!」


【1】

『ある男がバーに入って、水を一杯注文した。それに応えてバーテンはカウンターの下からショットガンを取り出して男に向けた。すると男は、バーテンに礼を言ってバーから去っていった。いったい何が起こったか?』


「はぁ? どんな状況だ、そりゃ?」

「さぁさぁ、早く質問してくださいよ。質問は五回までで!」


彼女はにっと笑っている。その口元からは白い小さな八重歯が窓からの夕日を反射していた。問題の方は、まったくもって状況が読めない。そうだな……。とりあえず……。


「質問その一、バーテンは怒っていましたか?」

「No。バーテンは至って冷静でした」

「ということは、バーの決まりを無意識のうちに破っていたり、バーに入ってきていきなり酒じゃなく水を注文する神経のずぶとさにバーテンがキレたりしたわけじゃないんだな」

「いいですね! 可能性を狭めていく質問です」


……まあいい、次の質問だ。


「質問その二、そのショットガンとやらは、水鉄砲だったか?」

「Noです! もちろん本物ですよ」

「違ったか、コップが全部割れていて直接水鉄砲で飲ませたのかと思ったんだが」

「そんなわけないじゃないですか! 真剣に考えてくださいよ!」


……そもそも、なんで男はバーに入って水なんか頼もうとしたんだ? そこも、この問題の不自然な点に思える。この推理ゲームは、こういった不自然な点を見つけて解決していけば攻略しやすいのかもしれない。


「質問その三、バーには水を一杯注文すると、秘密裏にショットガンを売ってくれるという決まりがありましたか?」

「Noです。……なるほど、そう来ましたか、男が頼んだのは、正真正銘、何の変哲もない水です」


違ったか、なかなかいい線いっていると思ったんだが。


「というか、もっと最初みたいに可能性を狭める質問した方がいいですよ! 質問回数は有限ですからね!」


……水を頼んだ不自然さをどうしても解消することはできないが、何故頼んだのかなんて理由は思いつかない。……仕方ない。質問する角度を変えてみるか。


「質問その四、バーに他の客はいたか?」

「Yes/Noです。関係ありません」


Yes/No?


「なんだよ、そのYes/Noっていうのは」

「質問の答えがどっちでも答えには影響しない。または、どっちにもなりうるって意味です。さあ、質問回数は残り一回ですよ」


客が居ようが居まいが関係ないということか? つまり客が他にいたところでバーテンは問題なく銃を取り出して男に突き付けたってわけだ。…………まったく分からん。



「質問その五、男は酔っぱらっていましたか?」


酔っぱらっているから酔い覚ましのために水を欲しがる。ショットガンを向けられても何を向けられたかよく理解できずに感謝する、バーにやって来たと言っているから、酔っていない人間を想像するが実はこの男は、はしご酒の最中だったというわけだ。


「No、彼は酔っぱらっていませんでした」

……え? 違うの?


「さぁ、答えをどうぞ」


今までこいつがこんなに笑った顔を見たことがあっただろうか?


「……くそ、分からん」

「よし、私の勝ちですね! 正解は……」




『男が一人バーに入ってきて、バーテンに向かってこう言った。

「さっきから、ひっく、しゃっくりが止まらなくってね、ひっく、困ったもんだよ、ひっく、水を一杯くれないか」


するとバーテンはショットガンを取り出して男に向けた。


「ああ、水をやろうじゃないか……。地獄への手向けにな!」


 バーテンは男を銃口で小突いた。


「ひぇえええ、撃たないでくれぇぇ」


と、男が驚いた拍子にしゃっくりが止まった。


「いやぁ、しゃっくりが止まったよ。……なんでそんなもんをカウンターの下に入れているんだい?」

「最近物騒でな、だいたいの奴がこいつを見せればビビる」


男はバーテンに感謝して機嫌よくバーを去っていったのだった』




「しゃっくりか……。よくできているな。でも俺の答えの方が」

「先輩の答えも悪くないですが、このクイズは出題者の解答を当てなければ正解ではありません! 大喜利とかじゃないですからね」


ふふん、と得意げな様子である。


「というか、先輩もっと真剣にやってくださいよ。なんですか、途中の質問から感じられるやる気のなさ!」

「悪かったな。勝負相手として物足りなくて」


こいつの目がまた、ゆっくりと細まっていく。たいていこんな顔しているときは本当にくだらないこと思いついた時だな。


「先輩、ルール足しませんか。あまりにも先輩のやる気がないんで。先に三敗した方が相手の言うことを一つ聞くっていうのはどうです?」

「おいおい、俺が負けたところでそのルール追加するのかよ」

「だって、いくらゲームだからって真剣さが足りないんですもん。それに、ちょうど大量に本を買いたいと思って荷物持ちを探していたんですよ!」


冗談じゃない。そんなことで俺の時間がつぶされてたまるか。


「お前が負けた時のこと考えなくていいのかよ?」

「私、先輩なんかに負けませんから!」


すごい自信だな……。


「ではでは、第二問です」


【2】

『「やめて、ジョン。撃たないで!」

あるホテルの最上階の一室で女性の声と一発の銃声が鳴り響いた。その音を聞き、偶然にも一つ下の階を巡回していた警官が、すぐさま駆け付けた。その現場には死んでいる被害者の他に、弁護士と医者と会計士がいた。ところが、すぐにその中の一人を警官は確信をもって殺人犯として逮捕した。いったいそれは何故か?』


さっきよりは突き止める対象がはっきりしているような気がする。これは犯人を判断した理由の一本勝負だ。


「質問回数はさっきと同じく五回です! さぁどうぞ」


俺は目を閉じた。昔からの癖で俺はこうやって長時間考えることが多かった。時間を忘れて、思考の海を漂うのだ。静まり返った部屋の中で、ただ時計の秒針の音だけが鳴っている。その音に合わせて一つずつパズルのピースが合わさっていくように、俺は自分の考えをまとめていく。



「質問その一、犯人だと判断した人物に犯人である何らかの痕跡が残っていたか?」

「Yes/No関係ありません。警官は犯人である痕跡以外から犯人を判別しました。……いいですね、先輩。慣れてないと犯人は凶器を持っていたかとか、返り血を浴びていたかとかで質問回数を無駄にする人も結構いるんですよ

ん?


「他の奴ともこれをやったことがあるのか」

「先輩よりも察しが悪かったですけどね」


無理やりに泉の奴でも付き合わせたんだろう。かわいそうに。


「質問その二、警官は犯人に対する事前情報を持っていたか?」

「Yesですね……。それに基づき警官は犯人を逮捕しました。ミスリード注意です!」

「ん……。情報を持っていたのか。……というか、なんなんだ。そのミスリード注意っていうのは」

「私は親切な出題者ですからね! 勘違いしないように先に教えてあげているんですよ!」


……ああそうかい、ありがとよ。しかし情報を持っているとなると、その情報に基づいて警官は犯人を逮捕したことになるな。で、勘違いしやすいということは……。


「質問その三、警官とジョンは知り合いでしたか?」


瞬間彼女の片方の眉が上がる。


「Noですが……。どうやら引っかからなかったみたいですね……」


やっぱり警官の持っていた事前情報ってのは、問題冒頭のセリフのことだな。つまり警官はこのセリフに基づいて三人の中から犯人を選んだ。だが、ジョンと顔見知りではない。


「質問その四、三人は自らの名前を示すものを身に着けていたか?」

「Noです。ネームプレートのようなものは、一切つけていませんでした」


……ということはジョンという名前だけで判断したのに身に着けているものからは名前が判明しないことになる。そうなると……。


「ふふふ、あと一回しか質問はありませんよ。また私の勝ちですかね?」

身に着けていないのなら身に着ける物以外で判断しなければならない。しかし元々、警官はジョンを知らない。つまりその場で判断したということ。身分証明書を確認した。なんてのも思いつくが、すぐに警官が犯人を判断したとも微妙に結びつかない。ならば……。


「質問その五、三人のうち男性は一人だけでしたか?」

「……Noです。男性は二人いました。」


…………? 違うのか?

「さあ、答えをどうぞ!」


どういうことだ? 

戸惑っている俺を見ながら、こいつは笑い出した。


「質問の使い方が下手なんですよ! 二つ目の質問はもっと可能性を絞ってからで十分でしたし、三つ目と四つ目も警官は何らかの手段でジョンを判別したか? と聞けば、一つに収まりますしね! もっと要領よくいきましょうよ」


こいつ……。調子に乗ってるな。


「ですが、さっきと違って答えの一歩手前には、いるみたいですし……。少し考えてみたらどうですか」


 そういわれて俺はさっきの質問の答えを思い出した。

三人のうち男性は二人ということは……。


「問題文をもう一回、聞かせてくれ」

「? いいですよ」


後輩が、ゆっくりと問題文を読んでいく。ホテルの最上階、一発の銃声、被害者と三人の容疑者……。俺はようやく気づいた。犯人がジョンではない可能性もあると言うことに……。


「被害者の性別や死因について、質問しておくべきだったか……」

「待たせすぎですよ! 答え聞かせてください!」


確信はない。が、こうなるのが自然なはずだ。


「この問題を聞いていると被害者は女性で、ジョンという男に銃殺されているように思える。だが、銃声が一発響いているだけで死体は銃殺されたとは言わなかった。しかも、男性が二人いたんならジョンという情報では犯人を絞れない。


……つまり情報になったのは女性の声、この部分だ。犯人は銃を外したジョンを返り討ちにしたっていうわけだ。そして、やってきた警官は被害者が男性であることと、寸前で争っていた人物候補が一人しかいなかったことから、女性を逮捕した!」

「……正解です」


『銃声。そして階下まで響く断末魔。警官は階段を駆け上った。

「そこにいる奴ら、全員その場から一歩も動くな!」

警官が現場に乗り込んだその時。その階には三人の人間がいた。

「ふぅ、騒がしいですね、何かあったんですか」

少し不健康そうな若い儚げな男性。

「ちょっと、いったいなんだってのよ!」

えらく動転している、気の強そうな女性。

「おいおい、何があったんだ!」

強面で大柄な男性。

……そうか、犯人が分かったぞ!

「犯人はお前だな!」

「い、いい、いきなりなんだっていうの!」

「とぼけるな! さっきあんたが、被害者と言い争っている声を聞いたぞ!」

被害者である男は拳銃を握ったまま、倒れていたのである。

「正当防衛よ! 弁護士を呼んで頂戴!」

「そっちの奴は、弁護士みたいだぜ」

「……というか、医者なら撃たれた人の容体をですね……」

「ええい、一斉に喋るな!」

今日も彼の仕事は長引きそうである』


「これで一勝一敗だな」

「先輩。一回当てたくらいで、そんなどや顔しないでくださいよ。それにこれは結構簡単な問題ですからね!」


確かに一問目よりも分かりやすかった。けど、あれで簡単なのか……。質問をまったく無駄にできない問題だったぞ。最後の答えに、確信が持てなかったし。


「なんにせよ、一勝は一勝だ」

「あーハイハイ、分かりましたよ。この勢いで三問目も答えてみればいいんじゃないですか?」

冷たい声であしらわれた。まだまだ自信ありげだな。


【3】

『あるところに、一人の人間と一人の邪神がいました。人間はどうしてもかなえたい願いがあり邪神に契約を持ちかけました。

「神さま。私の願いを叶えてくれませんか?」

すると邪神は、

「お前の残りの寿命を対価に願いをかなえてやろう。ただし、私にもできることとできないことがある。お前の望みを聞かせろ」

人間は願いを口にしました。邪神はその願いを聞き、それなら契約可能であると告げました。ところが、契約はできたはずなのに人間は契約をせずに去っていきました。何故か?』


さっきまで現実でもありえたものだったが、急にファンタジーになったな。正直言って、これは卑怯だろ。前提条件の確認だけでも、質問回数をとられそうだ。


「どうです? 難しいでしょう! 実体験ですよ!」

「さらっと嘘をつくな!」


しかし、とっかかりが分かりづらいな。


「質問回数は、やっぱり五回ですよ!」


どんな質問をすればいいのかさえも見当がつかない。さっきの問題でも思ったが有効打を連続で撃たないと、この問題では正解に届くことが非常に困難になる。どうすりゃいいんだ。俺はゆっくりと目をつぶって考え始めた。



「だんまりは、私がつまんないですよ~」

「……それにしても他の奴ら来ないな。時間たっても来ないし……。今日は部室来ないんじゃないか?」

ちょっと話題をそらしてみる。


「そうだったとしても、先輩との勝負は継続しますからね」


……はぁ。まぁこいつは、こういう奴だからな。


「……質問その一、人間は願いと対価が釣り合っていないと考えたか?」

「Yes/No、関係ありません」

「え、それ関係ないの?」


どういうことだよ、契約に満足していようがいまいが契約しなかったってことか? 思わず目を開けた。目の前で彼女が笑っていた。


「素晴らしい質問です! どうせ情報が落ちないだろうと質問を省く人こそ、このパズルの罠にはまる……。だから、この足場固めを運も含めて迅速に行っていく必要がある。いひゃひゃひゃひゃ」

「可笑しな笑い声になっているぞ。……お前そんな笑い方するのな」


ちょっとしたホラー映画に出てきそうな、……どこかゾクリとするような、くぐもった笑い声。この小柄な後輩のイメージと、全く合っていなかった。


「ああ、すいません。ちょっと、盛り上がっちゃいまして」


……まぁどうでもいいか、それより問題だ。……この質問の答えはよく考えるべきだ。どうしても願いを叶えたかったのに、願いと対価が釣り合っていようがいまいが問題ない。

 

待てよ……。もしかすると。


「質問その二、人間がどうしても叶えたい願いと、人間が口にした願いは別の物でしたか?」

「Yes! またもや、素晴らしい質問です!」


これで契約の不満に関しての適当さは解けた。次に出る疑問は、人間が何故自分の願いを口にしなかったのか。

……いや違う。こっちよりも先にそもそもなぜ自分の願いを口にせずに、違う願いを邪神に喋ったかのほうが疑問だ。


「質問その三、人間がどうしても叶えたい願いとは、交渉中に叶った?」

「……Noです。叶ったわけではないですから」


わけではない、か。……質問を無駄にしちまったかな。となると交渉中に起こった出来事で願いが変わったのか?……いや落ち着け、変わったならそのまま邪神に伝えて叶えるはずだ。


「……流石に、この問題は難しいですかね。ゆっくり解いてくださいよ。どうせ他の先輩方は、来るはずもありませんし」


発想の枠をもうちょっと広げないと、これ以上の答えは出てこないだろう。



目を深く閉じ、俺はあらゆる可能性を検討していく。どれくらいの時間がたったのだろうか? いつしか、周りから音は聞こえなくなっていた。つぶれずに残っている可能性をつぶすために必要な質問は……


「質問その四、願いの対価になっていた寿命は量が決まっていた?」

「Yes。寿命三年分でした」

んん? 期待していた以上の答えを聞いた気がする。そんなに契約の対価はきっちり決まっていたのか。……そういうことか!

「質問その五、人間が叶えたい願いとは寿命によって三年間は死なないと分かって叶える必要がなくなった?」

「……Yesです。では答えを」

「契約することができるってことは、当然、人間側も対価を払うことができるってことだよな。つまり、この人間は邪神との契約確認を使って、自分の寿命を確認したんだ。少なくとも三年以内に寿命で死ぬことはない、ってな」

「……なるほど。素晴らしい! 正解です!」


『ある病院の一室でのこと。人間は邪神に問いかけた。

「例えば一生かかっても使いきれないだけのお金……。

こんな願いでも叶えられるんですか?」

邪神はニヤニヤと笑いながら、答えた。

「もちろんですとも! その程度の願いがこの私に叶えられないはずがないじゃないですか! まぁ、あなたの寿命を、三年ほど削り取らさせていただきますがね。」

「……契約は本当に可能なんですか?」

「先ほどから何度も言っているじゃないですか。できますと。私は親切な神ですから、あなたの寿命以上に絞り取ることなどしませんよ。せいぜい、願いをかなえて残りの人生をお楽しみくださいな」

「そうですか……。なら、この話はなかったことにしたいです」

「……何故です? たったの三年ですよ? ここで願いをかなえて残りの人生を楽しんだ方が得ですよ。こんな病室の中で……」

「……その三年が必要なんです。お医者さんから、もって余命半年だろうと昨日、告げられました。でも来年には結婚式があるんです。お姉ちゃんが親の同意なく結婚できるようにようやくなるんです。おめでとうって言いたいんです。それに……。たぶん寿命を三年も削ったら残りなんてほとんどないんでしょうから」

「………………」

「分かってるんです。寿命を対価にとるんなら、命を長らえさせてくれないことなんて、だから……」

「……いやはや、私としたことが」

邪神の声は少し残念そうではあったが、どこか満足したようでもあった。

「神さま騙して、すみません。それと、ありがとうございました」

……きっと苦しいけれど、確実にやってくる未来を手に入れることができたのだろう』


 ♦


「また、俺の正解だな」

「ええ、先輩が二勝一敗ですね」

「あれだけ自信があった割には、もう後がないじゃないか!」

「じゃあ、第四問に行きましょうか」

「続きは、明日にでもしないか? もう、いい時間だろ?」

強く目を閉じすぎたせいか、視界がぼやけてしまって時計を確認できなかった。が、それくらいは分かる。

「大丈夫です……。すぐに終わりますよ……。第四問です」


【4】

『私はナニモノでしょう?』


「はぁ? お前それで問題全部か?」

ヒントとなりえそうな修飾語もなく問題も短い。正直いってこれが問題として成立するのかを疑って、何も考えずに閉じていた目を開けた……。


 ♦


さっきまで俺がいた場所は文芸部室だったはずだ。閉塞感や逼迫感を感じる、この後輩くらいしかいつもいない部室だったのに。いつの間にか後ろが、というか後輩のシルエット以外の空間自体が、真っ白に染まっていた。一面が白。境界の区別もつかない。ここまで綺麗な白はこの世界にないのではと感動するくらい。 ただ白い。そんな空間に、生意気な後輩だけがいた。




「質問回数は三回です」


平坦な声で告げられた。


「目を閉じっぱなしで、あなたの目がおかしくなったってわけではないですよ。さぁ、質問を」

……………。


「……その私っていうのはお前のことか?」

「Yes、私のことです。基本的な質問は大事ですよ」

「お前は文芸部の一年生で、いつもこの部室で本を読んでいる。俺の後輩だろ!」

「No。結論を急ぎすぎるのは、悪い癖ですね」

「はぁ? お前……。ふざけてんのか!」

「No。私は最初から最後まで、一切ふざけていません」

「いい加減にしろよ。どうやって周り一面真っ白にしたのかは分かんねーけど、ただの冗談なんだろ。つーか、これはなんなんだよ!」

「質問はYesかNoか、どちらかで答えられるものだけですよ。……さぁ、答えをどうぞ!」


無機質な声が俺の耳に響く。


「お前は……。」


ふと、名前を言おうとして、つまった。俺はこの後輩の名前が思い出せなかった。別に度忘れしたわけではないと思う。普段から名前を呼んでいなかったのは確かだ。が、記憶に残っていないのは明らかに不自然だ。そもそも、今までにこいつがはっきりと名乗ったことがあっただろうか? 何故違和感すらなく、この部室の中に受け入れていたんだ?


「無理ならこれで二勝二敗ですね」


ぼんやりと後輩だったもの輪郭がぼやけていく。無貌という装飾が正しいだろうか見ているはずなのに顔の特徴を文章化することができない。


「……答えは、いう必要もないでしょう、知る必要はない」


白一色の中に様々な色の絵の具をこぼしたかのように、後輩だったものの輪郭の中身部分だけ、色が変わる。赤、オレンジ、黄色、。


「では第五問です。この質問で最もふさわしい場所へとあなたの魂を運びましょう!」

ああ……。運命ってことか? そういえば……。

……敗者は勝者の言うことを聞く、……そんな約束もあったな。

……この得体のしれないやつが何か要求してくるってことか?


【5】

『ここはどこでしょう?』


「質問は一回だけです」

俺は後輩だったものを見る。色が青紫に変わっていた。そいつの輪郭ははっきりとせず常にぶよぶよと動き続けている。俺にはこいつが何なのかもわからない。ここがどこなのかもわからない。

何も、分からない。


「……ここは、誰もが来ることができるか?」


「……答えはYes/No。無限悠久の中にこの場所は数多に存在し、時を刻み続ける。私の居場所。今も生み出され千変万化、多種多様に変容することのできる場所……」


質問の答えは何の助けにもなってくれなかった。


「さぁ、答えをどうぞ」


分かるはずがない。たった一回の質問では無理だ。推察しようにも頭がパニックを起こしているのか、段々と鈍痛が広がり始めている。きっと俺の頭はもはや正気ではないのだろう。


「ここは……。ここは! 俺の……」



……先輩。……先輩!


「先輩ってば!」

「うえあ!」

突然の声に跳ね起きる。起き上がった拍子に顔に載っていた本が下にずり落ちた。べしゃっと、間抜けな音を立てた。


「なんですか、その変な声。……ああ、本読んでいる途中に寝落ちしたようですね」

ああ、つまりあれは……。

「夢オチ……か?」

「ハァ……見てください! 窓の外! もう真っ暗です」


熱心に俺の後ろを指さす……。確かに真っ暗で……。あっ!


「おい、今何時だ!」


後輩は目線を上げて、時計を見た。

「八時ですね」


……マジかよ。今日は約束があったのに。

「ほら、早くいきますよ。……ここ。昔から何人か行方不明になっている怪談話あるんですから。……行方不明になりたいですか?」

「そんな場所を部室として使ってんのかよ、俺らは」


そんなの聞いたことがないぞ。


「……そろそろネタの仕入れ時ですからね。集めているんですよ、怪談話。合宿楽しみにしててください。……鍵閉めます」

「ああ、ちょっとだけ待ってくれ」


本棚に読んでいた本を突っ込む。すぐさま部室を出た。

スマホで時間を確認して、謝りのメールを打つ。


「……あ、そういえば。さっきまで、何を読んでいたんですか? 見覚えのない本でしたが」

「ん? あー……。部室に置いてあった本だぞ」

「嘘つかないでください。あんな本見たことないです」

「誰かが買ってきて、本棚に突っ込んだ私物ってことか? でも、本を追加するのなんてお前くらいしかいないだろ」

「あれは私が持ってきた本じゃないです」

「確か……。タイトルは……未知なるカダスを夢に求めて、だったかな」



俺は本を閉じて本棚へと戻した。


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