序ー6話
「死ネェ!」
藤十郎の死角から襲い掛かっろうと、鵺が動いた瞬間。
バチッ! という音と同時に何かに行く手を遮られた。
「ナ、ナンダ!?」
一瞬の出来事に、鵺は動揺した。
突然目の前に、見えない壁の様な物が現れたのだ。
そして、閉じ込められたと思った次の瞬間、かつてないほどの脱力感が鵺を襲った。
「ア……アガ……」
そんな鵺を見下ろす影があった。
月明かりを背にした藤十郎だ。
先ほどまで衝撃波をもろに受け、立ち上がるのもやっとという様子だった藤十郎が普通に立って居るのだ。
「ナ……何ヲ、シタ……」
かすれるような声で鵺が問いただすと、藤十郎は吉野を呼んで簡潔に説明した。
「こいつが、結界を準備してお前がその結界に嵌ったというだけの話だ」
「グググ……、足手纏イダト思ッテイタラ、足元ヲスクワレタノカ……?」
「まぁ、そう言う事だな。ちなみにこの結界はお前が死ねば消滅する」
「死ヌマデ消エヌト……、ナラ一思イニ殺セ……」
「元からそのつもりだ」
藤十郎はそう言うと、鵺の首を目掛けて太刀を振るい、落とした。
太刀の血を振るい落とすと、藤十郎は小刀を出して鵺の腹を裂き始めた。
そんな藤十郎の動きを後ろで吉野が眺めていると、藤十郎が声をかけてきた。
「吉野! ぼさっとしてねぇでさっさと足に縄をかけろ」
「え? な、縄どすか?」
吉野が辺りを探していると、藤十郎が薬箱の上を指差した。
吉野が、縄を鵺の足にかけている間に藤十郎はさっさと腸を出す。
「縄はかけられたか?」
「こんなんで、どないやろ?」
吉野が、額の汗を手で拭いながら見せると、藤十郎は頷いてから足についた縄を近くにあった木の太い枝に括り付けて吊し上げ始めた。
逆さに吊るされた鵺だったものは、血をボタボタと落としながらぶら下がる。
そして藤十郎は、そんなぶら下がっている鵺だったものの皮をはぎ始めた。
その間、吉野は着物をたすき掛けにすると、内臓を処理し始めた。
簡単な法術で火を熾すと、その中に、心臓や腸を入れる。
そして、恐らく子宮であろうものを触った瞬間、吉野は悲鳴を上げた。
「きゃ! な、なんどす!?」
そんな吉野の叫び声を聞いた藤十郎は、解体作業そっちのけで飛んできた。
「吉野! どうした!?」
血濡れの手に小刀を握り締めてきた藤十郎は、吉野が無事なのを見て一瞬ホッとしたのと同時にガサゴソと動く物が見えた。
それは、先ほど吉野が持っていた子宮らしきものが動き始めたのだ。
「ま、まさか生きていたのか!?」
「え? 首取ってはったのにどすか?」
当の首はというと、既に吉野が火の中にくべて燃え上がっていた。
「と、藤十郎はん? その小刀で中開けとくれやす?」
「な!? 俺がやるのかよ!?」
藤十郎は、不平を言いつつも小刀を手に子宮らしきものを切り裂いた。
中を少しガサゴソと弄っていると、藤十郎が見つけたのはなんと鵺の子だった。
「おいおいおい、これは……」
「鵺? せやけど妖は子を産まんのとちゃうんどすか?」
「あぁ、妖は滅多に子を産まねぇ。だけど例外があって、千年近く生きた妖は子を産むと言われている」
「ほな、この鵺は……」
「あぁ、千年は生きていたという事だな。さて、それじゃ一思いに……」
藤十郎がそう言って小刀を鵺に突き刺そうとすると、吉野が待ったをかけてきた。
「藤十郎はん、ちょっと待っとくれやす」
そう言って吉野が出したのは、余っていた最後の護符である。
そして、吉野は何事かブツブツと呪文を唱えると紙が青く光った。
「吉野、何する気だ?」
「その子をあての式神に――」
「アホ抜かせ! こいつは雷獣であると同時に凶兆の兆しでもあるんだぞ!?」
「せやかて、それは瘴気を吸ったが為どっしゃろ? ならあてが呪力を与えれば、雷獣になるとおもわへん?」
「思わねぇよ!? おま、ちょ、マジで言ってるのか!?」
「そらマジどっせ。それに、術をもう行使してもうたからのいとくれやす」
吉野は、そう言って藤十郎を押しのけると鵺の子に札を当てた。
札を当てられた鵺の子は先ほどまで、少し荒い息をしていたが徐々に落ち着きゆっくりとした呼吸になる。
「……知らねぇからな!? どうなっても知らねぇぞ!」
藤十郎はそう言うと、先ほどの解体の続きに戻っていった。
吉野は、鵺の子を自分の木綿でくるむと焼却処理の続きへと戻った。
それから一刻程した頃、やっと解体を終えた藤十郎が肉を持ってきた。
「はぁ、毎回あれどすけど、この時間が一番憂鬱どすわ」
「お前なぁ、元に戻りたいんだろ? ならしっかりと食え。それがお前の血になるのか、肉になるのか、骨になるのかは知らねぇがな」
「それは分かっとるんどすえ? せやけど、毎回こう、当たり外れを見せられるのも何とも言われへんのぇ」
吉野がぶつくさと文句を言っている間に、藤十郎はさっさと解体した鵺の肉を焼いて吉野の前に出した。
「とりあえず、食ってみろ。どこが戻るかは分からねぇけど、試さにゃならねぇからな」
「はぁ……、ほないただきます」
そう言って吉野が、鵺の肉をある程度食べると体が光り始めるのだった。
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